第23話 声
身体がカタカタと小さく震えて、動けなくなる。
すると遠くから声が飛んできた。
「出てくんじゃねぇ!!」
アルゲルだ。ボロボロになった身体を剣で支えながら、メラニアを叱りつける。
するとトロルはその声に反応する。
丸太のように太い腕をブンっと振り、アルゲルを殴る。
「アルゲル!」
無惨な光景に目を塞ぎたくなる。けれどメラニアはこの一瞬で重要なことに気づいた。
本来トロルが身体中に纏っているはずの粉がまるで付着していないのだ。アルゲルを殴った個体以外も全て同じ。
「もしかして!」
メラニアは箱から飛び出し、馬車に積まれていた荷物を次々に開けていく。なぜかトロルはメラニアにはまるで興味がないことも幸いした。おかげで馬車から飛び出し、少し離れた木箱も確認できる。
「これだ!!」
二十を越える木箱の中からメラニアが見つけ出したのは、木製のおもちゃであった。他の木箱の中には酒や食糧が入っていたのに対し、この箱だけが異彩を放っている。
知らない者が見れば、親戚の子供の誕生日プレゼントだと勘違いすることだろう。
だが引火しやすい特性を持つトロールウッドは、本来おもちゃに加工されるものではない。
時間を遡る前、コレが隣国の雑貨屋で見つかっている。
ただトロールウッドが使われたおもちゃが見つかったのは一つだけ。偶然紛れ込んでしまったと判断され、あまり騒ぎにはならなかった。
そのため今まですっかり忘れていた。
だがコレがトロールウッドだと分かれば、トロル達の行動の理由も理解できる。
メラニアは木箱を抱え、馬車の前に躍り出る。
そして風が吹いてくる方向とは逆に立ち、スウッと息を吸い込んだ。
「トロル、あなた達が探しているのはこれじゃないかしら!」
声を張り上げ、トロル達に話しかける。
彼らは一斉にメラニアの方を見る。それに合わせて、メラニアは箱から取り出したおもちゃを一列に並べる。
トロールウッドは、トロルにとって何かしらの意味を持つ。
詳しい理由は定かではないが、トロールウッドを大量伐採した後には、必ずトロルの動きが報告されている。
トロルの動きと大量伐採に関連があると思ったメラニアは、『トロルの侵攻』というタイトルのレポートをジェルケイブス教授に提出したことがある。何枚にも渡って突飛な推測を書き記してしまったが、教授は面白いと絶賛してくれた。
褒めてもらえたのが嬉しくて、その後もしばらくトロルに関する記述を読み漁ったものだ。
「あなた達から奪った物を返します。そして奪った以上を森に戻すことを誓います。だからどうか怒りを鎮めてください」
メラニアは利き手で拳を作り、胸を強く二度叩く。そしてその場で膝と手をつく。トロル流の、相手への礼を表す行為だと本に書いてあった。
正直、本当かどうかは分からない。意味のない行為かもしれない。
それでも怒れるトロル達が近くの町に侵攻することだけは避けなければならない。それが時を戻ってきたメラニアに課せられた使命だと思うから。
トロルはのっそりとメラニアの元へと移動する。先ほどアルゲルを殴った時のような勢いはない。
全員がメラニアの周りに集まり、その中で一番大きな個体がゆっくりとメラニアの身体に顔を近づけた。彼が群れのボスなのか。スンスンと体中の匂いをくまなく嗅がれ、緊張で身体を強張らせる。
「フンッ」
トロルのボスはメラニアに鼻息を吹きかける。それがチェック完了の合図だったらしい。周りのトロル達はおもちゃを拾い始める。一つ残らず回収すると、森の中へと戻っていった。
「よかった……」
大きな背中が去ったのを確認し、メラニアはその場に座り込む。
なんとか耐えていたが、ついに腰が抜けてしまった。しばらくは立てそうもない。足を摩りながら、今後について考える。
