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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

妖怪退治のお代は、きちんとお支払いいただきます

作者: 柚希 幸希

「ねえ、何でこの時間にここなの? 」


 先程までの綺麗な月が雲で隠れてしまい、急に視界が暗くなった。

 暗闇で頼りになるのは、狭い範囲を照らす、スマホのライトのみである。

 真夏の夜だけあって、身体全体を生ぬるく水分を含んだ風が、ねっとりと絡みついては過ぎていった。

 聞こえてくるのは、砂の上を規則的に訪れては去っていく、波の音。

 そして、自分たちが出している、ジャリ・・・ジャリ・・・ジャリ・・・という、足音のみ。

 

一輝(かずき)が、海辺なら涼しいかもっていうから、来たんだけど? 」


「まさか、一輝のおススメとか・・・」


「? そうだけど? 」


 親友に勧められたからという、ただそれだけの理由で、この場所を選ぶ彼に呆れつつ、先ほどから加わった音が、気になって仕方がない。


 ジャリ・・・ジャリ・・・ジャリ・・・。


 さっきから後ろで、誰かの足音がする。

 砂浜に響くのは、私たちの足音のみ・・・のはずなのに。


 ジャリ・・・ジャリ・・・ジャリ・・・。


 足音からすると、多分一人。

 前へ前へと進むたびに、私たちに近づいてくるように思えた。


「! 」


 試しにその場で立ち止まれば、後ろの足音もピタリと止まる。

 手を繋いでいた彼も、私に引っ張られるかたちで、歩みを止めた。


「? 春花(はるか)、どうかした? 」


 声のする方へスマホのライトを照らせば、心配そうにこちらへ振り返り、眉を寄せる彼の顔が見える。

 反射的につないでいた手を放し、そのまま彼の元へと、体を寄せる。


「・・・ねえ湊翔(みなと)、何か聞こえない? 」

 

 彼の耳元まで口元を近づけ、そう問いかける自分の声は、かすかに震えていた。

 そんな私を安心させるかのように、湊翔の両腕が、優しく体を包み込んでいく。

 と同時に、私の後ろを確認するかのように、身体を左右に動かす振動が伝わってきた。


「? ・・・波の音? 」


 しばらくして聞こえたのは、疑問形の答え。


「うん、それもあるけど・・・」


 はっきりとしない私の答えに、彼はさらに前のめりになって、後ろを確認しているようである。


「・・・ねえ湊翔、後ろに、誰かいる? 」


 私の問いかけに対して、守るように私の身体を包み込む彼の手に、少しばかり力が入った。


「? 誰もいないけど? どうして? 」


 しばらくの沈黙の後で返って来たのは、彼の優しい声である。

 その声に安心して目を閉じ、耳をすませば。

 打ち寄せては離れていく、波の音。

 そして、耳元に心地いい、彼の心臓の音が、聞こえるのみであった。 


「う~ん、じゃあ、私の勘違い・・・かな? 」


 そう言って湊翔の身体から離れると、チラリと後ろに目をやった。


「・・・」


 目の前に広がるのは、何物も映し出さない、黒、黒、黒。

 その真っ暗な闇に、今にも吸い込まれそうな錯覚を覚え、視線を前に戻すと、小走りに歩みを進めた。


「じゃあ、急いで帰ろうか」

 

 湊翔は、そう言うなり私の手を優しく握りしめ、かばうかのように前に出て歩いてくれた。

 すると。

 

