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国を追われた元最強聖騎士、世界の果てで天使と出会う ~辺境に舞い降りた天使や女神たちと営む農村暮らし  作者: 鳴神衣織
【第六話】豊穣の祝祭

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90.収穫の朝がやってきた1

 翌日早朝。


 昨夜は慣れない環境に身を置き眠ることを余儀なくされたせいで、グレアムはあまり眠れなかった。


 しかし、彼とマルレーネに挟まれるように眠っていたラフィは、とても満ち足りたような可愛らしい寝顔を浮かべていた。


 それをこっそり眺めていたグレアムとマルレーネはどちらからともなく、クスッと笑い、床についた。


 そうして今日、一年で最も忙しくて重要な行事が始まるということで、まだ夜が明けきらぬうちから起き出した一同は、そうそうに布団を片付け朝食を済ませると、村の東門付近へと赴いた。


 天気は快晴。

 既にその場には多くの村人が集まっていた。


 村の周囲に広がる広大な麦畑に実るライ麦や大麦を、今日から三日間以内ですべて刈り取り脱穀しなければならない。


 普段から野良作業している農民だけでなく、店舗経営している者たちや冒険者や狩人、それ以外にも多くの子供たちが集まっていた。


「それではこれより、本年の大収穫祭を開始する。皆も知ってのとおり、この収穫の行事は五日後に開催される豊穣の祝祭の前祝いも兼ねておる。そのつもりでしっかりと励むように!」


 東地区の音頭取り担当を務める村長が、よく通る声で集まった村人たちに叱咤激励の声を発した。

 その場にいた屈強な男たちが、興奮したように右拳を天に突き上げ雄叫びを上げる。

 それが、毎年恒例、収穫開始の合図となる。


「さて、俺たちも行くか」


 グレアムは麦わら帽子を被せたラフィを肩の上に乗せ、そう声をかけた。


「はいなのです!」


 ラフィは元気よく頷くと、楽しそうに周囲を見渡した。


 収穫の喜びに満ち溢れている村人たち。そんな彼らから伝わる熱気や喜びを肌で感じ取ったのだろう。大きな瞳をいっぱいに見開き、好奇心に満ちた光を周囲に投げかけ、ひたすらニコニコ笑っていた。





 この村は、毎年二班に別れて収穫が行われている。

 村の北と西側を担当する者たちは西門へ。東と南を担当する者たちは東門といった感じで、収穫開始時刻にそれぞれ集まることになっている。


 そしてそのあとは、更にいくつものチームに分かれて、担当する畑へと向かうことになる。


 本来、一つの畑をチーム単位で片っ端から刈り取っていくのだが、基本的にグレアムは一人で一つの畑を任されていた。理由は簡単、彼は鎌を使って麦を刈らないからだ。


「おい、グレアム! くれぐれもこっちに飛ばしてくるんじゃないぞ!」


 隣の畑から、マルレーネとクリスの二人と組んでいるギールたちが、引きつった顔をしながら怒声を飛ばしてきた。


「わかっている! だが、絶対はないからな。もし、お前らのところに()()()()()()ときにはあとでちゃんと治療してやるから、安心しろ!」


 ニヤッと笑って言い返すと、すかさず、


「バカ野郎!」

「ふざけんな!」


 顔を真っ赤にした男たちが怒鳴り返してきた。

 グレアムはそれを華麗にスルーすると、ラフィを農道の上に下ろした。


「いまから、なにするですか?」


 きょとんとしている幼子に、グレアムはにっこり笑う。


「今からここに生えている麦を刈るんだよ」

「ふ~ん?」


 おそらく意味がよくわかっていないのだろう。ラフィは首を傾げている。


「いいかい? ここに生えている草があるだろう? その上の方に、ふさふさしているのがあると思うんだけど、それがいつも食べているパンになるんだ」


 優しく説明すると、ラフィの表情がぱっと光り輝いた。


「パン! ラフィしってるのです! あのかたいたべものなのです!」

「あぁ。それを今から取るんだよ?」


 グレアムはそう前置きしてから、


「ちょっと危ないから、ここにいてくれるかい?」

「わかりましたなのです!」


 どこで覚えたのか、ラフィは左手を胸に当てて敬礼の仕草をした。


 グレアムはおかしくなってしまい苦笑するものの、すぐさま、畑の間を通っている細い農道に立ったまま、前方を凝視した。


 今いる場所は、丁度、グレアムの家がある緩やかな丘から少し下った辺りだった。目の前の麦畑左側を走る砂利道を上に向かって少し歩いていくと、やがて自宅へと辿り着く。そんな場所だ。


 ここから上がすべて一枚の麦畑となっていて、人は誰もいない。左手の砂利道にも畑の更に上方の草原にも誰もいない。


 いるのは遙か右側の麦畑と、現在ラフィと一緒に立っている農道の後方にある畑だけだ。先程文句を言ってきたギールたちは右側の畑にいる。


「ではやりますか」


 ひととおり安全確認し終えたグレアムは、全身からかき集めた魔力を錬成して、一気にそれを前方へと解放していた。

 凄まじい突風が巻き起こり、十数ヴァル(十数メートル)にわたる黄金色の麦穂が実った茎が一気に刈り取られて横倒しとなった。

 この村にいる人間の誰も真似できないグレアムならではの技。風魔法のかまいたちによる麦刈りだった。


「すごいのです!」


 前方の麦が大量に刈り取られて地面に転がる姿を見て、ラフィが大喜びとなって飛び跳ねた。


「ラフィ、みんなは一塊ずつ茎を刈って収穫していくが、俺たちはまとめて一気に刈り取っていく。そのあとで刈り取ったのを一箇所に集めて、また魔法で刈り取る。それをずっと繰り返していくんだ。手伝ってくれるか?」


 本当は本来のやり方で麦の収穫体験をさせてあげたかったが、三歳児に鎌を持たせるのは危険だ。というより、はっきり言って鎌なんて持たせたくない。なので、刈り取った麦を運んでもらうことで、畑仕事を体験してもらうことにしたのだ。

 果たして――


「うん~~!」


 幼子と目線を合わせるためにしゃがんで笑顔を向けると、ラフィは元気よく返事をした。

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