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「くるぞ、くるぞキョウ......しかと見とけよ...」
「おう.........」
放課後、教室。
スマートフォンを机に立てかけ、オレと友人の笠原は画面とにらめっこをしていた。
液晶が映しているのは昨日の20時から行われていたサッカーの試合、日本vsメキシコ。
もちろん昨日家でリアタイしたけど、いい試合っていうのは何度見返してもドキドキするものだ。
もちろん選手の元にボールが渡り、そのままゴールへボールを渡すまいとフィールドを駆け巡る姿はさらにたまらない!
『高梨選手!走る!走る!走る!!そのままボールを渡さない!そして!シューーーーーーーート!!!!』
「「う゛おおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」」
実況と共鳴し、笠原とオレは叫ぶなりそのままガッツポーズをする。そしてハイタッチ。
「お前らうるっっさい!!!」
そして同時に委員長も共鳴。
オレたちを制するように声をあげ強くバシッと背中を叩かれる。
少し痛い。
「まーまーそんな硬いこと言わず、いいんちょも見ようよ昨日の日本VSメキシコ〜!!ほら、ここ、巻き戻すから見て見て」
スマホをずいずいっと委員長に向けて見せるがそっぽを向く。
「サッカーは興味無いでーす」
「「つれね〜な〜」」
オレと笠原は顔を見合わせ、笑い、落胆する。
こんな面白いんだから委員長も見ればいいのに。
音楽、ゲーム、漫画、ショッピング。
趣味なんてこの世にごまんとあるけれど、スポーツでしか得られない興奮ってのが絶対にあると思う。
まぁ、それも委員長は興味無いみたいだけどね。
やれやれと委員長は肩をすくめ、笠原はもう一度見ようと続けて画面を巻き戻す。
1度だけ、というていで見始めた動画だったがもうかれこれ10回以上は見返していた。
また画面とにらめっこを始めたオレたちに対して委員長は釘さすようにつぶやく。
「というか、笠原くん。部活の時間は大丈夫なの?もうホームルーム終わってから随分と経つけど。」
「…………え?まじ?」
笠原はバッと教室の時計に目をやる。
特に気にしてはいなかったが、時計は部活がもう始まっているだろう時刻を指していた。
試合の動画に夢中になっていて時間を忘れていた。気がつけば教室にはオレと委員長、笠原以外誰もいなかった。
知らない間に随分と時間が経っていたみたいだ。
「うおおおおやっべ!!!」
笠原は声を上げるなりガタガタと大きな音をたてながらシューズやらジャージやらをいそいそとまとめ出す。
遅刻した笠原に対して、今にも雷を落としそうなほどお怒りの顧問の姿が目に浮かんで見えた。
思わず、ふ、と笑いが零れる。
まとめ終えると笠原はすぐにその場で足踏みを始まる。
「じゃあ委員長!キョウ!行ってくるわ!」
「いってら〜!」
そう言うなり笠原は猛ダッシュを始める。
よっぽど焦っているのか滑って扉に体をゴン!とぶつけ、腰を痛そうに擦りながら走って行った。
本当に嵐みたいな奴だな。
「いいんちょは帰る?駅まで一緒に行こうよ」
「テスト近いし私は残って少し勉強する。」
特に今日は誰とも帰る約束をしていなかったから誘ったが、フラれてしまった。
テストが近いって言ったってまだ1か月前なんだけどね。
本当に委員長は真面目だなぁと笑う。
「帰り道は付き合えないけど、勉強なら付き合えるわよ。どう?一緒に?」
いやいやいやと首を横に振る。
委員長の事だ。1時間や2時間じゃ帰してくれない未来が目に見える。
そもそもテストは一夜漬けタイプなんで。
いや、間に合ってまーすとそそくさとその場を後にした。
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廊下、下駄箱まで歩く道。
どの教室もホームルームは終わっているみたいで空っぽになった教室が並ぶ。
先生の姿すら見当たらず、ただただ静かな道が続く。
隣のクラスの奴とか誰か構ってくれる人はいないかな〜なんて辺りを見渡すが、本当に誰も居ないらしい。
普段の騒がしい廊下とは一変、少し違う場所のように思えた。
「…………静か〜……」
「キョーウッ!」
「うおおっ!?」
突然後ろから肩をポンッと叩かれた。
誰もいない、と思い込んでいたから突然の声に心臓が飛び出そうになる。
なんだ!?誰!?と振り返る。
そこには部活に行ったはずの笠原が何故か立っていた。
「……って笠原かよ!ビビった……」
驚いた姿にご満悦なのかにしし、と頭を掻きながら笑顔を浮かべた。
「部活は?もう始まってる時間じゃないの?」
「いやそうなんだけど、普通に教室に水筒忘れた。そしたら廊下にキョウが見えたから」
カラカラと手に持った水筒を振った。
なるほどね〜と気の抜けた返事で返す。
あんなに急いで準備してたからな。
しかもよりにもよって水筒を……
飲まないという訳には行かないし、さすがの顧問も途中抜けを許してくれたのだろうか。
笠原が教室を出てった時、なんかしら忘れてないか確認してやればよかったかな?
