第11話 ももちゃん
「ただいま」
「おかえりなさい。お父様、お兄様」
メラニアは帰宅した父と兄を出迎える。
いつもと変わらぬ二人だったが、今日はそこに新しいメンバーが加わっていた。なぜか父の頭の上にモモンガが乗っているのである。
「えっと、それは……ぬいぐるみ?」
メラニアはパチクリと瞬きする。
今朝はそんなもの連れていなかったはずだ。お土産にしたって、両手が空いているのにそんな……。状況が理解できない。
「モモンガのももちゃんだ。物語とお菓子が好きで、図書館内にバターサンドを持ち込もうとしたところを確保し、我が家の新たな一員としてスカウトした。ももちゃん、起きてくれ。家に着いたぞ」
動揺するメラニアに対し、父はなんてことなく告げた。そして頭の上からももちゃんを持ち上げ、前に突き出す。
以前図鑑で見たモモンガよりも若干毛色が薄い。かなりもっふりともしている。それでもモモンガ最大の特徴である飛膜と大きな目は図鑑で見た通りだった。
こういう種類なのだろう。
納得しかけたメラニアだったが、次の瞬間耳を疑った。
「ふわぁ。ようやく着いたか。やはり昼間に動くのは辛いな。して、我が輩のお菓子はどこだ?」
「モモンガがしゃべった!?」
なぜか流暢に人語を話しているのではないか。
目を瞑っていたら、小さな男の子がいるのだと勘違いしていたに違いない。
そのくらい話し方に違和感がなかった。
「メラニアだって十年後から戻ってきたんだ。しゃべるモモンガだっていてもおかしくないだろう」
兄も父も何をそんなに驚くのかと笑う。
確かにどちらが信じ難いかと聞かれれば、死に戻りが数段勝る。
しゃべる動物は物語から飛び出してきたと思えるが、死に戻りは実際に体験してしまったというのも大きいのかもしれない。
……なんとも悲しい経験値を積んでしまったものだ。少し落ち込む。
「ももちゃん、お菓子を食べる前に紹介させてくれ。妹のメラニアだ」
「はじめまして。メラニアです。これからよろしくね」
「本日よりガルド家の一員となったももちゃんだ。お父上と兄君は、好きに本を読んで、お菓子がいっぱい食べられる寝床を用意すると約束してくれた。絵本はめくれるが、大きな本は読めないのでな。手助けをしてくれると助かる」
ももちゃんはそう言ってメラニアに右手を差し出す。
人語を話すだけでなくしっかり挨拶もできるとは、賢いモモンガである。差し出された手を指先で掴み、握手を交わす。
「図書館の蔵書に汚れや傷が付く可能性を見過ごすわけにはいかないから全力で止めたが、うちにもももちゃんが好きそうな本がいっぱいあるから。好きなだけ読んでくれ」
「あの時のお父上は恐ろしかったが、本を大切に思う気持ちは理解した。我が輩も物語は大好きだ。お父上にはこれからも本の番人として活躍してほしい」
「番人だなんて照れるな〜」
嬉しそうに頭を掻く父。
手乗りサイズの可愛いモモンガに早くもデレデレである。
「あとで俺達が子供の時に読んでいた本を客間に運んでおくよ。ところでメラニア。今朝作っていたバターサンドはまだ残っているかい?」
「ごめんなさい。残っていた分はさっき食べちゃったの」
「キュキュッ!? ではあの美味なるものはもう食べられないのか!?」
「また今度作ってあげる。代わりにクッキーはどうかしら? 少し時間はかかるけど、焼きたてクッキーは美味しいのよ?」
「クッキー! クッキーも以前から食べてみたいと思っていたのだ!」
ももちゃんは頬を押さえ、恍惚とした表情を浮かべる。人間のお菓子に興味津々のようだ。「丸いクッキーと四角いクッキーは味が違うらしいな!」とどこかから仕入れた知識を披露してくれる。
モモンガに人の食べ物を与えていいのか気になるが、すでにバターサンドも食べている様子。なにより人語を話す時点で普通のモモンガとは別の存在と考えた方が良いのだろう。
キラキラと目を輝かせるももちゃんを見ていたら、夢を叶えてあげなければという使命感が宿る。といっても味と形の違うクッキーをいくつか用意するだけだが。その程度ならバターサンド作りで残った材料で十分だ。
「じゃあ今から作ってくるからちょっと待っててくれる?」
「それまで私と一緒に絵本を読んでいようか」
頬をゆるゆるにした父はももちゃんに手を伸ばす。
だが伸ばした手は空中でぴたりと止まった。




