彩光の詩 第2話【音楽室の邂逅】
・音楽室の呼び声
霧咲高校の廃校は、秋の静寂に包まれる。苔むした石段、ひび割れた窓、色褪せた廊下が、過ぎ去った青春を囁く。美術部の仲間がスケッチに没頭する中、17歳の奏は一人、音楽室へと引き寄せられる。心臓が締め付けられ、足が震える。ここ…母さんが音楽を始めた場所… 古びたドアを押し開けると、埃っぽい空気と古いピアノの匂いが漂う。夕陽が窓から差し込み、窓際のキーボードに茜色の光を投げる。母さんの音、どんなだったんだろう… 彩花の輝く過去への不安が、奏の胸に重く広がる。
キーボードに近づき、幼い頃に母と弾いた「Winter Glow」のメロディをそっとたどる。壊れているはずの鍵盤が、微かに震えるような音を返す。力強いのに優しい…母さんの音…私には、こんな音、出せない… 母の才能への憧れと無力感が心を軋ませ、指が止まる。秋の風がカーテンを揺らし、窓ガラスに反射した夕陽がキラキラと揺れる。まるで、音楽室に彩花の青春の残響が宿っているかのようだ。
ふと、鍵盤から微かな音が聴こえた――弾いていないはずのキーボードから、「Winter Glow」の一節が、かすかに響く。え…？ 私、弾いてない…？ 心臓がドキリと跳ね、視線を上げると、カーテンの隙間から柔らかな光が溢れ、部屋を温かく包む。光が揺らめき、まるで誰かが近くにいるような気配が漂う。
カーテンが風に揺れ、キーボードの表面に映る光が、まるで星のように瞬く。奏の心臓が早鐘を打ち、視線を上げると、柔らかな光の中に一人の少女が浮かび上がる。白いシャツに青いネクタイ、紺のプリーツスカートが揺れ、シルバーフレームのメガネ越しにロングヘアが夕陽に輝く。
少女は不安げにキーボードに触れ、奏に気づくと驚いたように振り返る。「あなた…ここ、よく来るの？ この音楽室、なんか特別な感じするよね…」その声は震え、大きな瞳に好奇心と不安が混じる。
奏は息を呑み、少女に母・彩花を重ねる。母さん…？
震える声で答える。「うん…初めて来たけど、なんか懐かしい気がする。あなたは…？」少女は微笑み、鍵盤に手を置く。
「私、彩花。このキーボードで、初めて曲作りに挑戦してるの。でも…怖いんだ。私の音、誰かに届くかな…失敗したら、笑われちゃうかな…って」彩花の言葉に、奏の胸が締め付けられる。母さんも、こんな風に怖かったんだ… 自分の葛藤と重なり、涙が滲む。「私、奏。…私も、音楽が好きだけど、いつも誰かと比べられて…私の音、誰も聴いてくれない気がする…」
彩花はそっと近づき、奏の手を握る。温かな指先が、奏の震えを静める。「奏…そんな風に感じるんだ？ 私も、親友の凛の歌声に圧倒されて、自分なんてダメって思ったことある。凛の声は太陽みたいで、私の音なんてちっぽけに見えた…でもね、奏、一番のファンも、一番のアンチも、自分自身なんだよ。その葛藤が、君の音を強くする。」彩花の瞳は夕陽に輝き、奏の心に温かな光を灯す。一番のファンも、アンチも、私自身…？
奏は涙を拭い、震える声で言う。「彩花…私、怖かった。自分の音が、誰かの影に隠れるんじゃないかって。でも…あなたの言葉、信じられる気がする。私、奏の音で、誰かに響きたい…」彩花は目を輝かせ、「奏、絶対大丈夫！ 君の音、私、聴いてみたいな！」と笑う。夕陽に照らされた笑顔は、星のように輝く。二人はキーボードに並び、彩花が「Winter Glow」を弾き始める。奏はためらいながら指を動かし、自分の旋律を重ねる。壊れたキーボードから奇跡のように音が生まれ、奏の初めてのオリジナルメロディが音楽室を満たす。彩花は驚き、笑顔で言う。「奏、すごいよ！ 私には出せない音、君の音、絶対誰かを動かすよ！」母さんの音…私を自由にしてくれた… 奏の涙が鍵盤に落ち、夕陽が雫を光に変える。彩花の幻は微笑み、そっと消え、音楽室に静寂が戻る。私の音…これが、私の音… 奏の心に、初めて自分の旋律が響き、新たな決意が芽生える。
・彩花の愛：見守る心