なんてぼけっと考えていたが、笠原は部活へ向かう気配を見せずなぜかオレの前で立ち尽くしていた。
……声をかけてくれたのは嬉しいけど、部活には向かわないんだろうか。
どうしたんだろう。
「…………えーとさ……キョウ……その……」
少し口をもごもごとさせると笠原は何かを言いかけた。しかし言い淀む。
何か伝えにくい事なのか。
少し間を開けると、笠原はゆっくり口を開いた。
「…………あの、さ。足、大丈夫?まだ痛い?」
少し驚く。
……拍子抜けというか、予想してなかった言葉が飛び出した。
どうやらオレの事を心配してくれているみたいだった。
すかさずこう返す。
「いや、全然!まっったく痛くない!ジャンプぐらいなら全然よゆー!心配してくれてあんがとね」
暗い雰囲気にしたくなくて明るい口調であわあわと和ます、軽くその場でジャンプして見せる。
オレの様子に少し安心したのか笠原はほっと胸を撫で下ろした。
「そ、か。ならよかった!じゃあおれそろそろ行くから!」
話しかけつつもやはり急がなければいけないらしく、笠原はその場で軽く足踏みを始める。
「うん。頑張れよ!」
手を振って彼を見送る。
彼もまた、走りつつも少し振り返り控えめに手をあげた。
「……気ぃ遣わせちゃってるかな」
笠原が走っていく後ろ姿を見て、そう小さな声で呟いた。
心配をかけたい訳じゃない。
物悲しい雰囲気や暗い会話はあまり好きじゃないからできる限り前と変わらず接していきたい。
ただこの頃はそれも上手くできている気はしなかった。
オレは先月サッカー部を辞めた。
本意じゃない。幼い頃からサッカー選手になる事を志してきた身だ。
ただお医者さんの口から"もう辞めた方がいい"と言われてしまえばそうせざるを得ない。
足を故障してしまったらしい。らしい、なんて他人事みたいだけれど。
実際まだ自分事のように感じられていなくて、夢の中にいるんじゃないかと何度も考えた。
5歳からサッカーを始め、12年。
サッカーはもはや体の一部で、それがない生活というのはまるでひとつの臓器を失ったかのように違和感がある。
サッカーどころか走る事ももう控えた方がいいとすら言われ、こうして松葉杖無く歩けるようになるのも、登下校が1人でできるようになったのも本当つい最近の事だった。
事情を理解してくれている友人や家族にも気を使わせてしまっている気がして、なんだか申し訳なく思う。
ふと、窓の外に目をやる。
グラウンドではサッカー部が練習試合をしていた。
うちは部活が盛んだからか普通の学校よりグラウンドやコートの数が多く、隣では野球部が、またその隣では女子テニス部が練習をしていた。
放課後ということもあり廊下とは違い窓の外では騒がしい声が響いている。
その風景を横目にゆっくり窓にもたれかかった。
「…………なんか、眠………………。」
今だけじゃない。ここ最近は授業中も家に帰ってからもずっと眠気が強く、意識もぼんやりとしている気がする。
視界がぼやけて、目を擦る。
段々とうるさいとすら感じていた音達も遠く遠くへ消えていく。
そのまま体重をかけた。
瞼がゆっくりと落ち、視界が暗くなる。
意識は途絶えた。
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「………………まぶし…………」
瞼の裏が凄く眩しい。それどころか気温が蒸し蒸しと暑くて、じんわりと汗をかく。
もう少し寝たいなぁと思いつつ、なんだか寝苦しくて瞼をゆっくりと開いた。
「……?」
なぜかオレは外にいた。
グラウンドのベンチにもたれかかって寝ていたようだった。
あれ?さっきまで廊下にいたような。なんでこんな所に?
