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第10話 上書きされた噂とバターサンド

「毎日送っていただいてしまってすみません」

 ジニアに支えてもらいながら、ウィルヴェルン家の馬車を降りる。彼と行動するようになった日から、メラニアは登下校もお世話になっている。


 そのせいか、ジニアとメラニアは交際しているのではないかともっぱらの噂である。学園内にとどまらず、お茶会でも話題に上がるのだとか。貴族のネットワークが恐ろしい。


 それでもウィルヴェルン家を敵に回したいと思う者は少ないようで、ジニアとメラニアを悪く言う声はない。純粋な興味も何割かあるのかもしれない。


 表立ってメラニアを『捨てられた令嬢』と呼ぶ者はいなくなった。アルゲルとの話を聞こうとやってくる者もいない。


 王子が狙いとはやや異なるものの、ジニアは人避けとなっていた。

 恩返しをするどころか巻き込んでしまって申し訳ないのだが……。


 眉を下げるメラニアに返ってきたのは、サッパリとした言葉だった。


「しばらく何があるか分からないからな。可能な限り一緒に行動した方が何かあった時に対応しやすい。また明日の朝も迎えに来る」


 今も時間を戻る前も、責任感の強い人なのだ。

 学園の噂も一過性の噂と割り切っているのだろう。まるで気にした様子はない。


「せめて何かお礼を……。あ、そうだ! 今朝、ラムレーズン入りのバターサンドを作ったんです。手作りのお菓子が嫌でなければ是非もらってください」

「メラニア嬢が作ったのか?」

「はい。こう見えてお菓子作りは得意なんですよ!」

「嫌ではないが……。誰かに贈るために作ったのではないのか」


 ジニアの表情が僅かに歪む。

 貴族の令嬢がキッチンに立つことはほとんどない。お菓子作りをしたと聞けば、婚約者や恋人に贈るためと考えるのが自然である。


 ただし今のメラニアには婚約者も恋人もいない。

 もっといえば、今回バターサンドを贈りたかった相手は人ですらない。妖精である。


「妖精の分は今朝、父に持っていってもらいましたから。残っているのは私のおやつです。ジニア様が召し上がっても、おやつを取られる人はいませんから安心してください」


 父が妖精に本を贈ると聞き、どうせならと贈る本に登場するお菓子を作ったのだ。


 今頃、図書館の控え室に児童書と共に置かれていることだろう。ちなみに余ったバターサンドを父と兄も職場に持参している。母も午前中に食べているはずだ。


「そういう心配をしているわけでは……。ん、妖精?」

 ジニアは日常会話ではあまり登場しないワードに引っ掛かりを覚えたようだ。

 メラニアも繰り返されてハッとした。


 王子からメラニアと共にいるように言われた彼だが、サロン摘発の経緯をどれほど知っているのか分からない。妖精の力で時間を巻き戻ってきた、なんて告げても不審がられるだけ。


 家族と話す時は当たり前のように登場させているとはいえ、もっと気をつけるべきだった。かといって一度口にした言葉を訂正するのもおかしな話だ。ひとまず大事なところはぼかして伝えることにした。


「少し前に妖精のお力を借りまして。お菓子はそのお礼です。今度の週末には妖精に贈るための本を探しに行くつもりなんですよ」

「本を……。行き先は城下町の本屋か?」

「はい。緑の屋根の店に行くつもりです」


 城下町には古本屋も含め、何店舗か本屋がある。

 その中でも最も大きな書店が緑の屋根の店だ。絵本や児童書の取り扱いも多い。妖精が気に入ってくれそうな楽しい絵本が見つかるといいのだが……。メラニアは早くも週末に想いを馳せる。


「私も同行しよう。荷物持ちくらいにはなる」

 ジニアの予想外の発言に目を丸くする。


「え、ですが、さすがにお休みの日までお手間をかけるのは……。今回は色々と買い込むつもりはないので安心してください。サッと行ってサッと帰ってきます」

「手間ではない。……休みの日まで窮屈な思いをさせたくはないが、状況が落ち着くまでは我慢してほしい」

「婚約破棄が済んでから窮屈に感じたことなど一度もありませんよ」

「……そうか。それならよかった。では週末はいつもよりも少し遅めに迎えにくる」

「はい。よろしくお願いします! それじゃあ私、バターサンドを取ってきますね。少し待っていてください」


 ペコリと頭を下げ、早足でキッチンに向かう。

 自分用に確保していたバターサンドの中から、形の綺麗なものを二つ選んで袋に入れる。


 妖精に渡すために色々とラッピングを用意しておいてよかった。

 何色もあるリボンの中から緑色を選び、キュッキュと結ぶ。

 そして玄関で待ってくれているジニアの元へ急いで戻った。


「お待たせしました。こちらがバターサンドです。どうぞ」

「美味しそうだな。ありがたく食べさせてもらう」


 バターサンドを渡すと、ジニアがふわりと笑った。

 好きなおやつを前に喜ぶ彼が十年後の姿と重なって見えた。


 ああ好きだなぁ。

 胸の中でジニアへの気持ちが膨らんでいく。


 けれど彼はもうメラニアの夫ではない。

 これ以上育ってくれるなと、恋心に細い針を刺す。ジニアの幸せを願うと決めたのだ。


 破裂しないように。暴走しないように。

 ゆっくりと気持ちを抜いていく。


「ではまた」

「お気をつけて」


 馬車に乗り込んだジニアを見送る。

 胸の痛みに気づかないふりをして、遠ざかる馬車の背中を眺めるのだった。

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