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7.ラフィ

「やぁ、ご苦労だったね」

「ニャ~」


 草むらの至るところで賊どもが倒れている。

 誰一人としてピクリとも動かず、全員が失神していた。


 それらをひととおり確認しながら、グレアムは足下で毛繕いしている相棒の白猫マロに労いの言葉をかけてから、背後を振り返った。


 少し離れた大樹の陰に、表情を怯えに硬直させた幼女が佇んでいる。

 グレアムは軽く肩をすくめてみせたあと、にっこりと微笑みながら彼女へと近寄っていった。


「もう心配ないよ。悪い人たちは全員、やっつけたから」


 そう声をかけながら右手を差し出したのだが、幼い少女は短く「ひっ」と声を上げ、逃げるように大樹の後方へと完全に隠れてしまった。


(まぁ、無理もないか。あんな目に遭ったばかりだしな)


 しかも、怯えている彼女の表情には、ありとあらゆる負の感情が浮かんでいた。

 恐怖、絶望、悲しみ、猜疑心(さいぎしん)

 決して他者を受け入れまいとする、強い警戒心がそこには表れていた。

 薄汚れたぷっくりとした頬には、先刻流したであろう涙の跡が鮮明に浮かび上がっている。


「参ったな……」


 まったく心を開いてくれなさそうな彼女に、グレアムは途方に暮れるしかなかった。

 彼女の窮地を救ったものの、当然、詳しい事情を知らないし、ましてや彼女からしたらグレアムも知らない大人だから、敵意や警戒心を抱かれてもおかしくなかった。

 さすがにそこまで考えていなかったから、失敗したかと頭を悩ませる。


「これじゃ、事情を聞くことも保護することもできそうにないな……マルレーネさえいてくれたら、少しは違ったかもしれないが」


 村長の娘であるマルレーネは、ギルドの支部長を務めながらも村が運営している孤児院で子供たちの面倒まで見ているような女性だ。

 幼子の扱いには長けているし、何よりあの、のほほんとした雰囲気のお陰で凝り固まった子供たちの心を溶かしてしまう、そんな不思議な力を持った女の子だった。


「まぁ……仕方がない。とりあえず、賊どもを先に拘束しておくか」


 ぼそっと呟きながら、その辺で倒れている男たちの元へと歩み寄ろうとしたとき、木の陰に隠れてしまった幼女が再び少しだけ顔を出した。

 彼女はグレアムではなく、彼の足下にいたマロの方に視線を向けている。

 瞬間的にそれを確認したグレアムは、ひょっとしたら動物好きなのかもしれないなと判断し、


「マロ、俺は賊どもの相手をしてくるから、お前はあの子の面倒を見ていてくれるか?」


 そう声をかけていた。


「ニャ? ……ニャ~」


 白猫ちゃんはわかっているのかわかっていないのか、短く返事をすると、てくてく幼女の元へと歩いていった。

 それを見届けてから、グレアムは作業に取りかかった。





 それから数分後。


 都合よく男たちが持っていた奴隷拘束用の拘束具やロープなどを使って手足などを縛り、一本の大樹に円を描くように全員をくくりつけた。その上で、グレアムはマロと幼女の元へと戻ってきたのだが。


