87.初めてのお留守番
グレアムたちがナシュテット村で荷の積み込みや魔獣の解体作業をしていた頃。
置いてきぼりにされてしまったラフィは、レンジャーギルドで昼飯を食していた。
しかし、その顔はどこか暗い――
◇
ラフィは朝からずっと、気落ちしたような表情を浮かべて寂しそうにしていた。
一応、彼女自身は自分を納得させて、養父であるグレアムを送り届けたけれど、本音で言えば、やっぱり離れたくなかったのだろう。
それでも自分を律して、我を通すことを諦めたのは、結局、どうにもできないことを本能的に悟ったからなのかもしれない。
あんまりにもわがままばかり言ったら、もしかしたら捨てられてしまうと考えたのかもしれない。
「そんなの……いやでしゅ……ずっといっしょにいたいでしゅ……」
グレアムたちが出発し、姿が見えなくなった辺りでラフィは再びぐずり始め、そう呟きながらマルレーネの首にしがみついた。
彼女を抱っこしたマルレーネは見送りに来た他の女性たちと一緒に村に戻り、一度自宅へと戻った。その後、朝食を取ろうと思って準備し始めたのだが、ラフィがしがみついたまま離れてくれなかったので、仕方なく、おんぶヒモでおんぶしながら、簡単に食べられるようにと、パンに野菜やハム、チーズなどを挟んだものを籠に入れ、孤児院に顔を出した。
孤児院では既に子供たちが起き出していて、朝の体操を行っていた。
これはマルレーネが前世の記憶を頼りに義務づけたラジオ体操のようなものだった。
これを行ってから、朝食の前にまず、子供たちの手で院内を片っ端から掃除し、キレイになったところで、食事を取る。
この頃になると、ラフィの甘えん坊さん状態も幾分緩和されていたので、子供たちと一緒にみんなで食事を取った。
その後はギルドの仕事に向かわなければならなかったので、ラフィを連れてギルドに向かったのだが、事情を知った自称グレアムの弟子、もしくは子分であるいたずら小僧のリクが、ラフィの面倒を見てやるよと言い出して、一緒についてくると言って聞かなかった。
それを見聞きしていた二人の少女――以前ラフィと遊んでくれたセラとミリリも同じように名乗り出た。
マルレーネは困ってしまったが、結局は院長先生の勧めのまま、ラフィだけでなく三人のちびっ子も同伴してギルドに出勤した。
職場に到着したマルレーネたちを出迎えてくれたのは、エリサとリーザの二人だけだった。
例のギルド内でのゴタゴタが原因で、現在もギルド嬢のキャシーは健康状態が万全ではなく、自宅療養中だった。
そんなわけで、今はマルレーネ含む三人と、他の雑務係や厨房スタッフだけでギルド業務を回している。
エリサとリーザの二人は始め、マルレーネの横にリクがいるのを発見して色めき立ったが、
「スカートなんかめくらねぇよっ」
とニヤニヤしながらリクが宣言したため、しばらくは狐につままれたまま仕事をすることになった。しかし、言葉通り、本当にリクがなんの悪さもしなかったため、若干気味悪そうにしながらも、警戒心を解いて通常営業となった。
マルレーネもカウンターの奥でリクたちがラフィの面倒を見てくれていたので、多少気にしながらも、村に残っている冒険者や狩人相手に仕事した。
そうして昼時になった今、交代で昼飯を取っていたのである。
◇
「ラフィちゃん、このソーセージ、おいしいね」
酒場の隅っこの席を占領していたちびっ子たちのうちセラが、ボイルして焼いただけのソーセージをフォークでぶっ刺してもぐもぐした。
「うん~……ま~たんがつくってくれたごはんのあじがするのです」
ラフィも、彼女のために細かく切り分けてもらっているソーセージを一生懸命食べていた。
ここの食事は、基本的には一般の農家で食べられている食事と同じようなものが提供されている。
食材も同じだし、調理法も変わらない。しかし、ここに詰めている料理人は、料理上手と知られ、また、村の改革者もどきにもなっているマルレーネに直接指導してもらっているので、村一番の腕となっていた。
そういった理由から、このギルド酒場では日々おいしい料理が提供されている。
ちなみにだが、なぜマルレーネがそこまでしたのかというと、単にここで昼食を取る彼女が毎日おいしいものを食べたかったからに過ぎない。ただそれだけである。
「おい、ラフィ。いっぱい食べろよ? そんでもって、おいらと一緒に兄貴に鍛えてもらって強くなろうぜっ」
リクもラフィの真正面に陣取り、皿の上に盛られた野菜炒めやソーセージを忙しなく口に運んでいた。
具はほとんど入っていないが、味付けがしっかりしている茶色いスープに固いライ麦パンをつけてはむしゃむしゃ頬張る。