 ジャリ・・・ジャリ・・・ジャリ・・・。


 まただ。

 また、私たち以外の足音が・・・。


「? 湊翔? 」


 前を歩いていた湊翔が急に、ピタリと立ち止まった。

 握られた手に、少しばかりの力がこもる。


「春花、あのさ・・・」


「ん? 」


「足音・・・しない?」


「・・・うん」


 今度は、湊翔にも聞こえるらしい。

 しかも今回も、私たちが止まったと同時に、足音もしなくなった。

 さっきよりも、近い場所で・・・。

 そして。


「すみません・・・」


 波の音で、今にも消されてしまいそうな、かすかに聞こえる女性の声。

 さっきは、聞こえなかったのに・・・。

 気が付けば湊翔は、私の後ろに回り、私を背にして立っていた。

 彼にも、聞こえたのだろう。

 私の手を握りしめる彼の手は、先ほどよりも力強い。


「・・・だれですか? 」


 そう問いかける彼の声は、いつも聞くよりもずっと低かった。

 彼が、声のする方向へと、スマホのライトを当てる。

 すると。


「おぎゃぁ~」


 赤ちゃんの、泣き声が聞こえた。

 突然の鳴き声に、彼の背中越しに泣き声のする方へ、視線を向けるとそこには・・・。


「すみません・・・」


 先ほどと同じ、今にも消えいるような小さな声を出しているのは、真っ赤なワンピースを着た、腰までの長さがある黒髪をもつ、若い女性であった。

 長い黒髪はボサボサでパサついており、まるで死人のように、青白く生気のない顔色をしている。

 頬がこけ、目の下に広い範囲でクマができていて、化粧っ気もなかった。

 唇はガサガサに乾いており、皮がめくれてところどころで血がにじんでおり、紫色になっている。


「この子が泣き止まなくて・・・。良ければ、抱っこしてもらえませんか? 」


 そう言って、激しく泣きわめく赤ちゃんを、こちらに差し出した。

 夜中に、女性一人でこんなところを歩いているのは、夜泣きが激しいからなのだろうか。

 全身から、とても疲れ切っている様子が、見てうかがえる。

 お風呂に入る暇もないのか、彼女が動くと潮の匂いと共に、どこかすえたような湿ったような匂いが鼻をついた。


「いいですよ? 」

 

 私がそう言って前に出ると、


「いえ。この子、男性にしかなつかなくて・・・」


 そう言って、湊翔のほうへ、赤ちゃんを差し出した。


「え? オレですか・・・」


 湊翔は戸惑いながらも、スマホを私に預けると、赤ちゃんを受け取った。

 すると赤ちゃんは、急に泣き止み、キャッキャと楽しそうな声を上げて、湊翔を見ている。

 隣から覗いている私には、全く見向きもしない。

 人見知りする時期かもね? そう思っていると。

 

「? 今どきの赤ちゃんって、重いんですね・・・」


 だんだんと、湊翔の顔色が変わっていく。

 重いのか、だんだんと前のめりになっていった。


「湊翔? 」


 よく見れば、赤ちゃんを持っている手が、プルプルと震えている。

 湊翔の足元を見れば、(かかと)あたりまでが、砂に埋まっていた。

 

 ズズッ・・・ズズッ・・・。


 少しずつだが、湊翔の身体が、砂の中へと埋まっていくのが見える。

 

「湊翔、赤ちゃんを離して! 」


 そう言いながら、彼の手から赤ちゃんを離そうとした。

 が。

 湊翔の言う通り、赤ちゃんにしては、というか大人だったとしても、重すぎるような気がする。

 そして。

 いくら力を込めても、赤ちゃんを抱えている湊翔の腕は、ビクリとも動かない。

 赤ちゃんは相変わらず、キャッキャと嬉しそうな声を上げながら、湊翔だけを見ている。


「なんで? 離したくても離れない! 」


 湊翔は必至に動かそうともがいているが、身体は反応せず、その顔には時間に追われるような焦りが刻まれていた。


 ツーッ・・・・。


 彼の額に汗がにじむ。

 その間にも湊翔の身体は、どんどん砂の中へと沈んでいった。

 そんな中。

 

 バシャ・・・。


 海の方で、大きな音がした。

 雲に隠れていた月が、少しずつ見え始め、周りがだんだんと明るくなっていく。

 