「ん?」


 一人と一匹を視界に入れた彼は、予想外の光景を見て小首を傾げてしまった。

 先程まで、あれほど悲哀に暮れていたというのに、幼女の顔から絶望の色が少しだけ消えているように見えたからだ。


 目の前に座っている白猫を前に、女の子座りでちょこんと草むらに座り、何事かを一生懸命話しかけている。

 相手をしているマロも目を瞑って、


「ニャ、ニャ、ニャニャ♪」


 と、まるで会話でもしているかのように、楽しげに鳴いていた。


「よくわからないが、これだったらもう……大丈夫そうか?」


 子供にあまり慣れていないせいか、幼子の心の状態が今どうなっているのかいまいち理解できない。

 仕方なく、グレアムは腫れ物にでも触れるように、ゆっくりと歩み寄った。そして、少し距離を置いた草地に、あぐらをかいて座る。


 それに気が付いたらしい幼女が、ゆっくりとグレアムの方へと顔を向けた。

 まだ少し、警戒したような表情を浮かべている。


 遠目で見たときにはわからなかったが、彼女が着ている服は奴隷たちがよく着ているようなボロ布ではなく、レース地で作られた白いワンピースのような服だった。


 それがところどころ破れたり、泥などで薄汚れたりしている。

 もしかしたら、結構裕福な家柄の娘だったのかもしれない。


「改めまして、俺はグレアムって言う。言葉はわかるかな?」


 可能な限り優しく声をかけたつもりだったが、幼女は身体をピクリと反応させ、身構えるように少しだけ後ろに傾いた。

 相変わらず警戒心は拭えていない様子だった。


 それでも、彼女は一度マロの方へと視線を投げ、白猫が短く鳴いたのを受けてからこくりと、不安そうな表情のまま頷いてくれた。

 グレアムはその反応を見てほっと胸を撫で下ろす。


「よかった。言葉がわかるなら話は通じるね。俺の名前はグレアム。君の名前は?」

「ラフィ……ラフィリアウナ……」

「ラフィリアウナか。いい名前だね。それじゃ、ラフィ……でいいかな? さっきも言ったけど、君に酷いことをしていた悪い人たちは全員やっつけたから、もう大丈夫だからね。安心していいよ。俺が君を保護――て言ってもわからないかな。君のことを助けてあげるからさ。だからもう、安心していいからね」


 そう言って、まずは安心させてやろうと、グレアムは両腕を広げながら最上級の笑みを浮かべてみせた。

 ラフィリアウナと名乗った女の子は、そんな彼の言葉の意味を理解できたのかどうか。一度不安そうにマロを見た。


 見つめられた白猫が短く「ニャ~」と鳴く。

 それを彼女がどう受け取ったのかわからないが、急に、大きな金色の瞳にいっぱいの涙を浮かべてしまい、見る見るうちに顔がくしゃくしゃになっていってしまった。


「え、えっと、ら、ラフィ……?」


 幼子がいきなり泣きそうになってしまったため、グレアムは思いっ切り焦ってしまった。

 先程、彼女はマロと話している風だったので、もしかしたら「信用できる人だから大丈夫だよ」と愛猫(あいびょう)に説明されて、緊張の糸が切れてしまっただけなのかもしれないが――しかし。


(お、おい、マロ……! お前はちびっ子に何を言ったんだ……!?)


 飼い主であるグレアムですら白猫が何を言っているのか理解できないというのに、幼子に会話できる能力があるのかいささか疑問ではあるが――ともかく。


 動揺しながら、ほとんど八つ当たり状態で白猫ちゃんに文句を言ったときだった。ついに我慢できなくなったかのように、彼女は声を張り上げ泣き出してしまったのである。


「……こわかったっ……ラフィ……こわかったのです……! おとうたまおかあたま、きえちゃって、ずっと、ず~っと、おるすばんしてたですっ……もう、ひとりぼっち、イヤなのでしゅ……!」


 彼女はそう叫びながら、弾かれたようにグレアムへと抱き付いていった。

 ぎゅ~っと、短い両腕を必死になって彼の首に巻き付ける。


 グレアムはそんな幼子の痛々しい姿を前に最初は大慌てになっていたが、泣き声が強くなればなるほど、不思議と、逆に落ち着きを取り戻していった。


 泣きじゃくっている彼女が発した言葉の意味はよくわからない。一人だったことも、両親が消えてしまったことも、お留守番していたことの意味も不明だ。


 こんな状態では事情を聞くこともできないから、推測することしかできなかったけれど。


(もしかしたら、家で留守番していたときに賊に襲われてしまったのかもしれないな)


 そうして、一度は連れ去られてしまったけれど、なんとかして逃げ出してきただけ、ということなのかもしれない。


 ともあれ、相変わらず事情はよくわからなかったが、それでも確かなことが一つだけあった。それは、ようやく彼女がグレアムに心を開いてくれたということだ。


 そして、泣きながらも自分はもう大丈夫だと理解してくれた。

 だったらもう、何も心配する必要はない。彼女が落ち着くのを待ってから事情を聞けばいい。


 (せき)を切ったようにひたすら泣き続けるラフィを、グレアムはそっと優しく、けれど力強く抱きしめてあげた。


「もう大丈夫だ。大丈夫だからね、ラフィ。もう怖くないし、ひとりぼっちじゃないからな。俺が側にいてあげるから」


 そう優しく慰めるように、何度も何度も言葉をかけてあげた。

 とても小さな女の子はそれでも泣き続ける。時折むせび泣きながらも、


「もう、もう……ひとり、ひとり、イヤでしゅっ……こわいの、イヤでしゅっ……いっしょにいてくださいなのでしゅ……!」


 そう必死になって訴えてくる。

 グレアムは目を瞑って微笑みながらも、


「あぁ。ずっと側にいてあげるよ。だからもう、そんなに泣かないで」


 そう、慈愛に満ちた声で慰め続けた。彼女が落ち着くまでそうしてずっと、優しく包み込んであげた。

いろいろな場面で活躍(?)するマロちゃん。

今後もおそらく、いろんな意味で活躍するでしょう。

え? チョコちゃん? も、もちろん……もごもご

ちなみに、この近辺ではハトやカモを食べる習慣はないので、狙われる心配はありません。たぶん。


【次回予告】

 8.事後処理

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