2nd GATE 最終回 第10話【彩花の魔法】
高校2年の春、誰も振り向かなかった鍵盤の前に、震える指で座っていた少女がいた。
その音は小さすぎて、誰にも届かないと思っていた。
けれど、誰かが耳を澄まし、誰か背中を押して、誰かが炎を灯し、誰かが桜を降らせてくれた。
今夜、そのすべてが重なり、ついに魔法が完成する。
――あなたがここまで来てくれたことも、その魔法の一部です。
・彩花の魔法:鍵盤に宿る魂
霧咲の街は、初夏の陽光に輝き、桜の花びらが散った後の新緑がそよ風に揺れていた。
23歳の佐藤 彩花は、スタジオミュージシャンとして順調に活動し、様々なジャンルのアーティストのレコーディングに参加する日々を送っていた。
だが、彼女の心は新たな挑戦への不安と期待でざわついていた。バラードやポップスで評価されてきた彩花が、突然、大御所ハードロックバンド「Blaze Horizon」のレコーディングに招かれたのだ。
慣れないジャンルに戸惑いながらも、この試練が「彩花の魔法」の始まりとなり、彼女の音楽人生に新たな旋律を刻む物語となる。
・ハードロックの呼び声
彩花の音楽キャリアは、ライブステージでのローディーとして機材運びやセッティングを支えることから始まった。
楽器メーカーのデモ演奏でその才能を見出され、プロデューサーから「安定感のある繊細なプレイヤー」と評されたことがきっかけで、徐々に中堅以上のアーティストのレコーディングやライブに参加するようになった。
だが、ある日、事務所から一本の電話が鳴る。
「彩花さん、急遽、Blaze Horizonのレコーディングに参加してほしい。サポートキーボーディストがケガで降板したんだ。」
「Blaze Horizon」は結成20周年を迎え、若者からコアなロックファンに至るまで絶大な人気を誇るハードロックバンド。ギターの重厚なリフと爆発的なドラムが特徴。
彩花はIronSylphでハードなサウンドには慣れていたが、シンフォニックな演奏とアレンジで力を発揮したあのときとは異なり、今度は彩花自身もハードなプレイを要求される。
ハードロック…? 私にできるの…? 彩花の心は不安で締め付けられる。
その夜、彩花は恋人の怜に電話をかけた。怜はレコーディングエンジニアとしてのキャリアをスタートさせたばかりで、彩花の不安を敏感に感じ取る。
「彩花、緊張してるんだろ? ハードロックって、確かに新しい挑戦だ。でも、彩花の音なら、どんなジャンルでも絶対に響くから大丈夫。」怜の優しい声に、彩花は少し落ち着く。
「でも…怜、私、ロックの弾き方とか、分からないよ。どうすればいい…?」すると、怜は笑いながら答えた。
「ダーク・バイオレットのジャン・ローズを聴いてみたらいいよ。ロックキーボーディストなら、誰もが彼に影響を受けてる。彩花なら、彼のプレイから何か掴めるはずだから。」
彩花は怜の言葉に興味をそそられ、早速その夜、TubeStreamでダーク・バイオレットの「Freeway Nova」を聴いた。
重厚なエレキギターのディストーションサウンドと対等な音圧で渡り合うHammonleyオルガンの力強さに、彩花は衝撃を受けた。
この音…キーボードがこんなにパワフルで…!
ジャン・ローズのオルガンは、単なる伴奏ではなく、バンドのキャラクターを確立する主役だった。キーボードが、ロックの世界で主役になれる…!
・過去の記憶と新たなインスピレーション
彩花は連日、ジャン・ローズの演奏を研究した。彼の大胆なフレーズやクラシカルな要素をロックに融合させるスタイルに魅了された。
だが、プロとしての自覚も芽生えていた。ジャンのマネだけじゃ、プロとしては失格だ…私だけの音を出さなきゃ… 彩花は、自分のオリジナリティをどう表現するか悩みながら、高校時代の記憶に思いを馳せる。
霧咲高校の音楽室。17歳の夕暮れ。
同じフレーズの中に、フットスイッチで別の音色をピンポイントで織り交ぜる――
エレピのアルペジオの頂点だけをアコースティックピアノに変えたり、高音と低音で全く違う色を重ねたり。まるで一人で何人分もの音を重ねているような厚みを生み出す技。
――怜が「どうやってるの!?」と目を丸くしてくれた日。
――凛がマイクを落とし「彩花以外に出せない」と涙で言った日。
怜は私の音を「信じてくれた」。
凛は私の音を「必要としてくれた」。
プロになってから、彩花はその技を封印してきた。
安定感を求められる現場では、ミスは絶対に許されないから。
でも、もう逃げない。
あの技を、ハードロックの舞台で、もう一度解き放つ。
彩花は、愛機「North STORAGE4」の鍵盤に指を伸ばし、足元のスイッチを強く踏みしめた。
私の音を、Blaze Horizonに響かせたい……!
