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国を追われた元最強聖騎士、世界の果てで天使と出会う ~辺境に舞い降りた天使や女神たちと営む農村暮らし  作者: 鳴神衣織
【第五話】破廉恥な男は祭りの準備にいそしむ

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84.もうこれでお役ごめんと思ったんだがな?

「相変わらず、グレアムの魔法はすげぇな。あれだけいた豚が一匹残らず寝ちまうとは」

「まったくだ」


 そこら中で横倒しになったまま、寝息を立てて眠っている豚たちを物色しながら、マルスとザインが感心したように話し込んでいる。

 グレアムは特に気にした風もなく、ナシュテット村の村長に声をかけた。


「とりあえず、一応この辺一帯にいた豚たちは全部眠らせたが、ぱっと見、魔獣化した原因となりそうなものは見当たらないな」

「あぁ。目の色が赤いのと、魔獣みたいに見境なく襲ってくること以外はな」


 忌々しげに顔を歪めている村長に、今度はギールが声をかけた。


「しっかし、一応食っても大丈夫とは聞いているが、改めてこうやって実物を目にすると、少々遠慮したい気分だな。元からただの魔獣なら、食えることはわかっているから別にいいが、原因不明の魔獣化ってなるとな」


 その意見にマルスも頷く。


「新種の奇病とかだと、食ったら俺たちも病気になりそうだしな」

「あぁ。たとえもし半額以下に値引きしてくれたとしても、ちょっとな」


 ザインまでゾッとしたような顔を浮かべている。

 実際に先程、命の危険を感じたばかりだからだろう。ここに来るまではお気楽な雰囲気で、「肉肉♪」と上機嫌だったのに、既にその面影はどこにもない。

 どうやら村長も彼らの気持ちがわかるのか、思いっ切り溜息を吐いた。


「本来であれば、すべて殺処分にしなければいけないところなんでしょうけどね。しかし、それをすると村の経営が成り立たなくなってしまうし、肉としては特に問題ないことも確認済みだから、すべて金に換えてしまいたいというのがわしらの本音なのだ」


 そう言って肩を落とす村長。グレアムは気の毒に感じて眉を寄せた。


「まぁ、気持ちはお察ししますよ。食っていけなくなってしまいますからね。ただ、今後この村がどうなるかについては、領主次第でしょうね」


 普通は奇病が発生したら、すべて焼却処分にすることが義務づけられている。一部、命令を無視してこっそり闇市に流す者たちもいるが、見つかったら厳罰に処される。


 今回は放牧している豚のみ半魔獣化しただけだったので、それでもまだましな方だ。畜舎で大事に育てられている繁殖用の個体と、生まれたばかりの子供たちまで魔獣化していたら、おそらくこの村からは完全に豚の養殖が途絶えてしまうだろう。


 新しくつがいで何十頭も買い付けるには、あまりにも莫大な金が必要となってくるから、現実的ではなかった。


(まったく……世の中ままならないな)


 グレアムは軽く肩をすくめたあと、再び村長に話しかけた。


「それで、俺たちはどの個体を引き取ればいいんだ? 一応、十頭買い付けてこいと言われているんだが」


 そう言ってグレアムはリーダーのギールを見る。


「マルレーネの嬢ちゃんからはそう聞いてるな」


 頷くベテラン狩人に、


「あぁ、そのことか」


 と、気落ちしたまま村長が答えた。


「こうなってしまってはもう、本来の基準で出荷する豚を選んでも仕方がないのだが、一応、もしかしたらということもあるゆえ、できるだけ大きな個体にしてもらえると助かる。小さいのはもう少し肉をつけてから出荷したいのでね」


 基本、家畜も作物も量り売りで値段が決まるため、大きければ大きいほど価格も上がる。そのため、小さい個体はまだ成長の見込みがあることから、通常は規定の大きさになってから売買されている。


「わかった。ではでかいのを適当に十頭、馬車に積んでいくか」


 ギールはそう返事をすると、マルスたちにテキパキ指示を出して、一頭一頭数人がかりで馬車へと運び始めた。


「グレアム」


 そんな中、クリスがグレアムに声をかけてくる。


「ん? どうした?」

「質問なんだが、この豚どもはどのくらい眠ったままなのだ?」


 眉間に皺を寄せているクリスの言葉に、村長も反応した。


「そういえば、それを聞いておきたかったのだった」


 じっと見つめてくる村長に、グレアムはきょとんとする。


「正確な時間はわからないが、おそらく四時間ってところじゃないか?」

「四時間……か」

「あぁ。それが過ぎたら、おそらく各自目を覚ますと思うが、その後、彼らがどうなるかはわからないけどな。元通りの正常な豚に戻るのか、それとも相変わらず凶暴なままなのか。いずれにしろ、眠っている間にどうするか対策考えた方がいいだろうな」

