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第15話 探している女性

「あ、ここです」

 見慣れた緑の屋根の店が目に入った。トトトと前に出て、ドアを開ける。


「すまない」

「いえいえ~」


 本屋に入って真っ先に向かうのは、一番奥にある児童書コーナーだ。

 妖精に捧げるための本と、ももちゃんへのお土産。それから面白そうな本があれば自分用にも欲しい。


「今はかなりの冊数があるんだな」

 低めの本棚を眺めるジニア。大人になるとなかなか児童書コーナーに足を運ぶ機会はないのかもしれない。


「私達が幼い時よりもかなり増えているんですよ~。大人が読んでも面白い本が多くて、私もたまに覗きに来るんです。あ、これ読んだことない」


 表紙が見えるように本棚に飾られていた本の中から一冊を手に取る。

 初めて見るタイトルなのはもちろんのこと、表紙に描かれていたサントノーレに惹かれた。ももちゃんが言っていたのはこの本のことかもしれない、と。ひとまずこの本は『買い』だ。手元に残す。


「読んだことがない、のか?」

「どうかしましたか?」

「いや、その本はかなり有名だったから少し意外だと思ってな……」

「そうなんですね。ジニア様は読まれたことありますか?」

「ああ。実家に置いてある」


 その言葉にメラニアは目を丸くする。

 ウィルヴェルン家には書庫があったが、子供向けの本や小説は極端に少なかった。どの部屋も本で溢れているガルド家では見逃していても、ジニアの実家にあればタイトルくらい見た事がありそうだが……。


 メラニアは記憶の中にある、ウィルヴェルン家の本棚を探っていく。

 すると書庫ではなく、メラニアの自室の一部に霧がかかってしまった。つまり幼い頃に読んだから覚えていないのではなく、死に戻った際に忘れた物語の一つだったのだ。


 そこまでは納得できる。

 だが結婚後に自室に持ち込むほど気に入っている本、それもジニアが有名だと称するほどの本が、今の自室に置かれていないことが引っかかった。


 ジニアと結婚したことでお気に入りの一冊になったのだろうか。忘れてしまった記憶が物語に関するものに偏っているのも、ジニアとの思い出を重ねていくごとに好きな物語が増えたからなのかもしれない。


 自分のことでありながら、よく分からないというのも不思議な話だ。


「読んだことないのが悪いという話ではないんだ。私よりもメラニア嬢の方が多く本を読んでいるし、たまたま知らなかったという可能性も」


 本の表紙に視線を落としたまま固まるメラニアを見て、落ち込んでいると思ったのだろう。ジニアは必死で元気づけようとしてくれる。


「タイトルと表紙を忘れてしまっているだけで、読んだら思い出すかもしれません。それに初めて読む本でもここで会えたのは何かの縁だと思いますから! 家族から劇で見たサントノーレが食べたいって言われなければ手に取らなかったかもしれませんし。帰ったらゆっくり読ませてもらいます」


 メラニアが忘れているから、この本が原作になった劇のことを覚えていなかったのかもしれない。この本だという確証はないが、サントノーレを出す時に絵本を見せるのもいいかもしれない。喜んでくれるといいのだが……。


「その方は女性か?! 是非会わせてほしい!」

 ジニアはメラニアの肩を握る。痛くはないが、突然の反応に驚いてしまう。


「探している女性かもしれないんだ……」

「えっと、幼い子でして、事情があって我が家に来たばかりなので性別までは……」


 真剣な眼差しと悲壮感の籠った声に応えたい気持ちはある。

 だがももちゃんは確実にジニアの探している人物ではない。性別は不明だが、種族は分かる。モモンガだ。よく似た生物にムササビと呼ばれる種がいるらしいが、少なくとも人間ではない。それだけは断言できる。


「そうか……。幼子なら別人だな」

「お力になれなくて申し訳ありません」

「いや、メラニア嬢が気にすることではない。突然すまなかったな」


 ジニアにとって大切な人物なのだろう。

 力になれなくてもどかしい気持ちはあると同時に、以前の彼は人探しをしている素振りはなかった。結婚前に再会できているのかもしれない。


 その女性のことを諦め、メラニアで妥協したわけではないといいのだが……。

 何とも言えない空気から目を逸らすため、メラニアは初めて見るタイトルの本を次々に手に取っていく。


 これらも忘れてしまっているだけかもしれないが、内容を覚えていないのなら読む一択だ。いくつか内容を知っている本を取ったが、こちらは妖精用とももちゃん用。妖精に捧げる本は図書館にはないものを、逆にももちゃん用は自宅にない物を選んだ。


 気付けば腕の中には沢山の本が積まれていた。

 見かねたジニアが声をかけてくれる。


「重くないか? 私が持とう」

「本は重みも含めていいものですから! そうだ、児童書以外にも買いたい本があるんです。そっちも見てきていいですか?」

「もちろん」


 ジニアの申し出を断り、メラニアは別の棚に移る。そして父と約束していた戦術本を確保する。棚には一冊しかなかったため、兄の分は会計の際に取り寄せ注文をしておこう。


「君はそういう本も読むんだな」

 メラニアが迷わず手に取った本を見て、ジニアが意外そうに呟く。未来のあなたから教えてもらったんですーーなんて言えるはずもない。


「えっと、父と兄から頼まれたんです。二人ともいろんな本を読むので」

 メラニアは困ったように笑いながら、適当に誤魔化した。父から頼まれたというのは嘘ではない、と自分に言い訳をして。


「戦術書まで押さえているとはさすが司書の家系だな」

 ジニアはなるほどと頷く。ひとまずホッと胸を撫で下ろす。


 これ以上疑われないよう、他にも目星を付けていた二冊もサクっと手に取る。そしてメラニアはほんの少しだけ早足で会計に進んだのだった。


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