・Dread-Queenの高原 玖美との出会い
レコーディングの1週間前、彩花は怜に誘われ、女性ロックバンドの大御所「Dread-Queen」のライブを観に東京のライブハウスへ足を運んだ。
怜が興奮気味に言う。「彩花、Dread-Queenの高原 玖美のキーボード、絶対に参考になるよ。彼女、ロックの女王だぜ!」
彩花は半信半疑だったが、会場に足を踏み入ると、熱気と轟音に圧倒された。
ステージに立つ高原玖美は、黒のシンプルなドレスに身を包み、彩花の両親より年上とは思えない若さとエネルギーを放っていた。穏やかな微笑みで観客を見つめる彼女は、バンドの「指揮官」としてメンバーを結束させる存在。
こんな優しそうな人が、ロックバンドのリーダー…? 彩花の心はざわめくが、ライブが始まるとその疑問は一瞬で吹き飛び、魂が震えた。
玖美のキーボードは、力強いリフでバンドを牽引し、繊細なメロディで観客の心を掴んだ。
ジャン・ローズのような大胆さと女性らしい情感が融合し、力強いコーラスがハスキーなボーカルを支え、魂を際立たせる。
キーボードが…こんなに力強く、主役になれるんだ…! 彩花の胸が高鳴り、玖美の指が鍵盤を疾走する姿に目を奪われた。
ライブ後、怜に紹介された彩花は、楽屋で玖美と対面。彩花は緊張しながら「高原さん、今日のプレイ、すごかったです…! キーボードでどうやってあんなパワーを…?」と尋ねる。
玖美は微笑み、目を細めて言った。「佐藤 彩花ちゃん、よね? 『BlossomEcho』のライブ動画、見たことあるわよ。」
彩花は目を丸くする。「え、私のこと…知ってるんですか?」
玖美は笑いながら続ける。
「数年前、私たちが主催するガールズロックの祭典『Crimson Siren』で『BlossomEcho』をオープニングアクトに呼ぼうって話があったの。ライブ動画見て、彩花ちゃんのキーボードと凛ちゃんの歌声、めっちゃ心に響いたよ。スポンサーが降りちゃってイベント自体が中止になっちゃったけど…忘れられない音だった。」
彩花は驚きと喜びで胸がいっぱいになり、言葉に詰まる。「そんな…ありがとうございます…!」
彩花の脳裏に、Dread-Queenのボーカルが「BlossomEcho!」と、名を読み上げる光景が浮かぶ。凛が弾ける笑顔で野外ステージに飛び出し、観客の歓声に輝く姿。凛、どんなに喜んだだろう… 彩花は目頭が熱くなり、胸を押さえる。
玖美は穏やかな口調で、だが力強く続けた。「彩花ちゃん、Blaze Horizonのサポートやるんだって? キーボードはバンドの魂を鳴らす楽器よ。自分の心を鍵盤にぶつけて、怖がらずに自由に鳴らして。身体ごと、魂ごとね。それがロックキーボードの真髄。」
玖美は続ける。「こうして会えたのも何かの縁だし、またフェスでも彩花ちゃんの音を聴きたいな。IronSylphの出場も決まったところだし…できれば、凛ちゃんにも声かけて、二人でまたあの熱を響かせてほしい。」
玖美の言葉は、彩花の心に深く刺さった。
自分の心を…自由に…! 内気な自分と情熱的な音の可能性が、玖美の笑顔に照らされ、鮮明になる。
私、彩花の音で、魂を響かせたい…! 私の音で、みんなの心を震わせたい…!
