3rd FLAME 最終話【贖罪と共鳴】
炎は、もう誰かを焼くためじゃない。
誰かを温めるために、燐火は白いExplosionを抱えて、野外3000人の夕陽の下に立った。
かつて壊した絆、父の届かなかった夢、そして、今ここにいる全ての音が、今夜、ひとつになる。
――これは、孤独な女王が、人間に戻る最後の夜。そして、炎が世界の果てに届く、最初で最後の夜。
春の東京野外音楽堂で開催される、国内最大のガールズロックフェス「Crimson Siren」メインステージ
夕陽が空を真っ赤に染め、3000人の歓声が地を揺らす。
・報いるための願い
一週間前のリハーサルスタジオ
燐火が、美夜と真夏に初めて頭を下げた。
「……お願い。オープニングアクトのBlossomEchoに、美夜と真夏、サポートで入ってくれないか」
美夜が驚き、佑飛が目を丸くする。
「彩花の鍵盤に、私は救われた。だから、彩花が初めての大舞台に立つとき、IronSylphの音で支えたい。……私に、報いる資格なんてないけど」
真夏がニッと笑い、美夜も静かに頷いた。
燐火は涙をこぼしながら微笑んだ。
・夕陽に燃える四人の音
──オープニングアクト「BlossomEcho」初の大舞台
ステージに4人が立つ。
彩花――ショルダーキーボードを肩に、ギター&ボーカルの凛――マイクスタンドに向かい、赤いサテンシャツが夕陽に燃える。
美夜――5弦ベースを低く構え、真夏――ドラムライザーの上に黄色いサテンシャツで立つ。
凛が3000人に向かって叫ぶ。
「みんなー! 今日は私たちの初めての野外フェス! でも、負けないよー! 一緒にぶち上げてこー!!」
会場が爆発。
真夏のツインペダルが雷鳴となって落ち、美夜のチョッパーが地を這う。
彩花のショルダーキーボードが空を切り裂き、凛の声が3000人の拳を突き上げさせる。
美夜と真夏を加えた4人態勢のBlossomEchoは、初めての大舞台を完全に掌握した。
夕陽が水平線に溶けかける頃、BlossomEchoの最後の音が終わる。
舞台袖で燐火は息を呑み、胸を押さえた。
彩花から聞いていた。凛は今、高校の音楽教師をしていると。
でも――彼女は、たった一瞬で3000人の拳を天に突き上げさせた。
真夏の雷鳴、彩花の鍵盤、そして凛の歌声。
私は、世界を自分のギターだけで焼き尽くせると、ずっと勘違いしていた。
こんなに広い空が、こんなにたくさんの音が、私の知らない場所で輝いていたなんて。
胸が、痛いほど熱くなった。
・色褪せたリストバンド
そのとき、背後に懐かしい足音がした。澪だった。
黒いレザーパンツに「Nocturne Abyss」のロゴTシャツ。髪を短く切った彼女は、新バンド加入のニュースで見た写真の時より頼もしく見えた。
二人は、言葉もなく、ただ見つめ合う。
澪が震える声で先に口を開いた。
「……ごめん、燐火。あのとき、私、逃げた。『もう無理』って言って、全部投げ出して…… あれからずっと、自分が許せなかった。」
燐火の瞳が揺れた。「澪……」
「ごめん……全部、私のせいなのに」
澪は首を振る
「違う。私も弱かった。燐火の炎が速すぎて、私の音が…… 燐火の炎に飲み込まれて、消えてしまうのが怖かったの」
燐火の息が止まる。
澪は震える手で拳を差し出した。その手首にあったのは、あのリストバンド。
「だから逃げた。でも…… リハの時に真夏のドラム聴いて、燐火が笑ってるの見て、やっとわかった。燐火は、もう私の音を消したりしないって」
澪は小さく笑い、続ける。
「……今日はライバル同士だけど」
声が詰まる。
「終わったら、一緒に飲もう。昔みたいに、馬鹿みたいに笑いながら…… 駄菓子をかじって、朝まで叫んでたときみたいに」
燐火の目から、涙が溢れた。
「……うん。約束」
拳が触れ合った瞬間―― まるで、二人の空白の時間を埋めるように、遠くでIronSylphの登場を告げるSEが鳴り始めた。
BlossomEchoの演奏を終えた彩花が、IronSylphのポジションに入り、壮大なイントロを奏で始める。
澪が笑顔で一歩下がる。
「行って。燐火の炎、今夜は世界に届くよ」
燐火は深く頷き、ステージへと歩き出す。
背後で、澪が小さく呟いた。
「……ありがとう、鈴叶。私を、逃がさないでくれて」
燐火は振り向き、嗚咽をこらえながら、初めて笑った。
「……私こそ、待っててくれて、ありがとう、美帆」
風が、二人の涙を優しく運んでいった。
・私たちの場所へ
──舞台袖、最後の数秒。
燐火が白いExplosionを抱えて一歩を踏み出そうとしたとき、佑飛がそっと左手を重ねてきた。
「ねえ、燐火。私の中では、IronSylphはずっと5人だったよ。澪ちゃんの席、ずっと空けてたから」燐火の肩が小さく震える。