トロルは去ったが、アルゲル達の仲間が来ないとも限らない。一刻も早くこの場から移動しなければ……。とはいえ、すでに夜は更けている。周りに一夜を越せそうな場所もない。
このまま歩いて国境手前の町まで進むか、手前の町に戻るか。
馬車を引いていた馬はいない。
周りにいくつか足跡が残っているが、姿が見えない。トロルに襲撃された際、手綱が外れたのだろう。見つかったところで、短時間でここまで荷馬車を引っ張ってこれるような馬をメラニアが乗りこなせるかは怪しい。
それでも隣を歩く仲間がいれば心強い。散乱している食料の中から食べられそうな物を選んで運んでもらうことだってできただろう。
だが怖い思いをした馬が戻ってくることはない。せめて御者が馬に愛情を注いでいれば別だったかもしれないが……。
メラニアは完全に伸びた男達をちらりと見る。望みは薄そうだ。
「はぁ……」
メラニアは諦めて立ち上がる。
そして先ほど開けた木箱の中から、ドライフルーツや干し肉をいくつか回収する。ポケットの中に詰められるだけ詰めてから、水筒を腰に下げる。
最後に馬車に括りつけられたランタンを手に取る。
馬車用ランプということもあり、女性が持つにはいささか大きすぎる。だが無事なランプがこれしかなかったのだ。仕方ない。油が十分に残っているかを確認していると、ガサガサっと小さな音が耳に届く。
「っ!」
メラニアは真っ先に男達を確認する。
だが事態は想像していたよりも深刻だった。
音の正体は、男達ではない。地面に横たわる彼らよりも奥。草むらの中から小さな光がいくつも見える。メラニアと目が合った彼らはウウーッと唸り声を上げる。
ウルフだ。血と食べ物の匂いで釣られてやってきたのだろう。
今まで出てこなかったのは、トロルが戻ってこないか様子を見ていただけか。
一難去ってまた一難。
「私、どうしてもここで死ぬ運命なのね……」
巻き戻った人生は案外すぐに終わってしまうらしい。これが因果を捻じ曲げた代償か。
死を覚悟したメラニアは目を閉じる。瞼の裏側に映るのは、結婚後のジニアではなく、半日ほど前の姿。
授業が終わったら迎えに来てくれると言ってくれた。
本当はジニアが幸せになっていく姿を見守りたかったけれど、その役目はルイとエリザに託そう。彼らならきっとこの先も、ジニアの友として寄り添ってくれるはず。
「どうか愛おしい彼が笑って暮らせますように」
ランプを右手に持ったまま、天を仰ぐ。
「メラニア嬢!」
するとジニアの声が聞こえてくるではないか。
二度目の死は痛みを感じぬだけではなく、愛する夫の声も届けてくれるとは……。
一度目の死の間際に聞いた声よりも若い気がするが、気のせいだろう。本物のジニアがこんなところにいるはずがない。
「ぬしよ、諦めるでない!」
なぜだろう、ももちゃんの声まで聞こえてくる。
「ふっ」
声から少し遅れて顔にもっふりとした固まりがへばりついた。突然のことで少しよろめいてしまう。だがこの重みと感触をメラニアが忘れるはずもない。
「ももちゃん!?」
左手で背中を掴み、ゆっくりと引きはがす。
顔に張り付いていたのはやはりガルド家の一員――ももちゃんであった。後ろには馬に跨がるジニアの姿もあるではないか。
「幻聴じゃ、ない?」
「モモンガ、メラニア嬢を頼む」
「任された!」
ももちゃんは左手をピシッと挙げて返事をする。
ジニアは颯爽と馬から下りると、茂みに潜むウルフ達に切りかかった。
たった一人だというのに、一切の不安を感じさせない。
流れるような剣筋と頼りがいのある大きな背中を、メラニアは何度も見てきた。
「なんでジニア様がここに……」
「呼んでくると言っただろう。我が輩は約束を守るタイプなのだ!」
ももちゃんはエッヘンと胸を張る。
今まで何度も見てきた自慢げな表情が、今日は一段と輝いて見えた。