「会場を叩き壊すくらいの気持ちでやっちゃって!」玖美はいたずらっぽい笑顔を見せ、そう語った。
・真夏の遺産と怜の魔法
玖美の言葉が胸に響いた翌日、彩花は怜の自宅スタジオにいた。
高校時代からハードロックやヘヴィメタルに興じた怜は、彩花のハードロック挑戦を全力で支える。
――会場を叩き壊す――
その言葉から、IronSylphの復活ライブが脳裏をよぎる。
「この真空管が音を温めて、爆発させるんだって」真夏が笑顔で渡してくれた、無線機用真空管プリアンプ。
それを受け取った瞬間、背後で鳴っていた音が、今でも耳の奥で唸っている。
IronSylphのリーダー、異次元の超絶ギタリスト、燐火が振り下ろす白いギター。
巨大スタックアンプの奥で灯る真空管のオレンジの炎が、まるで彼女の冷たい白い炎と溶け合うように見えた。
あの音―― 氷のように鋭く、火のように熱い、孤独を焼き切りながら、どこか救いを求めているような轟音。
あの音を自分の鍵盤で鳴らしたい…。
彩花はバッグからプリアンプを取り出し、怜に見せる。
「怜、これ…真夏から預かったやつ。あの日の炎を、もう一度――私の鍵盤で鳴らしたいの。無線機用って聞いたんだけど、使えるかな?」
怜はプリアンプを手に取ると、目を輝かせて呟く。
「……これ、伝説の改造ネタだよ。」
怜は即座に工具を手に取り、改造を開始する。
「インピーダンスマッチングとバイアス調整をすれば、電子オルガンの出力に流用できるんだ。Hammonleyの高インピーダンス出力を、この真空管で暖かく歪ませて、ギター用のスタックアンプに送る。リングモジュレーターも追加して、星空みたいな倍音を重ねてみよう。」
怜は真空管のプレヒートを調整し、プリアンプを介して、STORAGE4のギターアンプへの接続を完成させる。
スイッチを入れると管にオレンジの炎がともり、暖かみのあるハーモニクスがスピーカーから漏れ出す。
彩花は、試しに重厚なオルガンコードを鳴らす。真空管の歪みが加わり、腹の底から唸るような咆哮が飛び出す。
「この炎…真夏の言葉通り、私の音が爆発してるみたい…!」
真夏の遺産が、彩花の挑戦を永遠の炎に変えた瞬間だった。
怜は満足げに微笑む。
「シミュレーターでは絶対に出せない”生きた音”だ。俺が中高生の頃から追いかけ続けた、あの日の夢の続き」
そして、少し声を低くして、彩花の手を取った。
「彩花……本当の意味で、この音を爆発させる技がある。真空管が悲鳴を上げて、アンプもスピーカーも壊れるかもしれない。……あまり何度も使えない、本物のHammonleyオルガンでしかできない、封印された技だけど」
彩花の瞳が揺れる。「え……どんな……?」
怜は優しく微笑み、彩花の手を強く握った。
「そのときが来たら、自然にわかる。彩花の心が『今だ!』って叫ぶ瞬間が、必ず来る。そのとき、ためらわず、全身でやってくれ。――彩花なら、絶対にできる。俺が、ずっと見守っているから」
彩花は涙をこぼしながら、怜の手を握り返した。
「怜……ありがとう」
怜は心に誓った。
彩花の音は、優しすぎて、誰かを傷つけてしまうことがある刃だと思っていた。でも、その刃は、力強く攻める時にこそ、真価を発揮する。
いまこそ、その刃を開放して、世界を揺るがす時だ。
――俺が、彩花の傍にいる限り、その刃は、誰かを傷つけることなく、世界を切り開く光になる。
・魔法の誕生:レコーディング
レコーディング当日、東京のスタジオは緊張感に満ちていた。
彩花は仕事着としてシンプルな白いシャツをロールアップし、黒いチノパンに赤いフレームのメガネで現れる。
Blaze Horizonのメンバーは、彩花の華奢な外見とメガネ姿に一瞬驚いたようだった。