 バシャ・・・バシャ・・・。


 波をかき分けて、何かがこちらに近づいてくる音がする。


 バシャ・・・バシャ・・・。


 音のする方に視線を向ければ。

 人の何倍もありそうな、大きな岩のような影。

 月明りに照らされたその岩のようなものは、テレビで見たことのある、牛の頭部に見えた。


『海に、牛? アレ? 水中での飼育も可能だったっけ? それにしても大きいわね? 角もあんなに大きくて、先が尖っているものなんだっけ? 』


 記憶にある、牧場でのほほんとしている牛を脳内再生していると。


 ズンッ・・・。


 突然、地面に大きな振動が走った。

 水辺から陸に上がったであろう牛もどきは、雲からさらに月が出たことにより、全身がよく見える。

 

「? 牛? 」


 とはいいがたい胴体までもが、はっきりと見えた。

 なんとその大きな物体は、身体が蜘蛛のようであったから。

 筋肉質な8本の強靭な足が、砂浜に食い込むたびに、振動が来る。

 そしてソレは、明らかにこちらへと近づいていた。


 カサカサカサ・・・、という音ではなく、ズンッ、ズンッ・・・と、一歩一歩が力強い。

 近づいてくるたびに、振動が大きくなっていき、そのたびに心に不安が渦巻いて、無意識にゴクリと喉を鳴らした。


「危ない! 」


 思わず叫んだ。

 気が付けばソレは、赤ちゃんの母親のすぐ後ろまで、来ていたから。

 が。


「どうして・・・」


 母親は、全く動じることなく先程から同じ体制で、ただその場に立っていた。

 その大きな物体は、母親のすぐ後ろで、ピタリと動きを止める。

 よく見ればその顔は、牛が狂暴化した感じとでもいえばいいのだろうか。

 大きく真横に裂けた口からは、(よだれ)をダラダラと()らし、その血走った真っ赤に光っている両眼は、獲物を逃さぬ猛獣のように、ギラついていた。

 こちらを見るなり、目を三日月のように細めると、口元に大きな弧を描きながら、ニタリと笑う。


 ゾクリ・・・。


 その顔は、恐怖しか与えない。

 あまりの恐怖に、身体が動かない。

 頑張って横を向けば、いつの間にか湊翔は、赤ちゃんを抱えたまま、太ももまでもが砂の中に埋まっていた。

 そこから抜け出そうと、必死にもがいているためか、目の前の恐怖に気がついてはいない様子である。


「湊翔! 」


 助けないと・・・。

 でも、どうやって?

 目の前の恐怖と重なり、何をどうしていいのか分からない。


「!」


 ふと気が付けば、大きな口がこちらに近づいていた。

 ぱっくりと空いた大きな口の端から、大きく厚く真っ赤な舌の先から、鋭い牙の先からと、ダラリダラリとだらしなく、涎を垂らしまくっている。

 近づくにつれ、潮の匂いと何かが腐ったような生臭さと鉄さびの匂いがして、思わず吐き気をもよおし、両手で鼻と口をおおった。


『食べられる・・・』


 そう思うも、恐怖のあまり目を見開いたまま、近づいてくるその大きな口から目が離せない。

 中は真っ暗で何も見えない、まるでブラックホールのようなその大きな口が、ゆっくりと近づいてくる。


 その時。


 シュッ!

 

