91.収穫の朝がやってきた2
麦畑一面分を刈り取り終わった頃には汗だくになっていた。定期的に果実水や魔法で出した水をラフィと一緒に飲みながら作業を行ったが、それでも初夏の日差しは酷だ。
(これだけの広さともなると、本来なら五人以上で作業するからな。それを俺一人というのもはっきり言って拷問ではなかろうか?)
魔力量を加減しながらも、小一時間も経たないうちに魔法でざくざくすべて刈り取れるとはいえ、当然魔力を消耗するから結構疲れる。
しかも、ただ刈り取ればいいというわけではなく、砂利道に止めてある荷車に刈り取った麦束を乗せて、更に畑に落ちている麦穂もすべて回収しなければならいのだ。
グレアムにとってはこれが一番堪えた。
「ラフィ、大丈夫か?」
既に畑から麦束はすべて運搬用の荷車の上に載せ終わって作業が完了しているので、ラフィともども地べたに座り休憩していた。
時刻は既に昼前である。
「うん……だいじょうぶなのです」
全然大丈夫じゃなさそうな声が返ってきた。
今日はグレアムもラフィも野良着に着替えているので、長袖長ズボンだ。二人して革手袋をはめ、大きめの麦わら帽子も被っている。
その格好で、ラフィは真剣な顔をして、一生懸命お手伝いしてくれた。当然、三歳児だし、身体も小さいから一度に運べる量も総量も少ない。
しかし、最初から遊びや社会勉強のためにやってもらっていただけなので、特にその辺は気にしてはいなかったが、それでも、彼女なりに精一杯がんばってくれたし、何より屋外にしばらくいたから疲れてしまったのだろう。
「ラフィ、いいものをあげよう」
グレアムは俯いているラフィの前に、手袋を外した右手を差し出すと、魔法で氷の塊を作り出した。
暑さのせいですぐに溶け始めてしまうが、その涼しげな見た目と、まるで手品のようにいきなり目の前に現れた半透明な物体に、元気をなくしかけていたラフィが表情を輝かせた。
「わぁ……すごいのです! ぐ~たん、これはなんですかっ?」
「これはね、氷って言うんだよ。ほら、触ってごらん」
「うん~!」
ラフィは煩わしそうに手袋を外してから、両手を伸ばして包み込むように触れた。その瞬間、身体中をビクッと震わせ、すぐさま手を放してしまった。
「ぐ~たん! これ、つめたいのです!」
「だろう? しかもこれ、ガリガリかじって食うと、頭がキ~ンとなるんだぞ?」
「そうなのですか!?」
「あぁっ。試しに食べてみるといい」
「うん~~!」
すっかり元気を取り戻したラフィが勢いよくかじった。
「んん~~~! ちゅべたいのでしゅ~~!」
舐めたり、触ったり、かじったり。
グレアムの掌の上に乗っていた氷は、完全にラフィのおもちゃと化した。
そんな表情豊かで無邪気なラフィの反応が面白くて、ニヤニヤしながら眺めていると、
「おい、グレアム。いいご身分だなっ」
野良着を着たクリスが隣の畑からやってくるなり、眉間に皺寄せ罵ってきた。
見ると、そちらも一段落ついたようで、農道に止まっている荷車に麦束すべて載せ終わっていた。
休憩していたらしいマルレーネやギールたちも近寄ってくる。
「本当に相変わらずですね。デレデレじゃないですか」
マルレーネまでそんなことを言って、白い目を向けてくる。
「まぁ、これだけの広さの畑をグレアム一人に任せたわけだし、あまり文句を言えた義理じゃないが、それにしたってあれだよな。お前本当にあのグレアムか?」
呆れたように言うギールにグレアムは肩をすくめた。
「俺は今も昔も何も変わってないだろう? 前からこんな感じだったと思うが?」
眉間に皺を寄せて訝しむような表情をしてみせると、
「どこがだよっ」
三人一斉に鋭い突っ込みを入れてきた。
「昔はもっと、凜としていて近寄りがたい雰囲気をしていたぞ!? 一歩間違えたら人を殺しそうなほど、殺伐とした表情をしていたこともあったぐらいだ! 少なくとも、こんな脳天気男ではなかったはずだ!」
と、クリス。
「凜としていたかどうかは知らんが、少なくとも、毎日毎日、今みたいにデレデレしていなかっただろうな」
ギールが残念そうに肩を落とした。
「そうですね。ここまでゆるゆるにはなっていなかったと思います。だらしないところは相変わらずですが」
マルレーネまで変なものを見るような目で見つめてきた。
グレアムは軽く溜息を吐いたあとで、ラフィの許可を取ってから氷を捨てると立ち上がった。ついでに、自身の麦わら帽子を外してちびっ子を肩車する。
「とりあえず、そろそろ収穫した麦を倉庫に運んで脱穀の準備に入らないといけないし、牛引っ張ってきて荷車を運ぼう」
誰に言うでもなくそう告げると、グレアムはそそくさと歩き始めた。
「ラフィっ。さっさと仕事終わらせて、また水浴びしようなっ」
坂道を駆け下りながら、陽気に叫ぶ。
「みずあび! したいのですっ。ぐ~たんもいっしょにするのです!」
「おしきたっ」
今日の青空のように底抜けに明るい二人は、周囲で野良仕事している村人の笑顔に見送られながら、村へと戻っていった。