「こんな子で大丈夫…?」という視線が刺さる。
私、負けない…! 彩花は心臓の高鳴りを抑え、キーボードの席に座った。
スタジオには、彩花の要望で用意された機材―― 大型筐体の「Hammonley HL-3」と、音に独特の揺らぎと深みを加える回転式スピーカー「Wesley211」が鎮座する。
彩花は、怜が改造した真空管プリアンプを、オルガンの出力とWesleyの入力の間に、注意深く割り込ませた。
曲は「Frenzy Blade」、Blaze Horizonの新曲で、看板ギタリスト・亮太の重厚なギターリフと疾走感のあるドラムが特徴。
彩花は深呼吸し、震える指でHammonleyオルガンのドローバーを握る。
『ドローバー』 ―それは、音の「色」を決める9本のレバー。まるで、絵の具を混ぜるように、彩花は指先でレバーを滑らせる――
重厚で野太いオルガンサウンドがスタジオを震わせ、Wesleyのホーンが回転。サイレンの様にけたたましい爆音をまき散らす。
真空管の炎が音を歪ませ、シミュレーターではけして出せない、生き物のような「息遣い」がスタジオ全体を震せる。
その瞬間、亮太とドラマーの翔の目が見開かれた。
――幼い頃、父に連れて行かれた、海外ロックスターの来日公演。
爆音でアンプが火花を散らし、ステージが煙に包まれたあの夜。
空気を切り裂くギターの刃を、分厚いオルガンサウンドが食い散らかした。
「なんでもアリ」の狂気のロックが、少年たちの魂を焼き付けた。
亮太が呟く。「…この音、久しぶりに聴いた。あの頃の本物のロックの息吹だ…!」
翔もスティックを握りしめ、目を潤ませる。「アンプが壊れるかと思ったあの爆音…こんなに凄い音を使いこなす天才が、今、現れるなんて…!」
彩花は気づかず、魂を鍵盤に叩きつけるようにリフを重ねる。
サビでは「North STORAGE4」にセットしたフットスイッチで音色を瞬時に切り替え、クラシカルなピアノのフレーズを織り交ぜ、亮太のソロと互角のバトルを展開。まるで2~3人が同時に演奏しているかのような錯覚を生む。
スタジオの空気が変わった。
亮太が「すげえ、生演奏でこんなことできるのか?!」と叫び、翔も笑顔でリズムを刻む。プロデューサーはモニタールームで目を輝かせた。
彩花のプレイは、ジャン・ローズの力強さと玖美の魂を響かせる情熱、そして彼女独自の音色切り替え技が融合し、バンドのサウンドに新たな要素を加えた。
私の音、響いてる…!
レコーディング後、プロデューサーが彩花に近づき、笑顔で言った。
「彩花、君のプレイ、まるで魔法だな。『彩花の魔法』って呼ばせてもらうよ。」
その言葉に、彩花の胸が熱くなる。
彼女は高校時代の音楽室での怜の笑顔と、玖美の「自分の心を鍵盤にぶつけて」という言葉を思い出し、涙をこらえた。
・魔法の開花:クロスビートのライブ
数ヶ月後、Blaze Horizonの全国ツアーに彩花がサポートメンバーとして参加。
メタルの殿堂と称される歴史あるライブハウス「クロスビート」でのライブ当日、彩花はステージ衣装としてピンクのサテンシャツに黒のレザーパンツ、黒いデニムジャケットを着用。
ロングヘアが揺れ、赤いフレームのメガネがスポットライトに輝く。
彼女の前には大型筐体のHammonleyオルガン「HL-3」と、その上に置かれた「North STORAGE4」、さらに左側にL字状に大小2台のシンセサイザーが重ねて配置されていた。
まるで小さな要塞のような重厚な機材に埋もれそうなメガネ姿の女性に、観客席からざわめきが広がる。「あの娘、新顔?」「Blaze Horizonにこんな子、場違いじゃない?」 彩花は心の中でつぶやく。私の音、みんなに届ける…!
