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第17話 変化

 三年生になって早三ヶ月。


 婚約破棄騒動の真相が広まったことで、メラニアの婚約破棄について話す者はいなくなった。むしろ同情の声さえ上がったほど。潔いほどの手のひら返しだが、社交界なんてそんなものだ。


 それに良いこともあった。周りの生徒達からジニアに対する評価が一転したのである。

 見た目から怖がられることが多かった彼だが、今回のことでジニアの優しさも強く印象づけられたのだろう。今では騎士様のようだと、憧れの視線を向ける者も多い。


 ジニアへ好意的な態度を見せるようになった生徒の多くは、今回の摘発で婚約者を失った令嬢令息である。メラニアに接する彼の姿勢に勇気づけられたのだと。


 彼らのほとんどがすでに新たな婚約を結んでいる。それだけ被害者が多かったということなのだが、その分、結束力も強いのだとか。父が教えてくれた。



「じゃあ私はこっちだから」

「また後でね~」

「終わったら教室まで迎えに行く」


 メラニアは三人と分かれ、次の教室に向かう。

 同じ時間をやり直すなら別の授業を受講しようとも考えたが、やはり今回もジェルケイブス教授の授業を選んだ。


 純粋に歴史の授業が好きだというのもある。

 同時に受講を続けることで、ジェルケイブス教授との接点を保ちたかった。


 メラニアは教授が亡くなる日と死因を知っている。

 場所と時間はざっくりとした情報しかないが、事前に知っているなら避けられるのではないか。


 未来から戻ってきたメラニアが干渉することで、バタフライエフェクトが起きてしまう可能性もある。だがお世話になった人を見殺しにはできなかった。


 メラニアが教授の授業中に戻ってきたことも、何かの運命だと思うから。

 手の届く範囲だけでも変えたいと思ってしまうのだ。


 そんなことを考えながら教室に入る。

 そこで異変に気付いた。


「あれ?」


 メラニア以外の生徒がいないのだ。

 三年に上がり、受講者が減ったとはいえ、一人もいないのは変な話だ。きょろきょろと辺りを見回す。するとドアがガラッと開いた。


「メラニアさん」

「やはり教室に来てたか」

「よかった、誰もいないからどうされたのかと……」


 王子とフランシスカである。

 二人の顔を見て、ホッと胸を撫で下ろす。


「今日の授業は休講になったんだ」

「掲示板の端の方に貼ってあったから、見逃してるんじゃないかと思って。見に来てよかったわ」


 他の生徒はそれぞれ好きな時間を過ごしているのだとか。

 そんな中、彼らはわざわざメラニアの様子を見に来てくれたとのこと。手間をかけさせてしまって申し訳ない。


「ありがとうございます」

 二人に向けて、深々と頭を下げる。

 同時に嫌な予感が腹の底でゾワゾワと蠢き出す。


 メラニアが『休講』の可能性に思い至らなかったのは、時間を巻き戻る前はジェルケイブス教授の授業が休みになったことなど一度もなかったから。


 掲示板に貼られているというお知らせを見れば理由が分かるのだろうか。いや、職員室にいる講師の誰かに事情を聞いた方がいいかもしれない。


 三年連続で受講し続ける生徒が少ないこともあり、ジェルケイブス教授はメラニアのことを可愛がってくれている。先日もレポート提出後にオススメの資料を何冊も貸してくれた。


 そんな教授のお見舞いがしたいと話せば、何か教えてくれるかもしれない。

 もちろんメラニアのただの思い過ごしで、どうしても外せない急用が入ったのであれば構わないのだが……。


「どうかしたのか? 何かあるのなら遠慮なく話せ」


 王子は視線を彷徨わせるメラニアを不思議に思ったらしい。

 メラニアが時間を巻き戻ってきたことを知る彼だからこそ、何かあると察してしまったのかもしれない。だが自分の中でも小さな可能性でしかない。


 ましてやこの場にはフランシスカがいる。優しい彼女を巻き込みたくなかった。きっとあの日のように心配させてしまうだろうから……。


「いえ、教授はいつもお元気そうに見えたので何かあったのかと思いまして」

「元気に見えて、教授もかなりのお年だからな。ぎっくり腰はどうしようもなかったんだろう」

「ぎっくり腰、ですか」


 予想外の回答に目を丸くする。


「ああ。念のため宮廷医師を派遣したが、しばらく安静にしていれば問題ないそうだ」

「そう、なんですね。事故じゃなくてよかった……」


 メラニアはぽつりと安堵の声を漏らす。

 事故が早まった可能性も頭によぎったが、宮廷医師の診断であれば間違いない。メラニアが出来ることは、教授の腰が早くよくなることを願うことだけだ。


 復帰後は教卓のところに椅子を用意しておくのがいいかもしれない。

 何はともあれ、今日も安心して過ごせそうだ。

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