今いるグラウンドはサッカー部がよく使っている第3グラウンドのようで、目の前のトラックで見覚えのある部活の友人達が走り込みをしていた。
よく聞き覚えのある掛け声と、笛の音。
太陽は痛いくらいに辺りを照らし雲ひとつ無い晴天だ。
サッカー部は今部活中。それは分かった。じゃあなんでオレはここにいる?
「おーい鏑木先輩!何サボってるんですか!」
目標周を走り終えたのか、1人向こうから誰かが声を上げながら走ってくる。
チームメイトで、友人で後輩の子。
息を切らしながらオレの目の前へとやってきて立ち止まる。
「ねぇなんでオレここにいんの?寝てる間にお前がここまで運んだ?」
「え?なんの事ですか?」
後輩は何の事だか本当にわからない、といった顔で首を傾げる。
それどころかオレの手をとり、こっちに来いといわんばかりに腕を引く。そのままオレも腰を上げてしまう。
「ほら走りますよ!」
「は?!いや、オレ足が……!」
そして腕を掴んだまま後輩はトラックへと走り出そうとした。
オレはそれを止めようとする。
「え?足がどうかしたんですか?」
「……あれ……?」
あれ?と足を見る。
そういえば、立ち上がるのにあまり難がなかったような。
オレのおかしな様子に気づいたのか、後輩は1度立ち止まり、手を離す。
オレはすぐに足を持ち上げ、確認する。
触ってみる。動かしてみる。伸ばしてみる。
…………特に何の異常はなく、違和感も何も無かった。
「なーにボケてんですか。ひねりでもしたんです?」
「…………ご、ごめんボケてたわ!!今行くから先行ってて!」
そうですか?と後輩はオレを置いては先に走って行った。
……足が治った?本当に?なぜ?
歓喜、そして戸惑い。果たして治るなんて事本当にあるのだろうか。
でも、今の足ならなんだか走れそうな気がした。
……というか走ってみたい!
思わず笑みがこぼれる。
お医者さんに言われた言葉や今までの生活。色々頭を駆け巡るが、それ以上に部活に参加したいという思いが勝ってしまう。
オレは駆け足でトラックへと向かった。
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走り込みやウォーミングアップを終えて、今はというと練習試合、校内戦をしていた。
オレが部活を退部した事なんて無かったかのように練習はトントン拍子に進む。
夢だったらよかったのに、なんて何度も思ったけれど、本当に全て悪い夢だったのかもしれない。
むしろ今までが夢で、これが現実なのだろう。
こうしてフィールドに立って、チームメイトとボールを追える事の嬉しさといったら本当にたまらなかった。
またひたすらに走って走って走って、夢を追い続けられるんだ!
息を切らしながら必死にボールを追いかける。
苦しいけど苦しくは無かった。
ずっとずっとこの感覚を待っていた。
ゴールを睨みつける。
ゴールは少し遠いけれど、後ろから相手チームは迫ってきているし今にも回り込んでボールを奪おうとしている。
シュートを打つなら今なのではないか、狙ってみてもいいのではないか。
思わずハ、笑みが零れる。
全神経がここに集中する。
勢いよく足を振り上げボールめがけ打ち付ける。
ボールは音をたて、回転をかけ、勢いよくコート目掛けて飛んで行く。
相手チームやキーパーの制止に屈すること無く、ボールはゴールへと勢いよく吸い込まれていった。
「うおおおおお!!!!!」
笛の音と共に試合は一旦停止する。
向こうから笠原や他の友人たちが走ってくる。
「なぁ〜に?キョウ、今日調子いいじゃーーん!"キョウ"だけに!」
そのまま勢いよく肩を掴み、背中を痛いくらいにバシバシと叩かれた。
またふざけた事を言っちゃって。
少し息を整えつつ、とびきりの笑顔をつくってみせた。
「キョウくんは昨日も明日も絶好調だけどね〜!」
本当に今日は調子がいい、楽しい!