ライブが始まると、彩花はHammonley HL-3からの真空管サウンドを爆発させ、重低音で会場を揺さぶった。足元のスイッチでWesley 211を高速に回し、暖かな歪みが空気を震わせる。
リズミカルに身体を揺らし、まるで打楽器を演奏するように、ゴーストノートを交えた激しいリフを繰り出す。ドローバーを素早く引き換えながら、まるで魂を鍵盤に叩きつけるようなエモーショナルなグリッサンドが会場を支配した。
「なんだこの音!?」「あのメガネっ娘、ヤバすぎだろ!」と観客席が沸騰し、フロアが一瞬で熱狂の坩堝と化した。
「Frenzy Blade」のイントロが始まると、彼女はジャケットを脱ぎ捨て、ピンクのサテンシャツが照明にきらびやかに輝いた。
ペダル鍵盤を操り、低音の轟きを腹の底から叩き出すように、脚でオルガンのベースラインを刻み始めた。
右手でHL-3の重厚なコードを握り、左手でSTORAGE4の澄んだピアノフレーズを瞬時に重ね、クラシカルな旋律をハードなギター&ベースのリフに溶け込ませる。
サビに入ると、両手でHL-3のドローバーを一気に全部引き出した。
今までの重厚で温かなハーモニクスが、狂暴で荒々しい、獣のような咆哮に変わる。
ソロパートでは、フットスイッチでSTORAGE4の音色を瞬時に切り替え、クラシカルなピアノのフレーズをメタルリフに融合させ、観客の心を鷲づかみに。
更に左手で低音パッドを唸らせ、右手でオルガンを叩き、4つの音を完全に同期させて、会場を揺るがすほどの音圧を叩きつけた。
ソロバトルの終盤、彩花は速弾きギタリスト亮太と完璧なユニゾンプレイを披露。息の合ったシンクロが、バンド全体を新たな次元に押し上げる化学反応を生み、会場は総立ちで叫び声を上げた。
「あのキーボーディスト、誰だ!?」
「見た目と音、ギャップエグい!」
「ロックの女神、降臨!」
彩花は手のひらを鍵盤に叩きつけるように激しいアタック音を繰り出し、自信に満ちた笑顔で観客を見据えた。
こんなすごいバンドの音を、私が引っ張ってる…!私の音…私の魂…!
そして、ラストのロングソロ。
「Frenzy Blade」ユニゾンソロが頂点に達した瞬間だった―― 彩花は息を殺し、赤いフレームのメガネを汗で滑らせながら、静かに呟いた。
「これで……終わりじゃない。」
彩花はHammonley HL-3のサイドパネルを掴んだ。
華奢な肩が沈み、細い腕が鋼のように張る。
汗がメガネを曇らせる中、歯を食いしばって全身の力を使い、巨大なオルガンの筐体を引き上げた。
ズドオオオオオオオオオオオオオ!!!!
まるでマグマが噴き出すような低音が会場に響き渡り、100kgを越えるオルガンの片脚が浮き上がる、次の瞬間――、
ドガシャァァァァァァァン!!!!
脚が着地すると同時に、会場の空気を物理的に破壊するような爆音が巨大な竜巻となってホール内に渦巻き、会場の空気を根こそぎ掻き乱した。
真空管が悲鳴を上げ、スピーカーから火花が散る。会場の空気をねじ曲げ、床を震わせ、観客の心臓を握り潰す。
若い観客が驚愕し、言葉にならない声を上げた。
「えっ!? 何!? 今の爆音なに!?」
隣にいたベテランのファンも驚きを隠せない。
「……マジか。あの技を……今ここで……!?」
――彩花が怜に教わった、禁断の技。
『スプリング リバーブ クラッシュ』
オルガンを物理的に揺らし、内部に収められたリバーブ用のスプリングを共鳴させることで、真空管を限界まで追い込み、“生きているような爆音”を引き出す。
――もう二度と使えないかもしれない、狂気の魔法。
でも彩花は、迷わなかった。この音を、誰よりも届けたかったから。
会場が割れんばかりの歓声と涙に包まれる。
亮太はギターを抱え、目から涙をこぼしながら、狂ったように速弾きをさらに加速させた。
指板を這う左手が火花を散らし、フレットを焼き尽くすように駆け巡る。ギター全体が震え、鋭いディストーションが会場を切り裂く。
「彩花……お前、すげえよ……!! でも次は俺の番だぜ!」
翔もスティックを握りしめ、涙で視界が滲みながら、左右のペダルでツーバスを狂ったように叩き抜く。
2台の巨大なバスドラムが地割れを起こすような超高速連打を轟かせ、大地を震わせるような重低音が会場全体を揺るがす。スネアが空気を鋭く裂き、シンバルが火花を散らすようなクラッシュで応戦する。
「負けねえ……!!」
二人の涙が、ステージに落ちる汗と混じって光る。
彩花は、オルガンにしがみつきながら、もう一度、全身の魂を込めて、Hammonleyを傾け、再び着地させる!!
