3rd FLAME 第1話【雨に焼かれた炎】
これは、誰よりも速く、誰よりも高く、世界の果てまで届く炎を灯したかった、たった一人の少女が、自分のギターで仲間を焼き尽くしてしまった日から始まる物語。
彼女の名は燐火。
誰も近寄れない、孤独な女王と呼ばれた。
けれど、彼女が抱えた白いギターには、もう一人の誰かの夢が、静かに燃え続けていた。
――これは、贖罪の炎が、初めて誰かを温めるまでの、熱く、痛い、優しい記録です。──
(本文中にはGrokによるAI生成イラストを挿入しております)
・楽屋の氷
──都内の小さなライブハウス「Black Eclipse」。
ガールズメタルバンド「IronSylph」のライブ開演30分前。楽屋の空気は、氷のように冷えきっていた。
燐火は壁にもたれ、黒髪ロングを汗で額に貼りつけたまま、白い鋭角ボディのギター「Explosion」を抱えていた。
ボディの白は、まるで雪のように冷たく、ピックアップとコントロールノブの黒が深い影を落とす。
ワインレッドのシャツは汗で艶めき、鋭い眼差しだけが、まだ燃えている。
「……澪は、どこ?」
ボーカルの佑飛が、淡いピンクのショートヘアを震わせながら、スマホを握りしめた。
いつもなら笑顔で場を和ませる彼女の声が、今は掠れていた。
美夜は無言で5弦ベースを膝に置き、栗色のボブを指で梳きながら、床を見つめている。
ドアが乱暴に開いた。
Ironsylphのドラマー、澪だった。
澪は、涙で顔を濡らしたまま立っていた。
スティックは握られていない。代わりに、小さな封筒が震える手に。
「……ごめん。今日で辞める」
燐火の瞳が、わずかに揺れた。
「冗談でしょ? 今日、本番だよ」
澪は首を振る。
「冗談じゃない。もう無理。燐火のギターに、命削って合わせるのは……限界なの」
燐火は唇を噛んだ。
「……だからって、逃げるの? 私たちは世界に行くって約束したじゃない」
「世界って、燐火の世界でしょ! 私たちのじゃない!」澪の声が、初めて割れた。
「毎回毎回、『もっと速く』『もっと正確に』『感情はいらない』って……私、壊れてしまいそう! 燐火のギターに、追いつこうとするだけで、息ができなくなる!」
燐火は一歩踏み出す。
「……だったら、もっと練習すればいいじゃない」
その瞬間、澪の涙がぽろりと落ちた。
「……もう、燐火の音に合わせて叩くのは、やめる」封筒が床に落ちる。
そこには、脱退届と、返却されたメンバー用の鍵が一枚。
澪は背を向けた。ドアが閉まる音が、楽屋に虚しく響いた。
佑飛が震える声で呟く。
「……どうしよう、今日、キャパ300人、ソールドアウトなのに……」
美夜が初めて口を開いた。
「……私たち、もう無理かもね」
いつもなら毒の効いた返しで場を切り裂く彼女の声が、今だけは、ただの掠れた吐息だった。栗色のボブを指で梳く手が、途中で止まる。
クールな瞳の奥に、かすかな痛みだけが揺れていた。
燐火は白いギターを強く抱きしめた。弦が指を抉るほどに。
「感情なんて、観客が勝手に感じればいい。私はただ、世界で一番速く、一番高いところに届けばいいだけだ。」
けれど、その声は、どこか震えていた。
楽屋に残ったのは、佑飛と美夜の沈黙だけ。