 一瞬、目の前を涼しい風が通り過ぎた。

 とともに、怪物の首から上が、涎と血しぶきとともに、宙を舞っているように見えた。

 水滴がビシャリと音を立て、砂浜に広がると、その真っ赤な血だまりの中に、ドン! と大きな音と共に、牛の怪物の頭部が横たわる。


「ヒッ・・・」


 血走ったその赤かった目は、光と色を失くし、舌をだらりと重力の向くまま地面につけて、口の端からは血の混じった泡をブクブクと、大量生産している。

 その場に残っているであろう、胴体の方へと視線を移せば、崩れていく砂で出来たお城のように、みるみる形を失っていった。


「あれ? 」


 湊翔の声で、ハッと我に返る。

 湊翔を見れば、いつの間にか砂の中から出ていて、腕の中には赤ちゃんもいなかった。


「赤ちゃん、消えたんだけど・・・」


 湊翔は、さっきまで赤ちゃんのいた場所らしきところを、不思議そうに眺めている。

 よく見れば、太ももまで砂に埋もれていたはずなのに、足には砂が一粒もついていなかった。


「あれ? お母さんは・・・」


 顔を上げてそうつぶやく湊翔の視線の先を見れば、さっきまでいたはずの母親も、そして牛もどきの頭部さえも、姿を消していた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「湊翔、起きて! 」


 勢いよくタオルケットををはぎ取れば、胎児のように体を丸めて熟睡している彼の姿があった。

 このくらいでは、全く起きる気配はないのでいつも通りに、鼻と口を手でつまんだ。


「ブッ!ハーーーーーーッ! 」


 という大きな声と共に、湊翔が体を起こす。


「春花、いつも言ってるよね? もっと優しく起こせない? 」


「ムリ! 今は特に無理! 」


「え・・・何で怒ってんの? 」


 眠い目をこすりながら私を見た途端、彼は慌てて目を見開いた。

 眉がわずかに上がり、口元が固まっている。

 それもそうだろう。

 私は今、腕を胸のあたりで組んで、仁王立ちをしたまま、湊翔を見下ろしているのだから。


「ねえ。なんでもう、朝ごはんが用意されているの? しかも二人分・・・」


「え? また? 」


「そう。また」


 最近、湊翔の部屋では、不思議なことが起きている。

 朝起きた時、そして仕事が終わって家に帰った後は必ず、出来たてホッカホカのおいしそうなご飯が、テーブルに用意されているらしい。

 そのことで、私たちは昨日、久しぶりに喧嘩をしました。

 まあ、私が一方的に浮気を疑って問い詰めた、というのが正しいのだけれど。

 あんなに頭に血が上っていたから、朝まで寝れないと思っていたけれど、私も湊翔もいつの間にか、ぐっすりと眠ってしまったらしい。

 朝、トイレに起きて用を済ませた後、気になってすぐに台所へ行くと、すでにテーブルの上に、二人分の朝食が用意されていたのである。

 炊きたてご飯に(しじみ)の味噌汁、厚焼き玉子に大根おろし付きの脂ののったアジの干物、そしてほうれん草の和えものとひじきの煮つけいう、手の込んだラインナップだ。

 