やっぱオレ、サッカーが好きだ。
端のベンチに置いていた水筒を手に取り、中身を勢いよく喉に流した。
首元からが汗が流れる。
シャツの裾を持ち上げ汗を拭く。
「いやぁ、本当によかったよ」
隣で笠原はしみじみとそう言葉にし、水を口に含んだ。
「いやお前も今日1点とってるじゃん。なに〜ご機嫌とり〜??」
笠原は口元を袖で拭う。
「いや、そうじゃなくってさ。こういう日が訪れて本当に良かったなぁ。って思うんだ。」
「?どういう意味?練習試合なんて毎日のようにしてんじゃん。」
笠原はわからないの?とくつくつと笑う。
こういう日が訪れる。
こういう日というよりは、部活の校内戦なんてしょっちゅうやっている事のような気がするけど。
「いやぁ」
『こんな日々が、ずっと続くといいよな。なぁ、キョウ?』
風が吹く。
木々の枝は揺れ、葉と葉がかすみ、擦れる音がする。
木々の下にオレらは影を落とす。
笠原はにこりと微笑んで、オレへ手を伸ばした。
何急にクサいこと言ってるんだ、
そんなの当たり前の事じゃないか。
ずっとこうやってサッカーを続けて、大人になって、夢を叶えて。
オレにそれ以上の望みなんてない。それ以外いらない。
それが無ければ死んでもいいのに。
「あたりま……」
当たり前だろ
そう途中まで口にした。
しかし、笠原にその言葉は届かなかった。
笠原はそのままオレの目の前で真っ二つに割れた。
笠原は右と左に別れて、その場に片方ずつ落ちる。
トスン、トスンと。中身を持っている人間とは思えない音をたてて。
断面から液体が芝生へとドロドロと流れ出る。
何が起きたのかわからない。
そこには刀を持った少年が、酷く冷たい目をして立っていた。
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「は、え、何、?笠原……?」
「……笠原?!!?笠原!!!!!おい!!返事しろ!!!」
勢いよく抱き起こす。
笠原の目は虚ろで、光を宿してなかった。
早く保健室、いやそんなレベルじゃないだろ!いや、救急車?いやこれ間に合うの?死んでる?え、なんで?急に?
抱き起こした笠原の体は形を持ってるのか疑うほど重さが無くて、軽い。
それどころか持ち上げた部分から徐々にアイスみたいに溶けていく。
手が粘り気のある何かの液体で汚れていく。
「え、なんで体が溶けて、なん、で」
「それは君がいう笠原さんじゃない」
まだ声変わりもしていない少年の声。
今、まさに笠原を真っ二つに切ったこいつの声だ。
そいつははぁ、とため息をひとつつくと冷静に俺をなだめるように喋りだす。
「落ち着いて、よく見て。体がドロドロに溶けてるでしょ。骨も肉も血も無い。それは君の思う友人じゃない。」
なんで笠原を切った本人にこんな諭されなきゃいけないんだよ!!!
思わず掴みかかりそうになったが、少年の言う通り笠原をよく見ると明らかにおかしな点に気づく。
笠原の体は元の形状を失い、もう人間の体とは思えない程ドロドロに溶けてしまっていた。
流れ出る液体も赤ですら無くて、鮮やかな色をしている。もはや虹色というか。
なにこれ?ドッキリ?モニタリング?だとしたら趣味悪すぎない?
「…………は?なんだよお前……?じゃあこの笠原は……」
「…………はぁ」
少年はチッと舌打ちをすると眉間に皺を寄せる。なんかオレが迷惑かけてるみたいになってない?
「本当は君にバレないように上手く穏便に済ますつもりだったんだけど
君が襲われかけてるのにちんたらしてるからこんな面倒なことに」
話の脈絡が見えない。
穏便に済ます?襲われかけている?
次々と様々な疑問が頭に浮かぶ。
なんの事だかちんぷんかんぷんだというオレに、少年は続ける。
「……ここは君の夢の中。その笠原さんも君が創り出した夢の中の存在に過ぎない。」
「君は今、夢に閉じ込められている。」