ライブは中止になった。
・炎上する夜
客席からブーイングが上がり、SNSは一瞬で炎上した。
「IronSylph解散かよ」
「澪が逃げたらしいな」
「燐火のワガママに耐えきれず脱退ってマジ?」
「裏切り者」「無能ドラマー死ね」
IronSylphは、空中分解の淵に立った。
――数日後、ネットの片隅で、燐火はそれを見つけた。
【新ガールズメタルバンド「Nocturne Abyss」メンバー発表】
Dr:綾瀬 澪(元IronSylph)
結成されたばかりの駆け出し、無名バンド。
プロフィール写真の澪は、髪を短く切り、どこかやつれて見えた。
燐火の指が、スマホの画面で止まった。
胸の奥が、熱く、痛く、抉られた。
・雨の独白
──雨の降る街。
燐火は一人、ギターケースを背負って歩いていた。
ワインレッドのシャツは雨に濡れて、血のように見えた。路地裏に膝をつく。
震える手でギターケースを開け、白いボディをそっと抱える。
濡れた指が、ポケットに滑り込む。
そこから取り出したのは、父が亡くなる直前に握らせてくれた、擦り切れた白いピックだった。
「父さん……」
父はもういない。
三年前、病室のベッドで最後に笑って、「鈴叶……お前の音を、世界に届けてくれ」と言い残して、目を閉じた。
その日から、私はこのピックをライブで一度も使えなくなった。
父の夢を背負ったまま、誰かを傷つけるのが怖かったから。
でも、結局――私は、澪を焼き尽くしてしまった。
ピックを握りしめた手が震える。雨が、涙と混じって頬を伝う。
「私、間違ってた……?」
・遠い夏の記憶
──回想。私が日南 鈴叶だった、10歳の夏。
地元の楽器店。父はカウンターの向こうで、笑顔でギターを磨いていた。
「鈴叶、お前は俺より絶対に遠くまで行けるよ」
父はかつて、インディーズシーンで「次に来る」と言われていた。
けれど、メジャーの壁は高すぎた。何度も落ちて、笑って、
「才能はあったけど、運がなかったね」と自分に言い聞かせた。
小学5年生の誕生日に、父さんが譲ってくれた白い鋭角ボディのギター「Explosion」。
「これは俺の相棒だったやつ。お前にやるよ」
私はそれを抱えた。――重い。マホガニーの無垢材から削りだされた、大人用のフルサイズボディが、私の小さな体には異様に大きく感じた。
ネックが長すぎて、左手がローポジションに届かない。ボディが胸に当たって、座っていてもバランスが取れない。
でも、父さんの笑顔を思い出すと、この重さが、夢の重さだって思えた。私はそれを抱えて、毎晩父さんが集めたCDを聴いた。
毎晩、外が明るくなるまで、地味な基礎練習を繰り返した。
部屋の片隅に置いた古いメトロノームを動かし、クロマチックスケールを右手ピッキングだけで正確に上下。
練習用の小さなアンプから、ペチペチと頼りない音が響いた。
小さな手で、太い弦を必死に押さえる。フレットが遠くて、指が届かないときは、体ごとギターに寄りかかって、なんとか押さえた。
BPMを10ずつ上げていく。130、140、150……指の皮が剥け、血が滲んでも止まらない。歯を食いしばって続ける。
(父さんの夢、私が叶えるんだ…… 父さんが届かなかったところまで、絶対に!)