「浮気相手は、自分の方が料理がうまいって、私に宣戦布告しているのよ! 」


 気が付けば、私はベットで上半身だけ起こしている湊翔の身体にまたがり、両手でTシャツの襟首(えりくび)を掴み上げていた。


「ちょ、春花、落ち着いて! 何度も言うけど、俺は浮気なんてしていないから! ね? 」


 私の両手をやんわりと掴んで、諭すように優しく語りかけてくる。


「だって・・・」


「だって? 」


「朝ごはん、美味しかったんだもん・・・」


 試しに食べましたが、たいへんおいしゅうございました。

 完全に、白旗です。

 気が付けば、頬を大粒の涙が幾重(いくえ)にも伝っていた。


「俺のために、春花が一生懸命作ってくれるご飯の方が、数千倍も美味しいよ」


 湊翔はそう言うと、私を自分の胸元に抱きよせて、優しく頭を撫でてくれた。


「…ありがとう」


「それにしても、一体誰なんだろうな? 気味悪いんだけど…」


 顔を上げて湊翔を見れば、左手で私の頭を撫でつつ、右手でスマホをチェックしている。


「? 何を見ているの? 」


「え? 何って、昨日設置した防犯カメラだけど? 」


「あ! そういえば設置したよね? 確か、玄関とキッチンとこの部屋だっけ?」


「そう、その画像をチェックしているんだけどさ・・・」


「何か気になるものでも写っていたの?」


「うん、コレ・・・ 」


 そう言って、スマホで見せてくれたのは、キッチンの映像。

 昨日寝る前に、何も置いてないことを確認したはずのテーブルの上には、たくさんの食材が置いてある。

 そこには、誰もいないのに、水道から水が出ていたり、まな板の上では包丁がリズミカルにネギなどの食材を切っていたり、土鍋とフライパンがふよふよと宙を浮きながらコンロに設置され、突然火がついていたりしている映像が、映し出されていた。


「・・・・・・」


 そう。

 それは、湊翔のように()()()()()が見た、映像。

 ()()()()が、見た映像には・・・。


「ねえ、」


「ん? 」


「この前の、海辺で出会ったお母さんが、料理しているのが見えるんだけど・・・」


 そう。

 そこには、この前の夜の海で、とても重い赤ちゃんを私たちに押し付けた、あの赤いワンピースの黒髪女が、テーブルにたくさんの食材を並べて、懸命に調理する姿が映し出されていたのだ。


「え? マジ? でも俺には見えない・・・ってことは、あのお母さんは幽霊? 」


「多分・・・」


「え? じゃあ何でこの前、見えたのかな? しかも、今回は見えないし・・・」


 眉をひそめ、スマホ画面を懸命に凝視している。

 スマホの角度を変えたりしているが、全く見えないらしい。

 正直、見えないのはありがたい。

 なぜなら彼女は、前回と違ってクマもなく、顔色もすっかりよくなり唇も可愛らしいピンク色で(うるお)っていて、長い黒髪にもツヤとなめらかさが、(よみがえ)っていた。

 そして何より、血色の良くなったお母さんは、美人だったのである。

 

「もしかして、玄関にも何か写っていたりする? 」


 キッチンをあきらめた湊翔は、いつの間にか玄関の画像もチェックしていた。

 が、やっぱり何も見えなかったらしく、私に助けを求めてきた。

 見せてもらった玄関の画像は、確かに見えない人からすれば、一見ドアの開け閉めもなく、朝まで同じ映像が、ただ流れているだけである。

 しかし。

 見える私が確認すると。


「ねえ、イケもふさん? いるんでしょう? 出てきてくれる? 」


 私は、湊翔の背後に向かって叫んだ。

 

「え? イケもふさん? って、俺の守護霊がなんかしたの? 」


 私の声に、湊翔は驚いている。

 すると、湊翔の背後に甲冑姿の男性が姿を現した。

 真っ赤な甲冑に、金の装飾を施した湊翔の守護霊の事を、私たちは『イケもふさん』と呼んでる。

 なぜ、『イケもふさん』なのか。

 まあ、字の通り、イケメンの、もののふ(武士)さんだから。

 彼は、現代でも200%通用する、顔面の持ち主だった。

 艶やかな黒髪に、涼やかな目元と真珠のような肌が特徴的な、まるで人形のように端正な顔立ちをしているのだ。

 本人曰く、名前は憶えていないらしいので、勝手につけさせていただきました。


「玄関の映像に、大きな荷物と共にこの前の赤ちゃんを抱いて、お母さんと一緒に家に入るあなたが、バッチリ映っているんだけど? 」


「えー! ただでさえ重たい甲冑を着ているのに? イケもふさんはあのクッソ重い赤ちゃんを、抱っこできてんの? 確か甲冑脱いだら、細かったって言ってたよね? まあ昔の人にしたら、背は高い方らしいけど・・・」


