第18話 誘拐
「私達はこれから生徒会室で自習をするつもりなのだけど、よかったらメラニアさんも一緒にどうかと思ってお誘いに来たの」
「えっと……」
断るべきか、受けるべきか。
三年生に上がり、後期に入れば登校日数はグンと減る。貴重な残りの学生生活はわずか。そんな大事な時間にメラニアが加わってしまってもいいのだろうか。迷って王子の方を見る。
「フランシスカが誘っているんだ。早く答えろ」
「喜んでお受けいたします!」
鋭い言葉に反射的に応える。
だが王子は満足そうに頷いた。フランシスカにじっとりとした視線を向けられてもお構いなしだ。
「場所を移る前に図書館で資料を借りてきてもよろしいでしょうか? いくつか欲しい本があって」
「なら私達は先に生徒会室に帰っている」
「美味しいお茶とお菓子を用意しておくわ」
二人を見送って、メラニアは図書館へ向かう。
あまり待たせないようにしなければ……。広い図書館の中から、お目当ての棚に真っ直ぐ向かう。別の授業で教授がオススメしていた本を借りたかったのだ。
他にも何冊か取り出して、貸し出し手続きを済ませる。
「生徒会室なら第四階段よりも第二階段の方が近いから、掲示板の前を通って……」
胸の前で本を抱き抱えながら生徒会室へのルートを確認する。
以前王子に連れて行かれたとはいえ、実際に入ったのはあの時の一度きり。普段はあまり縁もなく、場所もぼやっとしか覚えていないのだ。
少し迷っていると、後ろから声をかけられた。
「メラニアさん」
振り返ると、一人の女子生徒が立っていた。
「えっと、シリスさん?」
学園でも社交界でも顔を見掛ける程度で、接点らしい接点もない。ジェルケイブス教授の授業も受講していないため、今は授業中のはず。ここで会うはずもない。
ただのサボタージュにしては不穏な空気を纏っている。
細く伸びた目で一体何を考えているのか。メラニアはほんの少しだけ距離を取る。
「どうされたの」
こわばった声で質問すると、シリスはクスリと笑った。
「嫌だわ、そんな怖がらないで。ただあなたと話したかっただけなの」
「話とは一体」
「わたくしとあなたとの共通点なんて言うまでもないでしょう。……あなたのせいでジニーはいなくなったの」
その言葉と共に視界が真っ赤に染まった。
令嬢達が防犯のために持っているアイテムを使われた。そう気づいた時には頭を強く殴られていた。
他に協力者がいたのだ。彼女を警戒してばかりいて、まるで気付かなかった。
「ジニー。ようやくあなたに会えるのね……」
シリスは頬を押さえ、恍惚とした笑みを浮かべる。
彼女がジニーと呼ぶ相手はただ一人。彼女の元婚約者にして、例の騒動で学園から姿を消した令息だけだ。
ガルド家の家格が上がったことで、メラニアの生家が例の摘発に関わっていることを知ったのだろう。メラニアを狙った理由は捕まえやすかったからか。
必死で考えるが、徐々に意識が薄れていく。
何者かに抱き上げられ、腹を殴られる。そこでメラニアの意識は完全に途切れたのだった。
「いっつぅ」
痛みと共に目を覚ます。
後頭部を押さえようとしたが、手が動かない。身体の後ろで両手を括られているようだ。モゾモゾと動きながら、状況確認をする。
真っ先に判断できるのは、この場所は学園内ではないということ。王都の中でさえない。
丸太が積まれたログハウスのような壁であることと、肌寒さを感じる気候から、王都からはすでにかなりの距離を移動した後だと思われる。
シリスに襲われてからどれほどの時間が経ったのだろうか。
また家具は最低限だが、生活に必要な机やベッドは一式揃っている。書き物机の上に埃が被ったノートが置かれていることから、放置された山小屋なのではないかと思われる。
メラニアが転がされているベッドも、適当に持ってきたシーツを敷いた程度。軽く動いただけで埃が舞う。軽く咳き込んでしまう。
眉間に皺を寄せていると、ギィっとドアが開いた。
「ようやく起きたか。どんだけ強く殴ったんだよ。価値が落ちたらどうしてくれる」
ため息混じりの文句を吐きながらやってきた男は、手近な椅子を引き寄せてドカッと腰をかける。
「なぜあなたがここに」
男の正体はアルゲル――メラニアの元婚約者である。
城の地下牢に収容されているはずの彼がなぜ目の前にいるのだろうか。眉間の皺が深くなる。
「愚問だな。俺様はお前と違って顔が広いんだ」
ハンッと鼻で笑う仕草も相変わらずだ。
関係者は全て捕まったと思っていたが、漏れがあったのか。メラニアは事件に関する情報が不完全であったことを悔やむ。
もっと関心を持っておけば……。
唇を噛み締める。
「シリスさんに私を誘拐させたのもあなたですか?」
「シリス? 誰だ」
覚えがないとばかりに爪を弄る。
アルゲルをよく知らない者なら無関係と判断することだろう。だがメラニアは彼の性格を知っている。
昔から興味のないことを覚える気がまるでないのだ。
そのせいで学園での成績が悪かったのはもちろん、貴族名鑑に載っている名前の半分も覚えておらず、お茶会でも苦労させられた。
当時のように情報を補足する。
「私を襲った女性です」
「ああ、あの使えない女か。メラニアには傷をつけるなとあれほど言い聞かせたというのに、やはり商品価値の低い女はダメだな」
商品価値というワードに引っ掛かりを覚えつつ、質問を続ける。
「私のことを嫌っていたはずなのに、なぜ今更」
「確かに俺様はお前のように知識をひけらかすような女が嫌いだ。見た目も最悪。成長すれば多少マシになるかと期待したが、お前のような地味で貧相な女を隣に置けば俺様の価値も下がる」
「なら!」
「だがお前の商品としての価値は認めている。昔からお前は爺婆に好かれてたからな。ああいうのはその辺に転がってる若い女で満足する奴らよりも金払いがいい。お前の馬鹿真面目なところもいいらしくてな、貸出先だって何年も先まで決まってたってのに。あのじじい、余計なことしやがって……」
「じじい?」
父のことだろうか。だがアルゲルの計画に気付いたのなら、声をかけてくれていたはずだ。最も警戒すべきメラニアに隠しておく意味がない。