ある夜、ついに160BPMに到達した。メトロノームの振り子が、まるで狂ったように激しく揺れる。
「もう少し……180まで!」
最後のフルピッキングで、振り子のオモリが限界を超え、カチッという小さな音とともに、飛んで行った。オモリが壁にぶつかり、床に転がる。
部屋に、静寂が落ちた。
私は息を切らしながら、初めて笑った。
父さんの「神様」たちの世界。その入り口に立てた気がした。
血が滲む指先を拭うこともしない。
痛みなんて感じなかった。
──中1の文化祭。
12歳の少女が、大人でも弾けない高速スウィープをやってのけた。
体育館のざわめきがピタリと止まった。200BPM――、16分ビートのフルピッキングが鳴り響く。タッピングで弦を叩きまくる。
会場が凍りついた。
そして、どよめきが波みたいに広がった。
「え……今の中1?」
「マジで弾いてたの?」
「あれ、人間が弾けるフレーズじゃないって……」
控え室に戻ると、クラスメイトの女子たちが固まってこっちを見てる。誰も近寄ってこない。
廊下で耳にしたひそひそ声。「怪物だよね……」「あんなの弾ける子、怖い」「天才って近寄りがたい」
友達は離れていった。
母さんは「普通に遊んだら?」と言った。私は首を振った。
だって、ギターを弾いてるときだけ、父さんが昔みたいに目を輝かせてくれたから。
――でも、それだけじゃなかった。私は、誰にも理解されなかった。
「なんでそんな難しいのばっか弾くの?」
「もっと可愛い曲やれば?」
クラスメイトの言葉が、いつも胸に突き刺さった。
私はただ、速く、高く、世界の果てまで届く音を鳴らしたかっただけなのに。
そんな孤独な日々が、永遠に続くと思っていた。
――高校一年の春。
教室の隅で、私はいつものようにヘッドホンでメタルの名盤を聴いていた。
音楽好きのクラスメイトたちは、邦楽ヒット曲の話題で盛り上がっている。誰も、私には近づいてこない。
そのとき、初めて――誰かが、私のヘッドホンから漏れる音に、耳を澄ました。
「……これ、Fight Lightning with Fire?」
振り向くと、隣の席の綾瀬 美帆が、目を丸くしてこっちを見ていた。
私は、驚いてヘッドホンを外した。
「……知ってるの?」美帆はニヤリと笑って、自分のスマホを見せた。
画面には、同じ黒いジャケットに白い稲妻が走るアルバムアート。
興奮した様子で美帆が語る。
「『Ride the Thunder』の1曲目! 最初のアコースティックが綺麗すぎて油断するじゃん? で、50秒くらいで…… 突然あの地割れみたいなツーバスが落ちてきて、世界が一瞬で燃え尽きるんだよ!」
その瞬間、世界が変わった。
数日後の放課後、二人は初めて一緒にスタジオへ行った。
澪がドラムセットに座る。
ツインペダルをセッティングしながら、「今日はフルスロットルで行くから、覚悟してね」とニヤリ。
私はスタックアンプのゲインを目いっぱいまで捻り上げ、チャンネルを赤ランプが点灯するハイゲインモードに切り替えた。
真空管がオレンジに灯り、スピーカーが低く唸るのが、もう聞こえてくる。
白いExplosionを構えた瞬間、美帆は眼を輝かせた。
「Explosionじゃない!? あのFight Lightning with Fireのリフ弾いてるやつと、お揃いだったなんて!」
恥ずかしさを抑えつつ、私は呟く。「当時のメタルキッズが、あのリフ聴いて、みんな首ヤラれたって話。もう伝説だよね。」
カウントは澪が取った。
「1、2……1、2、3、4!」
――瞬間、スタジオが地割れした。
澪のツインペダルが200BPMを超えるブラストビートで雷鳴となって落ちる。
ヒール&トゥーでバスドラムが地を揺らし、ハイハットの鋭いオープンクローズが空気を切り裂く。
私は白いExplosionを振り下ろし、ハイゲインで歪みきったパームミュートを叩き込む。
初めて、誰かと「一緒に」音を鳴らせた。