「うめぇぇ! メッチャうめぇっ。なんだここのメシ! すげーうまいじゃん! 大人たちは毎日こんなうまいもん食ってんのかよっ。ずりぃーぞっ」
リクは犬のようにがっつきながら、ひたすらガツガツ喰らい続けている。そんなわんぱく坊主を見ていたセラとミリリが呆れたような顔をした。
「ちょっと、リク! 食べるかしゃべるかどっちかにしなさいよ。お行儀が悪いわよ!」
「そうよ。ラフィちゃんもいるんだし、真似したらどうするのよ」
ラフィの左隣に座っていた青髪ポニテのセラが、お姉さんぶってお説教する。
彼女とリクの間に挟まれるように座っていた、癖のある白銀の髪を肩まで伸ばしたミリリも、四歳児ながらに頬をぷく~っと膨らませて、怒っている。
しかし、いたずら小僧で知られるリクに、その手の話題は通用しなかった。
「仕方ねぇだろっ。うまいもんはうまいんだからよっ。ていうか、孤児院でもこんくらいうまいもんいつでも食べられたらいいのにな」
赤髪を逆立てた髪型をしているリクは、あっという間に食べ終えて、マルレーネを見た。
「なぁ、ねぇちゃん。無理なのは承知してるし、親なしのおいらたちが飯にありつけてるってだけでも幸せだってことは百も承知だ。だけど、もっといっぱい食べられる方法ってないのか?」
真面目な顔で訴えかけてくる六歳の男の子。
マルレーネは口元を油まみれにしていたラフィの顔を拭いてやりながら、困ったように眉間に皺を寄せた。
「う~ん。この村がもう少し裕福になれば、少しはご飯を増やせるかもしれないけれど、現状は難しいかなぁ。ただ、リクとか他の年長さんたちがしっかりと院長先生の言うことを聞いて、お仕事のお手伝いをしてくれたら、なんとかなるかもしれないかな?」
やんわりとした口調で、最後はにっこり微笑むマルレーネ。
それをどう解釈したのか、
「やるっ。おいら、いっぱいお手伝いして、金稼ぐ! この村を他の村に負けないぐらい立派にしてやるよっ」
拳を握りしめて一人気合いを入れて雄叫びを上げる少年に、マルレーネは表情を変えずに、
(これで少しはおいたも収まるかしら?)
そう心の中でほくそ笑んだ。
そんな彼女の隣では、ラフィが木製のお椀に入った茶色のスープをスプーンですくって飲んでいたのだが、やおら、
「これ、おいし~のです~~! ま~たんっ、これなんですか?」
朝から続いていた沈んだ表情を吹っ飛ばす勢いで、いつもの愛らしくキラキラした笑顔を見せた。
マルレーネは「くすっ」と、声に出して笑う。
「それはね、ミソスープって言うのよ」
「みそす~ぷ!」
おそらくラフィは言葉の意味を理解していないだろうが、納得したように何度も頷き、一生懸命スプーンですくっては飲み続けた。
元々この村に味噌や醤油は存在しない。
しかし、大豆に似たマメ科の植物が育てられていることだけはマルレーネも知っていたので、もしかしてと思って、何年も試行錯誤した上で、作り出したのだ。
麹菌の知識がなかったから探し出すのに苦労したが、そのあとは簡単だった。錬金屋の親父やパン屋の女将さんと協力して作り出した麦麹と、塩や豆さえあれば作れるから。
以来、村で大々的に作られているわけでも、店で提供されているわけでもないが、ちょっとした隠し味として、このギルドでだけ、少量、使用されていた。
まぁ、そういった裏技もあるから、正直に言えば村のどこにでもある調味料だけで料理が提供されているわけではないので、ある意味この店秘伝の味とも言える。
ともあれ、普段はミソスープなどメニューとして出さないものの、今日は子供たちがいるから特別に作ってもらったというわけだ。
ちなみに、マルレーネの家では普通に味噌、醤油が作られているので、毎日のように出てくるが。
(グレアムさんの話だと、共和国に行けばいろんな食材が手に入るという話だし、それさえ手に入ったら、あっちの料理とかいろいろ再現できるかもしれない。白米もそうだし、カレーもそう。パスタも簡単に作れるし、デザートだって、プリン、シュークリーム、スフレ、他にもいろいろある)
彼女には忘れられない、今すぐにでも食べたい食べ物がいっぱいある。
海が近くにないこの村では海鮮丼なんて絶対に食べられないし、そもそも米がない。
(東の方に行けば、お米の栽培も行われているという話だったし、そのうち、種もみ手に入れてここでも作れるようになったら、大々的に米麹を作って味噌や醤油使った料理を村の定番にするのもいいかもしれない)
そうすれば、ライ麦パンだけでなく、白米も毎日食べられる。
(衛生上の問題で生卵は食べられないから、こちらもなんとかしないとね)
グレアムに解毒魔法を使ってもらえばなんとかなるかもしれないが――マルレーネの食への野望は果てしなく続くのだった。