「ドガシャァァァァァァァン!!!!」
真空管が悲鳴を上げ、Wesley 211のホーンが狂ったように回り、照明をちらつかせながら、会場全体が激しく振動した。
低音の黒い津波が床を這い、観客の身体を物理的に突き飛ばした。
無線機由来のノイズが電波の嵐のように膨張。魂を増幅する響きが会場全体を包み、観客の叫び声さえ飲み込む!
その爆発音と衝撃に、誰もが自分の魂の声を手繰り寄せられる気がした。
観客は総立ち。拳が天に突き上がり、涙と歓声が一つになる。
亮太が最後のリフを絞り出し、翔が超ロングフィルで締め、彩花がオルガンに額をつけて、静かに、でも確かに呟いた。
「……届いた」
その瞬間、クロスビートの会場が、息を呑むような一瞬の静寂に包まれた。
爆音の余韻が空気に残り、誰もが呆然とステージを見つめる。
心臓の鼓動だけが聞こえるような、絶対的な沈黙。
そして――次の瞬間、静寂が破れ、割れんばかりの爆発的な歓声と拍手が会場を埋め尽くした。
総立ちの観客が拳を突き上げ、涙と叫びが渦巻き、クロスビートの空気が完全に燃え上がった。
・メンバー紹介のクライマックス
ライブの終盤、Blaze Horizonのボーカリストがマイクを握り、メンバー紹介を始めた。「ギター、亮太!」「ドラム、翔!」と名前が呼ばれるたび、観客の歓声が響く。
そして、ボーカリストが満面の笑みで叫んだ。
「そして、俺たちの秘密兵器、サポートキーボーディストの彩花! 彼女の魔法、感じたよな!?」
その瞬間、会場が割れんばかりの大喝采に包まれ、クロスビートが熱狂の渦に飲み込まれた。
観客席は総立ちで、スマートフォンのフラッシュが星空のように瞬き、熱心なロックファンたちが「一瞬でファンになった!」「すごいの言葉しか出ない。マジで中毒になった。」と叫び合う。
彩花は一瞬、想像以上の反応に目を丸くしたが、すぐに微笑みを浮かべ、客席に向かって高々と右手をあげた。
スポットライトに浴し、ピンクのサテンシャツがきらめき、赤いフレームのメガネ越しに観客を見つめる。
私の音…こんなにたくさんの人に…! 私の魂、届いた…!
ボーカリストが「彩花の声、みんなも聞いてみたいよな?」と話し、彩花にマイクを渡す。
彩花は少し緊張しながらも、深呼吸してマイクを握る。
「皆さん、今夜はBlaze Horizonのライブに来てくれて、本当にありがとう…!」彼女の声は穏やかだが、心からの喜びに満ちている。
「こんなすごいバンドと一緒に演奏できて、夢みたいです。こうしてライブをこなせたのも、皆さんの熱気のおかげです。ほんとに、ありがとう…!」
彩花は謙虚に頭を下げ、観客の拍手がさらに大きくなった。「彩花! 最高!」「もっと聴きたい!」という声が飛び交い、まるで一夜にしてスターが生まれたような熱狂を呼ぶ。
突然、観客から「もう一曲!」の声が上がり、ボーカリストが笑顔で応える。
「お、彩花、やってくれるか?」彩花は驚きつつも胸が熱くなり、頷く。
「じゃあ少しだけだけど、聴いてください」と照れ笑いを浮かべ、メンバーが小休止する中、彩花は「Frenzy Blade」と「Blaze Anthem」を短いメドレーにアレンジして披露。
彼女の指が鍵盤を滑り、ピッチベンドレバーを巧みに操りながら、まるで魂が鍵盤から溢れ出すような情感豊かなフレーズを織り交ぜる。足元でスイッチを踏み分け、真空管の暖かさとシンセサウンドの鋭さを瞬時に重ね、静かなアルペジオから一気に高揚するサビへと駆け上がり、会場は陶酔の渦に巻き込まれる。
観客のスマートフォンが一斉に彩花を捉え、SNSには 「可愛い顔して演奏エグすぎ!」「規格外の猛者が加わってて脳みそブチ抜かれたw」「メガネっ娘のオルガン… ロックでペダルボードガチ使いしてるの初めて見たわ」「カッコよすぎて泣いちゃった!」とコメントが殺到、彩花のプレイがネットを席巻した。
