3rd FLAME 第2話【真夏という雷鳴】
女王はひとり、炎を灯し続けた。
けれど、炎はあまりに高く、誰の影も寄せつけなかった。
仲間は離れ、観客は遠ざかり、燐火の白いギターだけが、冷たく響き続けた。
――半年の空白。
誰も触れられない孤独の果てに、突然、雷鳴が落ちた。
その雷は、黄色いTシャツを着て、ポニーテールを振り乱し、燐火の凍った世界を、一瞬で焼き払った。
(本文中にはGrokによるAI生成イラストを挿入しております)
・凍てついた半年
──古びたリハーサルスタジオ。
今日で18人目――IronSylphの最後のサポートドラマーオーディション。
空気は淀み、蛍光灯の音だけが虚しく響く。
燐火は、白い鋭角ギター、Explosionを膝に置き、黒髪ロングを肩に落としたまま、冷たく告げた。
「……準備できてる? じゃあ、『閃光の翼』をフルスロットルで」
これまでと同じ台詞。これまでと同じ、氷のような視線。
・無言の雷
ドアの前に立っていたのは、黄色いTシャツの若い女性。
ポニーテールが軽く揺れ、シルバーのピアスが蛍光灯を跳ね返す。
真夏は、ただ一度だけ小さく頷いた。それだけ。
「大ファンです」
「憧れてます」
「一生懸命やります」
――これまでの17人が口を揃えて言った言葉は、一つも口にしなかった。
佑飛が、淡いピンクの髪を指で巻きながら、小さく呟く。
「……今日で最後、だよね」
美夜は、栗色のボブを耳にかけて、目を伏せた。
燐火は静かに、再び一人になる覚悟を決めていた。
真夏は無言でドラムセットに腰を下ろす。
スティックを握ったまま、一度だけ――燐火を、まっすぐに見つめた。
その瞳に、燐火は息を呑んだ。
カウントは、燐火が取った。
一拍目。世界が、ひび割れた。
ツインペダルが雷鳴となって落ちる。200BPMを超えるブラストビートが、スタジオの壁を粉々に砕く。
バスドラムの連打は地を揺らし、ハイハットの鋭い刻みは空気を切り裂く。
燐火の瞳が、初めて、大きく見開かれた。
真夏の手は、まるで別の生き物のように独立して動き、スネアが火花を散らし、タムが炎を巻き上げる。
フィルインは嵐。クラッシュシンバルが叩き割られるたび、燐火の白いギターが震えた。
――これは、言葉じゃない…祈りだった。
真夏は、IronSylphを、燐火を、何よりも深く愛しているからこそ、言葉を省いた。
ただ、音だけで、「私はここにいる」「私は追いつく」「私は壊れない」そう叫んでいた。
燐火は、思わずギターを手に取った。
指が、勝手に動いた。高速リフが、真夏の雷鳴に噛みつく。
スウィープが空を裂き、タッピングが火花を散らす。
二人の音が、完全に噛み合った瞬間――燐火の胸の奥で、半年間凍りついていた何かが、轟音とともに砕け散った。
曲が終わった。静寂だけが、残った。
燐火は、ゆっくりと真夏に歩み寄る。瞳に、涙が光る。
「……あんた、化け物ね」
真夏は汗だくで、初めて小さく笑った。
言葉は、まだなかった。燐火は震える右手を差し出しながら、初めて――自分から誰かに触れようとした。
真夏は、無言で強く握り返した。
その手の温もりに、燐火の脳裏に一瞬、澪の笑顔が重なった。
――でも、もう違う。
燐火は深く息を吸い、初めて、自分から言葉を紡いだ。
「……サポートじゃなく、IronSylphの正式ドラマーになってくれないか」
真夏の瞳が、一瞬大きく見開かれた。
そして、ゆっくりと――確かに頷いた。
佑飛が「えっ!?」と声を上げた。
美夜が栗色のボブを揺らし、呆れたような、でもどこか嬉しそうな吐息を漏らした。
「燐火が自分から誰かを“家に招く”なんて、世界が終わるより珍しい奇跡ね」
小さくクスクス笑ってから、すぐに氷のような声音に戻る。
「ま、悪くないわ。これで私の低音にも、ちゃんとした鎖を巻きつけてくれる相手ができた」
美夜の毒の効いた返しに、燐火の口元がふっと緩んだ。
初めて自分から笑い、真夏に声をかける。
「……たくさんのドラマーが来たけど、こんなドラミング、初めてよ。今日は……期待してた以上に、凄かった。本当に、嬉しい」
佑飛が涙をこぼしながら拍手し、美夜は満足げに片眉だけを上げて頷いた。
真夏は、まだ何も語らない。
ただ、黄色いTシャツの背中が、静かに震えていた。
・新しい約束
──その夜、燐火は屋上でExplosionを抱えていた。
風が、黒髪ロングを優しく揺らす。
真夏のドラムが、まだ耳に残っていた。
雷鳴のようなブラストビート。あれは、ただのテクニックじゃない。
――失ったものを取り戻すための、雷鳴だった。
澪も、昔、同じような音を叩いていた。
幼い頃の恐怖、家で聞いた…… 母が叩かれる音、物が割れる音を、ドラムで塗り替えたいと。
なのに、私はその音を、壊してしまった。
真夏のビートは、澪の音に似ていた。二度と失いたくないと、必死に叩く音。
燐火は、初めて、自分の炎が誰かを焦がしたことを、痛いほど思い知った。
ポケットから父の形見の白いピックを取り出して握りしめた。
「……父さん」
涙が、頬を伝う。
「私、初めて…… 誰かに、私の音を全部預けてもいいって思えた。」
白いExplosionが、もう呪いではなく、新しい家族を待つ約束になった。
次回予告:第3話「包囲網の魔法」(1月9日公開)
燐火自身が「生キーボードを入れたい」と口にする。
真夏が連れてきたのは、霧咲の魔法使い・彩花。
「音で観客を完全に包囲する」奇跡の演出に、燐火は自分のギターが「誰かに包まれている」ことを感じる。
――孤独な女王が、初めて仲間を頼もしく見つめる夜。