彩花は奏の反抗に心をえぐられながら、高校時代の自分を思い出す。内気でステージを恐れた日々、親友の凛、恋人の怜、旧友の優奈に支えられた青春。私も、怖かった…でも、音を信じたから… 奏への想いを込め、彩花は新曲「Stardust Melody」を作曲。娘の心に届くことを祈りながら、過去の自分と向き合う。
怜は彩花を抱きしめ、静かに励ます。「奏は強い子だ。お前が自分を信じたように、奏も道を見つける。」彩花の胸に、5歳の奏が浮かぶ。「奏も、ママみたいな音、作りたい！」と目を輝かせた無垢な笑顔。あの笑顔を信じたい… ある日、葵から「奏が霧咲高校の音楽室でキーボードに触れていた」と聞き、彩花の胸が熱くなる。奏…あの場所で、音楽と向き合ってくれて… 娘を見守る決意を新たにする。
・涙の共鳴：新たな一歩
霧咲駅前の賑やかな地下街「霧咲シティプラザ」で開催された美術部の写生展は、桜色の照明に彩られていた。奏の描いた霧咲高校の音楽室の絵は、夕陽に輝く鍵盤と切なく温かな光を放ち、まるで音色が響くよう。観客はその繊細なタッチに息を呑み、卒業生の中には涙を流す者もいた。葵が奏の手を握り、「奏、この絵、まるで音楽が聴こえるみたい！」と弾ける笑顔で言う。葵…君が私の音を聴いてくれる… 奏の心は熱くなり、音楽への情熱が再び燃え上がる。
自宅スタジオに戻った奏は、赤いフレームのメガネをかけ直し、深呼吸する。「母さん、父さん…私、音楽、辞めるって言ったけど…やっぱり、弾きたい。」涙が溢れる。「霧咲高校の音楽室で、母さんの音を感じた。温かくて、強くて…でも、私、奏の音で、誰かの心を動かしたい。私は彩花の娘だけど…私だけの音を響かせたい！」母さんの影を超えたい… 強い決意が胸に芽生える。
彩花は涙を抑えきれず、奏を強く抱きしめる。「奏…あなたの音、絶対届く。母さん、信じてる。どんな音でも、奏そのものだから…」怜が優しく言う。「奏、お前の音、俺も聴きたい。」その夜、奏は「Stardust Melody」を弾き始める。彩花のメロディに、奏の新たな旋律が重なり、彼女の心が鍵盤に宿る。この音…私の音…
彩花は優しく語る。「私があなたのために曲を作るのは、これが最後。これからは、奏自身が曲を作って、想いを届けて。絵で磨いた感性は、奏だけのものよ。」奏は初めて、「一人の表現者」として認められた実感を得る。
私…奏の音で、未来を響かせる… 瞳は希望に輝き、涙が光に変わる。彩花と怜は奏の手を取り、スタジオに三人の笑顔が響き合う。
・過去への扉：彩花の青春
翌朝、奏はスタジオの片隅で、色褪せた楽譜と「BlossomEcho」と書かれた写真を見つける。17歳の彩花が、シルバーフレームのメガネ越しに優しく微笑み、キーボードに寄り添う。隣で、ショートカットの少女が太陽のような笑顔を弾けさせ、怜がギターを掲げる。
――彼女が…凛さん？ ――
音楽室での彩花の言葉が耳に蘇る。「凛の歌声に圧倒されて、自分なんてダメって思ったことある…」この少女の声が、母さんをそんな風にさせたの？
楽譜の隅に走り書きされた「Winter Glow」の旋律が、奏の震える指を鍵盤へ誘う。茜色の夕陽がスタジオを染め、彩花の音が囁く。
「母さん…あなたはどんな青春を生きて、こんな音を生んだの…？」
奏の心は、母の物語へと遡る――。
・次回予告：第3話【星空のメロディ】（8月19日【火】20:00公開予定）
霧咲高校の音楽室で、内気な少女・彩花は、太陽のような歌声を持つ凛と出会う。学園祭のライブを目指し、二人はユニット「BlossomEcho」を結成！ だが、彩花の心には、ステージへの恐怖と、凛への憧れが揺れる。音楽と友情が織りなす、青春の第一歩が今、始まる！ 次回、「星空のメロディ」、お楽しみに！
・コメントのお願い
奏の初めての旋律、彩花の幻との邂逅、母娘の絆、どの瞬間があなたの心に響きましたか？ 彩花の青春の物語、どんな展開を期待しますか？ ぜひコメントで教えてください！
