第16話 二冊の本
「今日はありがとうございました。もしよければこの本をもらっていただけませんか」
ペコリと頭を下げてから、とある本をジニアに差し出す。
最後の二冊はジニアへのプレゼントにしようと決めていたのだ。
「不思議な組み合わせだな」
ジニアは目をパチクリとさせながらタイトルを確認する。驚くのも無理はない。
なにせどちらも女性から男性に贈るような本ではない。実用性重視で色気などこれっぽっちも入っていないのだから。
「どうせ渡すなら実用的な本がいいかな~と思いまして」
一冊目は魔物素材で作る薬に関して書かれた本。
メラニアが結婚してから四年経った頃。ウィルヴェルン領に沼地蛙が大量発生した。
沼地蛙は冒険者泣かせと呼ばれており、売れる素材がないことで有名な魔物だ。大量に狩った沼地蛙をなんとか利用できないかと調べ、この本に行き着いた。
声帯部分の球をよく洗い、薬草に包んで乾燥させると風邪薬になるのだ。
朝と夜に一個ずつ。初期の風邪ならサクッと治ってしまう優れものだ。初めて活用した翌年から、ウィルヴェルン領の各家庭に常備されるのが当たり前になった。
また添える程度ではあるが、お役立ち情報として魔物肉の食べ方も載っているのがありがたい。是非ジニアの手元に置いて欲しい一冊だ。
もう一冊はハーブティーのレシピ本。
こちらはガルド家の書斎にもある本で、ジニアと義母が気に入っていたハーブティーのレシピが載っている。
一冊目の本のインパクトが強すぎるので、受け取った時の印象を緩和する意味合いもある。
ちなみにレシピ本としても非常にいい本で、載っている種類も多い。是非ウィルヴェルン家のメイドに渡すなどして活用してほしい。
「本当にオススメの本なので是非読んでいただければと……」
「ありがとう。帰ったら大事に読ませてもらう。それではまた休み明けに」
二冊ともジニアの役に立ってくれれば。
いや、役に立たなくてもいいのだ。彼の前に立ち塞がる障害が一つでも減ってくれれば、笑える時間が増えればそれでいい。
メラニアは心からジニアの幸せを願いながら、彼の大きな背中を見送った。
ちなみに絵本とサントノーレはももちゃんに大好評だった。
ももちゃんは今、何周目かになる絵本を楽しんでいる。
「キュキュッ! キュッ!」
サントノーレを抱きしめるように食べながら、感激の鳴き声を上げる。可愛い。この姿を見られただけで、作った甲斐があったというものだ。
絵本のページを捲るメラニアの頬も自然と緩む。
ただ父だけは納得がいかないようだ。
「その本を原作とした劇が上演された記録はないんだがな……」
メラニアの後ろで、ボロボロの手帳を睨みつけている。
「随分古い手帳ですね」
「これはガルド家に代々伝わる大事な手帳なんだよ」
そう言って父はメラニアに手帳の中身を少しだけ見せてくれる。どのページにも筆跡の異なる文字や新聞の切り抜きが並んでいる。
どうやらガルド家の蔵書や過去に上演された劇のあらすじや上演時期が書かれているようだ。内容が何ともガルド家らしい。
父はももちゃんの望みを叶えるため、過去に上演された劇の記録を遡って探していたようだ。作品が分かった今でも探し続けているのはおそらく、父が求めていた『上演記録』が見つけ出せていないから。正解が分からずにモヤモヤしているのだろう。
だが父は大切なことを見落としている。
「ももちゃんが見たのなら、お祭りの特設ステージで行われた劇ではないでしょうか。基本的に動物は劇場に出入りできませんから」
メラニアの指摘で、父の眉間に深く刻まれていた皺が飛んでいく。
「それは盲点だった! 確かに劇団が演じているわけではないなら記録に残っていなくとも不思議ではないな。あ~、理由が分かってスッキリした」
父はカップを手に取り、ハーブティーで喉を潤す。
そしてようやくサントノーレに手を伸ばそうとして、もう一つの大事なことに気付いた。
「私の分がない!?」
考え事をしている間に、ももちゃんが父のサントノーレも食べてしまったのである。
あまりにも堂々と食べていたもので、メラニアが気づいた時にはすでに半分なかった。そして父がカップを手に取った段階で残りの全てを口に突っ込んだというわけだ。
「たふぇふぁいほほっはいはひははわははひがはふぇふぇふぁっふぁふぉ」
「何を言っているか分からないが……可愛いな!」
両頬をパンパンに膨らますももちゃんは、可愛さも三割増し。
ももちゃんに甘い父は早々に今日のおやつを諦めたようだ。代わりにメラニアに視線を向ける。
「また今度作りますから」
「悪いな」
「わふぁふぁひほほ!」
お口をもごもごさせながら、元気に手を挙げるももちゃん。二個食べた後だというのに、まだまだサントノーレ食べたい欲は止まらないようだ。