彩花は深くお辞儀をし、会場が一瞬の静寂から爆発的な歓声に包まれる。
ステージ上に戻ったBlaze Horizonのメンバーは、彩花に目を向け、誇らしげに笑う。
亮太が「俺のソロ、彩花に完全に食われたな!」と笑いながら肩を叩いた。「この娘、これからどんどん活躍するからな! みんな注目してくれよ!」と観客を煽り、さらなる喝采を引き出す。
彩花は観客席を見渡し、誇らしげに拍手を送る怜を見つけた。高校時代の音楽室での小さな夢が、こんな大きな舞台で花開いた。
SNSでは、ジャケットを脱ぎ捨てるアクションと「#眼鏡っ娘の爆音クラッシュ」「#佐藤彩花」がトレンド入り。知的で繊細な容姿から想像できない派手なプレイが話題となる。
ライブの終幕後、楽屋に戻った彩花の卓には、音楽雑誌「Keyboardタイムズ」からの独占インタビューの申し入れ、電子楽器メーカー「Rowlence」のカスタムモデル開発を伴うエンドースメントの打診、その他、複数のレコード会社やプロダクションの名刺と、取材や各種契約を申し入れるメモが積み上げられていた。
彩花は名刺の山を見ながら、霧咲高校での怜や凛との日々を思い出し、涙がこぼれる。私の音、こんなに遠くまで…
・魔法の遺産
このレコーディングとライブの成功が「彩花の魔法」の始まりだった。
彼女の情感豊かなプレイは、ハードロックだけでなく、ポップス、ジャズ、クラシック、さらにはエレクトロニカまで、あらゆるジャンルで輝きを放った。
彩花はジャンルの壁を越え、プロデューサーやアーティストから「どんな曲でも彩花の魔法で輝く」と信頼される存在に。
彼女の音色切り替え技は「Ayaka Switch」と呼ばれ、若手ミュージシャンがこぞって真似るトレンドに。
「Ayaka Switch やってみた!」という動画がSNSや動画サイトを席巻した。
それから6年後「Stellar Notes」で開催された、30歳の初めてのソロライブにて、彩花は「Frenzy Blade」を再演。
ステージ上で激しいドラムのビートが響く中、ハードロックの力強さとクラシカルな繊細さが融合したプレイは、まるでバンド全体を進化させたあの夜を再現するようだった。
観客は総立ちで拍手を送り、彩花はマイクを握る。
「Blaze Horizonの皆さんとクロスビートで立ったあの夜、私の音が本当に届くって信じられました。あの喝采が、私に『彩花の魔法』を教えてくれたんです。あの夜、観客の皆さんが私の魂を受け止めてくれて、新たな私が生まれたんです。」
彩花はふと、ドラムセットに目をやる。
サポートドラマーの真夏が静かに微笑み、軽くスティックを回して頷く。
客席の最前列には、夫の怜と手を繋ぐ5歳の娘、奏の姿。ピンクのワンピースを着て、キーボードの真似をする姿に、彩花は微笑む。
・学園祭の記憶と永遠の共鳴
初のソロライブも佳境にさしかかり、彩花はキーボードの前で、静かに目を閉じる。
霧咲高校の音楽室、17歳のあの秋の日が心に蘇る。
学園祭のステージ、彩花と凛の「BlossomEcho」が初めて観客の前に立った瞬間。
彩花はピンクのサテンシャツに黒のプリーツスカート、シルバーのメガネで緊張しながらキーボードを弾いた。
凛の力強い歌声が会場を包み、舞台袖の怜が目を輝かせる。あの時…私の音が、みんなの心と共鳴した…
彩花はマイクを握り、涙声で語る。
「17歳のあの学園祭、親友の凛と初めてステージに立った日…私の音が、誰かに届くって信じられた瞬間でした。みんなが私の音を支えてくれて、今、こうしてここに立ててます。」
傍らに立つ凛が目を潤ませ、客席の怜が奏の手を握る。彩花は続ける。
「『彩花の魔法』は、BlossomEchoで生まれました。校庭の桜の木の下で、凛の歌声が私の心を自由にしてくれたんです。」
凛が彩花に歩み寄り、「彩花、ずっと一緒だよ!」と抱き合う。
