88.おかえりなさい
昼食を終えたあと、再びラフィたちはギルドのカウンター内で時間を潰していた。
話に花が咲いたからか、気が付いたときには夕方となっていた。
ラフィはセラやミリリと一緒にいろんな話をした。孤児院での生活の話。院長先生がああ見えて、結構ドジっ子だということ。セラとミリリが本当は別の村で保護された子供だったけど、運良くこの村で引き取ってもらえたこと。
リクは両親がこの村の狩人だったけど、赤子の頃に魔獣に襲われ、一度に二人、同時に失ってしまったこと。
他にも、孤児院の子供たちのいろんな話を聞かせてもらえた。
ラフィはまだ幼いから、セラたちが話してくれた身の上話の深刻さをあまり理解はしていなかったけれど、それでも彼女なりに、自分以外にも似たような境遇の子供たちがいっぱいいることだけはなんとなくわかった。
だからかもしれない。自分の面倒を見てくれているこの三人の少年少女たちに、親近感が沸き始めていた。
「ラフィちゃんはもう、私たちとお友達だからね?」
たわいない話の終わりにそう言って、セラとミリリが笑顔でハグしてくれた。
ラフィはなんだか嬉しくなった。
グレアムやマルレーネ、クリスたちは大人だから、どちらかといえば両親や家族みたいなものだったけれど、セラたちは年も近いから同じ目線で話せるいい関係に思えた。
生まれて初めてできたお友達。
父であるグレアムが朝からずっと側にいなくて、心にぽっかり穴が空いたような状態になってしまって寂しかったけれど、今は少し温かかった。
大勢の優しい人たちに囲まれている。
「うん~~! ラフィ、セラちゃんとミリリちゃんとおともだちなのです!」
そう笑顔でキャッキャする幼子。なんだかとっても幸せな気分だった。
そんな感じで、そのあともしばらくみんなでわいわい話し込んでいたら、ギルドの扉が開いて、見覚えのある人たちが入ってきた。
彼らはカウンター奥にいるラフィたちを見て、ニコッと笑い近寄ってくる。
「よぉ~嬢ちゃんたち。今日も元気いっぱいだな」
猟に出ていたおっさん狩人三人組だった。
「ていうか、リクもいるのか。うしし、今日はエリサたちのスカートめくらねぇのか?」
一人の親父がからかうように笑った。
それにビクッと反応するエリサとリーザだったが、リクは眉を吊り上げ、腕組みしながら声を荒らげた。
「そんなことしないよっ。今日のおいらは、ラフィを守るっていう大切な任務があるんだからなっ」
「ほう? それはそれは。男だねぇ」
ニヤッとするおっさんに、リクもニヤッとする。
「それに、今後、おいらはそんなことして遊んでる暇はないんだ。孤児院のちびどものために、いっぱい働いて、あいつらにたらふくおいしいもの食わせてやらないといけないんだからなっ」
どこかどや顔でニヤニヤしているリクに、化け物でも見たかのように男たちが顔を見合わせた。
「おい、聞いたかよ」
「あぁ。こりゃ明日、ヒョウでも降るんじゃないか?」
「いやぁ~……世も末だねぇ」
そう言って、三人はゲラゲラ笑った。
「ふんっ。勝手に言ってろよっ」
リクは不機嫌そうにぷいっとそっぽを向く。
そんな彼らを眺めていたマルレーネが、どこか誇らしげに優しげな笑顔をリクへと向けた。
狩人三人がギルドに入ってきたからか、夕時の屋内は昼間と違って妙な賑わいを見せ始めている。
あと二、三時間もすれば、辺り一帯は薄暗くなるだろう。
「ぐ~たん……まだかえってこないですか?」
グレアムがラフィを置いて村を出てから、既に十時間近くは経っている。さすがにそろそろ、ラフィの我慢も限界に近い頃合いだろう。
無論、そのことに気が付かないマルレーネではないはず。
椅子に座って足をぶらぶらさせていたラフィに近寄り、彼女のキレイな白銀の頭を撫で始めた。
「もうじき帰ってくると思うから、もう少しだけ、いい子で待っていてね」
慰めようとしてくれているらしく、にっこり微笑んで優しく声をかけてくる彼女に、ラフィが寂しさを隠したような笑顔を浮かべて、
「うん~~!」
と、大きく頷いたときだった。
ギルドの外から馬のいななきが聞こえてきた。
大きな話し声や笑い声まで聞こえてくる。
何か大きなものが、ゴロゴロと地面を転がる音まで聞こえてきた。
そんな中、ラフィは自分を呼ぶ声を確かに聞いたような気がした。よく聞き知った声を。
「ぐ~たんっ」
そう認識した瞬間、マルレーネが「あっ」と声を漏らす前に彼女は駆け出していた。
カウンタードアをがんばって押し開け、短い足で精一杯店の外に向かって走っていく。
そして、あと少しで扉という位置に来たところで、勢いよく駆け入ってきた男とぶつかりそうになった。
「ラフィ!」
「ぐ~たんっ……」
危うく扉や男にぶつかって吹っ飛ばされる寸前だったが、彼女はそのままの勢いで彼の上半身へと飛びついた。
「ただいまラフィっ」
「おかえりなさいなのですっ。ずっとまってたです! ラフィ、いいこにしてたのですっ。だからもう、おいてっちゃイヤなのです!」
大きな男の腕に抱きしめられたラフィは、ずっと我慢していた寂しさを爆発させるように思い切り泣くじゃくった。
男――グレアムはそんな彼女の背中を愛おしそうにさすりながら、
「あぁ。もう放したりしないぞ。ず~っと一緒だ」
そう優しく囁くのだった。
そんな仲睦まじい親子の元へとマルレーネがゆっくり近寄っていくものの、
「これはもう、重傷ね」
どこかほっとしたように、それでいて呆れたように呟いた。
更に、遅れて入ってきたクリスが抱き合っている親子を認めて、
「お前ら……今度討伐の仕事とかあったら、いったいどうするつもりだ……」
そう呆れ果てるのであった。