初めて、私の音に、誰かが「応えて」くれた。
私が全霊を込めて放った、Imperatorの超高速ネオクラソロ――
澪は一音も遅れず、タムを回転させながらスネアを乱打、シンバルレッグで締めて、最後にバスドラを一撃。
息が合ってる。いや、心臓の鼓動すら同じリズム。
スタジオの壁が震え、アンプの真空管がオレンジに燃え盛った。
・魔法陣の誓い
スタジオ帰り、公園のベンチ。
「Mouse Racingを完コピできる女子高生なんて、この世に私たちだけしかいないって!」
コンビニで買った、袋いっぱいの駄菓子を頬張りながら、2人は子供の様にゲラゲラと笑いあった。
「今日のタッピング、神が降りてきたみたい!」
「ブラストビート腹減るわ!」
100均で買った黒リストバンドにマジックで書き合う。
鈴叶が美帆の右手に――「Suzuka♡Miho」
美帆が鈴叶の右手に――「Miho♡Suzuka」
書き終えて見せ合う。
文字が滲んでるのも気にせず、二人で爆笑。
美帆が自分の手首を見て、くすっと笑いながら呟いた。
「……なんかさ、こうやって本名書かれるの、急に恥ずかしくなってきた」
鈴叶も頷く。「わかる。なんか素顔見られた感じするよね。メジャー行ったら、もっとカッコいい名前が欲しい」
美帆が、細長いコーンスナックを取り出し、夕陽に向かって剣のように高く掲げた。
「じゃあさ…… 私たち、鉄の鎧をまとった妖精になろうよ」
鈴叶が目を丸くする。「鉄の……妖精?」
美帆がニヤリと笑って、コーンスナックを振り回しながら、空に大きな魔法陣を描いた。
「そう。風みたいに軽やかで、誰にも捕まらない。でも、鉄の鎧を着て、どんな炎にも焼かれない。――IronSylph」
鈴叶は一瞬固まって、次の瞬間、立ち上がって叫んだ。
「最高にかっこいい!!!」
二人は同時にリストバンドを握りしめた。
鈴叶が、ふと呟く。
「……実はさ、私の名前、よく『りんか』って読み間違えられるんだよね。本当は『鈴叶』なのに、初対面の人みんな『りんかちゃん』って…… でも、なんか最近それ、嫌いじゃなくなってきた」
鈴叶は続ける。
「だから、私は燐の火=燐火。誰にも止められない炎で、世界の果てまで届ける」
美帆が目を輝かせて、ぱちんと指を鳴らす。
「それだ!! めっちゃかっこいいじゃん! じゃあ私は……美帆をちょっとだけ変えて、『澪』にしちゃおうかな! 怜悧で鋭くて、でも少し柔らかい響き……完璧!」
鈴叶が満面の笑みで頷く。
「決まり! 私は『燐火』、君は『澪』!」
そして、二人はリストバンドを夕陽にかざした。光が滲んだ文字を溶けあうように優しく照らす。
声を揃え、叫ぶ。
「本当の名前はここに隠して、燐火と澪で、世界を焦がしに行こう!!!」
駄菓子の袋が風でひらひらと舞い上がり、まるで祝福の花吹雪みたいだった。
リストバンドの文字が、夕陽に最後の光を浴びて、静かに、永遠に輝いた。
──回想が、雨音とともに溶けていく。
あの夕陽の公園も、駄菓子まみれの笑顔も、リストバンドに書いたお互いの本名も、すべてが遠い記憶の彼方へ流れていった。
――あの笑顔を、私は壊した。
・再び灯る炎
──雨が止んだ。
燐火はギターを抱えたまま、立ち上がった。
握りしめた父のピックを、そっとポケットに戻す。
「……私は、まだ諦めない」 瞳に、再び炎が灯る。
けれど、それは、誰かを焼き尽くす炎ではなく、初めて、自分を――そして、いつか誰かを温めるための炎だった。
次回予告:第2話「真夏という雷鳴」(1月6日公開)
半年の空白。燐火は「完璧なドラムが来るまで待つ」と、頑なにサポートドラマーのオーディションを続ける。佑飛と美夜の心も離れかける。
けれど、そのスタジオに、黄色いTシャツの女性が現れた。雷鳴のようなブラストビートが、燐火の白いギターを震わせる。
「燐火のギター、全部預けて」――孤独な女王に、初めて誰かが手を差し伸べる。