 湊翔は、ショックだったらしい。


「筋トレ始めようかな・・・」


 などと、まるでつぶやくような小さな声で、ジム通うかなとか、鉄アレーとか言っている。

 イケもふさんはといえば、湊翔の後ろでアワアワと、イケメン台無しな慌てぶりを披露していた。

 が。

 腹が決まったらしく、ベッドのすぐ下の床に腰を下ろすと、正座をして姿勢を正し。


『申し訳ござらんかった・・・』


 と、床の上に手をついて(ひたい)をこすりつけ、それはそれは丁寧な土下座をしている。


『まさか、妻がお詫びにとしたことで、殿と姫が喧嘩をしているとは思わなんだ。申し訳ござらん』


「は? 妻? 」


「え? 妻? 妻って何? 何が起こっているわけ? 」


 自分の守護霊の姿も、そして声さえも聞こえない霊感ゼロの湊翔は、私の言葉に驚いている。


「あのお母さん、イケもふさんの奥さんなの? 」


「え? 俺の守護霊って結婚してたの? 俺を差し置いて? 」


 見えない聞こえない湊翔は、心外だと言わんばかりに驚いていた。


『この前、牛鬼(ぎゅうき)を退治した後で、情緒不安定になっていた彼女を(めと)り、子を(それがし)の子として、育てることにしたのでござる』


「え? じゃあ新婚? なんかめっちゃスピード婚な気もするんだけど・・・」


「え? 俺の守護霊、新婚なの? スピード婚って何? 何がどうなってんの? 」


 湊翔は、さらに混乱しているようであった。

 イケもふさんの話によると・・・。

 あの日。

 私たちを食べようとした牛の化け物=牛鬼は、なんとお母さんの旦那さんであった。

 好きでもない男と、無理やり結婚させられたのだという。

 そして旦那は、今でいうDV夫であったらしい。

 何百年も前から、毎日のように暴力を振るわれ、可愛い我が子は彼の道具として、使われていた。

 それだけではなく彼に強要されて、夜中に浜辺に来る若い男性に、赤子を抱かせては動けなくして、彼の食料にと、差し出していたのだという。


「そういえば、一輝が言ってたなあ。あの町、昔から夜中に若い男性が海辺に行くと、行方不明になる率がかなり高いんだって・・・」


 何故そんな物騒な話を聞いていながら、あえてデートコースにしたのだろうか? 

 もう20年以上前から幼馴染み兼恋人と、長い時間を一緒に過ごしてきたが、今だに彼のそういったところは理解できない。


「そういえばあの時、お祓いを頼まれているから、近々行くって言っていたような・・・」


「ソレだ!」


 一輝は、私と湊翔の幼馴染みであり、お寺の跡取り息子である。

 当然、彼にも湊翔の守護霊である『イケもふさん』は見えているし、知っているのだ。

 『イケもふさん』が、細身の長身で美形という見た目とは違って、恐ろしく強いということを。

 なんせ悪霊ホイホイ的に、すぐに引き寄せてしまう体質の湊翔の守護霊を、生まれた時からずっとしているのだ。

 今までも、霊媒師や除霊師が瞬時に逃げ出してしまう悪霊たちを、バッサバッサと一刀両断してきた、『オレ、最強だから! 』を誰もが疑わない人物なのである。

 多分、今回も楽して多額の除霊代をせしめようとした一輝の罠に、お人好しの湊翔が引っ掛かっただけに違いない。

 考えがまとまったら、することは一つである。


「湊翔、早くご飯食べて。美味しいのにもったいないわ」


「え? 食べていいの? 」


「だって、イケもふさんの奥さんが、私たちに迷惑をかけたお詫びにと、作ってくれたご飯よ。だから、美味しくいただかなくちゃ。そんなことよりも1秒でも早く、一輝を捕獲(ほかく)しないとね?」


 そう言いながら、無意識に両手の骨をぽきぽきと、力を込めて鳴らしてしまう。


「え? 春花、まだ怒ってる? 」


「? 別に怒ってないわよ? 」


 お人好しの湊翔には・・・ね?

 

「一輝には、イケもふさんの結婚祝いをもらわないとね? 」


 そう。

 妖怪討伐料という名の、多額の結婚祝いを・・・ね?

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