彩花はさらに声を震わせ、全員をステージに呼ぶ。
真夏がドラムから立ち上がり、優奈が客席から駆け寄り、颯が並ぶ。怜が奏を抱き上げ、彩花の隣に。
全員が手をつなぎ、彩花は涙で続ける。
「この音は、私だけのものじゃない。凛の歌、優奈の笑顔、真夏の鼓動、颯の情熱、怜の支え、奏の未来、そして――」
一瞬言葉を切り、遠くを見つめる。
「ここにはいないけど、いつも私たちを見守ってくれた美織――霧咲の街から生まれた、みんなの魔法。」
全員が手をつなぐ中、凛が静かにポケットから封筒を取り出す。
「その美織から…預かってたんだ。彩花、読んでみて。」 彩花は震える手で受け取り、滲む文字をそっと読み上げる——
「彩花、凛へ…13年前、彩花のキーボード、凛の歌声が私の心を自由にしてくれた。今夜、配信で見てる。彩花の魔法、ちゃんと見届けるよ。美織より」
言葉が途切れた瞬間――
照明がふっと落ち、ステージの上にだけ、誰にも気づかれぬ優しい風が吹いた。 そして、天井から紙の桜の花びらが、まるで本物の春のように舞い降り始めた。
彩花のアルバムジャケットに描かれた、あの花びらだった。
13年前のポスター、霧咲の桜、星空の約束――
すべてが、今、ここに、確かにあった。
凛が優しく微笑み、囁くように。
「美織からのサプライズ…だよ。あの桜のキーホルダー、ずっと持っててくれたんだって。」
彩花は手紙を胸に押し当て、嗚咽が止まらない。
花びらが肩に、髪に、鍵盤に降り積もる。
怜がそっと彩花の背中を撫で、真夏が軽くスティックを回し、颯がギターを抱え、優奈もマイクの前に立つ。
凛が、澄んだ声で歌い始める——
「Eternal Echoes…」
最初はステージだけだった歌声が、客席に、配信の向こうに、瞬く間に広がっていった。
会場が涙と歓声に包まれ、星空のようなフラッシュが輝く。
花びらが舞う中、彩花は奏を抱きしめ、涙で、でも満ち足りた笑みを浮かべた。
「私の音は、みんなの心と共にある… そして、君の手で、未来へ響く。」
その言葉が、霧咲の街に、永遠に刻まれた。
彩光の詩 2nd GATE ~Luminous Harmony~ 完
音は消えても、想いは消えない。
彩花の魔法はここで完成し、ひとつの物語は終わります。
けれど、あなたがこの旋律を胸に抱いてくれる限り、霧咲の音楽室の明かりは、まだ消えません。
どこかで誰かが、新しい音を鳴らし始める。
それは、もしかしたら奏かもしれないし、あなたかもしれない。
――あるいは白い鋭角ギターを抱えた孤独の女王。誰にも触れられなかった、あの炎かもしれない。
彼女の名は、燐火。
一度は仲間を焼き尽くし、雨の中で自分の炎を呪った。
でも今、その炎は誰かを温めるために、静かに灯り直している。
これが、「彩光の詩」最後の章――
「彩光の詩 3rd FLAME ~燐火の贖罪~」
IronSylph外伝・全4話2026年1月3日(土)20:00より開始
毎週火曜・金曜20:00更新
春、野外音楽堂の3000人の夕陽の下――Crimson Sirenのメインステージで、燐火はふたつの夢を重ねて立つ。
あなたがここまで聴いてくれたから、彼女はもう、一人じゃない。
新年一発目、あなたの心を焦がしに来ます。
――IronSylph、復活。
そして、第三部にて「彩光の詩」は完結。
炎は、永遠に、あなたの中で燃え続ける。
──おまけ──
彩花の代表曲「Eternal Echoes」。
彼女が紡いできた人生と絆を、静かにイメージしたインスト版を、PremiumEditさんに制作いただきました。
あの花びらのステージの余韻を、もう少し味わいたい方は、ぜひ聴いてみてください。
https://www.youtube.com/watch?v=5rpJ1upTqYs
第三部でお会いしましょう。心から、ありがとうございました。