美夜が5弦ベースを低く構え、栗色のボブを揺らして微笑んだ。
「今日で3000人を虜にしたら、次は世界を鎖で縛る番よ。もう逃がさないわ。私がしっかり足首掴んであげる」
真夏はドラムライザーに静かに座り、目を閉じて、舞台袖に立つ澪の方を振り返った。
「……澪さん。今日、私のドラム、ちゃんと聴いててください。澪さんが叩いてた場所に、私が立てるって証明するために。だって私、澪さんのドラムが大好きだったから。だからこそ、超えたいんです」
舞台袖で澪が優しく微笑み、小さく拳を握り返した。
燐火は右手首のリストバンドを、そっと握りしめた。
色褪せた文字が、夕陽に最後の光を浴びて、かすかに疼いた。
佑飛が、全員の手をそっと重ねるようにして、静かに、でも3000人の観衆の胸に届く声で言った。
「行こっか。私たちの場所に」
夕陽が、最後の光を残して沈む。五人の影が、一つに溶け合った。
IronSylphが、世界の果てへ踏み出した。
・世界の果てへ届く炎
──IronSylph 本編最後の曲「Sylph’s Flame」
イントロが鳴り終わった瞬間、空が、色を変えた。
真夏のドラムが、雷鳴を超えて、まるで大地が割れるようなブラストビートを叩き落とす。
美夜のベースが、夕陽を這うように低く唸り、佑飛の声が3000人、そして配信を見守る数十万人の胸を貫く。
燐火は、白いギターを掲げたまま、静かに目を閉じた。
脳裏に、父の最後の言葉が蘇る
「鈴叶……お前の音を、世界に届けてくれ」
そのとき、凛がステージに駆け上がってきた。
赤いサテンシャツが風を孕み、ゲストコーラスとして、彩花のキーボード席のマイクを握る。
凛の声は、佑飛のメインボーカルに寄り添うように、優しく、でも確かに響く。
二人の歌声が絡み合い、彩花の鍵盤が星を降らせるように広がる瞬間、3000人の歓声が波のように押し寄せた。
燐火は、ゆっくりと目を開けた。
涙で滲む視界の向こうで――
彩花と凛が肩を並べ、真夏が涙を流しながら笑い、美夜がベースを弾きながら燐火に頷き、佑飛が全力で歌い上げる。
燐火は、白いExplosionを、空に向かって掲げた。
最後のソロ。
ポケットから父が遺した、擦り切れた白いピックを取り出し、弦に当てた瞬間、指が、弦を抉る。
スウィープが空を裂き、タッピングが火花を散らす。
けれど、それはもう、誰かを焼き尽くす炎じゃなかった。
父の夢を背負った呪いでも、孤独な女王の叫びでもない。
これは、燐火が初めて、自分のために、みんなのために、弾く音だった。
最後のフレーズを弾き終えた瞬間、燐火は、白いギターを抱えたまま、ゆっくりと膝をついた。
涙が、夕陽に光る。
父のピックを、そっと胸のポケットに戻した。リストバンドの上から、強く握りしめて。
「……父さん」
風が止んだ。
3000人の歓声が、一瞬だけ静まり、すぐに、割れんばかりの拍手と涙に変わった。
燐火は立ち上がり、ただ、深く、深く、頭を下げた。
唇が、誰にも聞こえないほど小さく動いた。
「……ありがとう」
誰にも聞こえない小さな声。
でも、確かに――
父と、澪、真夏、佑飛、美夜、彩花、凛――
ここにいる全ての仲間に届いた。
真夏の超ロングフィルが、空を焦がし、花火が、星のように打ち上がり、夕陽が、最後の光を残して沈んだ。
炎は、世界の果てへ届いた。
――この炎は、もう誰かを焼き尽くさない。
誰かを、温めるために、永遠に燃え続ける。
星が一つ、ステージの空に瞬いた。
そして、燐火の心の中で、父が、静かに微笑んだ。
「届いたよ、鈴叶」
【彩光の詩 完結】
燐火は、もう孤独な女王じゃない。
真夏の雷鳴が、彩花の魔法が、凛の歌声が、澪の赦しが、そして、父の最後の言葉が、彼女を人間に戻してくれた。
――この炎は、世界の果てまで届いた。
そして、あなたの心にも、確かに。
ありがとう。燐火の贖罪は、ここで完結。
そして、「彩光の詩」も、ここに完結しました。
あなたが最後まで聴いてくれたから、霧咲の音楽室の明かりは、永遠に消えることはありません。
――これにて、
すべての音が、
すべての炎が、
すべての詩が、
終わります。
また、どこかで、新しい炎を灯す日まで。
筆者より、涙と感謝を込めて。
●お知らせ
絹咲メガネのYouTubeチャンネルにて「彩光の詩」完結記念曲「Astral Enfold」公開!
作中屈指の天才プレイヤー、彩花と燐火が、音で心を通わせる様子を、ぜひ本格的な楽曲でお楽しみください。
●【彩光の詩】完結記念曲「Astral Enfold」
┗ https://www.youtube.com/watch?v=UzpFUVxYnjU
(最後までご覧いただいた方に、特別なお知らせがあります)