「そうか……わかった。何から何まで面倒をかけた」


 軽く会釈する村長に、グレアムは苦笑した。


「いや、俺たちはただ、自分たちが買い付ける分を自分たちで捕獲しただけだからな。特に気にしなくていい。村長さんたちの本当の戦いはこれからでしょうしね」


 予定の物資をすべて調達し終えたら、今度は怪我した村人を治療することになるが、治ったら治ったで、この村の人たちは総出で豚が眠っている間に対策を講じなければならない。そして、シュラルミンツから役人や応援が駆け付けてきたあと、この村の今後の運命が決まることになる。


 一歩間違えたら、豚だけでなくすべての家畜が焼却処分になる可能性もある。そうなったらこの村は廃村決定だ。


(この村がなくなってしまったら、余計に肉が手に入りにくくなってしまうな。わざわざシュラルミンツまで買い付けに行かなければならなくなるし。そうなったら、今までより買付金を多く払わなければならなくなってしまう。俺たちの村としても痛いな)


 この村がなくならないことを祈るばかりだ。

 グレアムは未来に思いを馳せたあと、クリスを見た。


「じゃぁ、俺たちも運ぶか」

「そうだな。だが、私はこの格好のままやるのか? 汚したらマルレーネに怒られるのだが?」


 ぶそ~っとしているクリスに、グレアムは苦笑した。


「まぁ、そうだよな。せっかくお姫様みたいに可愛らしい格好してるんだしな」

「なっ……か、可愛いだと!? そ、そうなのか……? 私は可愛いのか……!?」


 ニヤニヤしながらからかったのだが、なぜかクリスは予想外にニヤけ顔となってしまった。


(てっきり反論してくると思ったんだがな。意味がわからん)


 そう一人、グレアムが小首を傾げたときだった。


「なんだ……?」


 突如、地揺れが起こったかと思った次の瞬間、耳障りな動物の咆哮が空間を切り裂き、放牧林の中から巨大な影が飛び出してきた。


 人間の数倍は超えようかというほどの巨体。それが、柵を跳び越え、地響き立てながら大草原地帯へと着地したのである。


「な……バカなっ……あれは、エルームガイゼル……!」


 突然現れたアゼル豚の四倍はあろうかというほどの巨大な豚。それを視認した村長が顔面蒼白となって絶句した。


「エルームガイゼルだと……? なんだそれは」


 聞いたことのない名前にグレアムは首を傾げた。

 見た目はどっからどう見てもただの豚だった。体表の模様も顔も牙も何から何までアゼル豚にそっくり。唯一違うところといえば、体高と体長がかなりの巨体ということだ。


「村長、いまいちよくわからんのだが、あいつもアゼル豚が魔獣化した個体なのか?」


 きょとんとして聞くグレアムに、脂汗まみれとなっていた村長が絶叫した。


「そんなわけあるかっ。あいつは正真正銘の魔獣だっ」

「え? そうなのか? 普通にただのでかい豚かと思ったぞ」


 腕組みしながら、遙か前方の放牧地帯で前肢を何度も蹴りながら突進の準備に入っている巨大豚を眺めていたグレアムに、村長の青ざめた顔が真っ赤になった。どうやら怒ったらしい。


「ただの豚なはずがないだろうっ。あいつは本当に危険な魔獣なのだっ。しかも、本来であれば、奴らの生息域はここより遙か南の山岳地帯なんだぞ!? それなのにどうしてこんなところにっ」


 よく見ると、エルームガイゼルという魔獣の近くにある柵の内側に、眠りの魔法をかけられていなかった残りの豚たちが集まり始めていた。

 巨大豚も通常豚もともに、共鳴するように瞳が赤く光っている。


「まさかな……」


 なんだか嫌な予感がして、グレアムは眉間に皺を寄せた。

 大昔、グレアムがまだ聖教国にいた頃、ギルドの仕事で仲間たちと一緒に、最優先討伐対象に指定された竜種の魔獣を討伐しに行ったことがあったのだが、そのとき、竜から漏れ出て撒き散らされた魔力によって、周囲にいた魔獣が活性化、あるいは突然変異を起こしたことがあったのだ。


(もしかしたら、あれと同じことが起こったということか……?)


 理由はよくわからないが、本来いないはずの強大な魔獣が現れたことで、その覇気にやられて家畜の豚たちがある種の洗脳や共鳴反応を起こし、一時的に魔獣化したのではないか。


「なぁ、村長さん。あのでかい豚って、放置したらまずいよな?」

「は……?」


 グレアムが何を意図してそのようなことを言ったのか理解できなかったようで、村長はしばらくの間、ぽかんと固まってしまった。しかし、すぐさま石化状態から解放される。


「あ、当たり前だっ……頼むからあいつを倒してくれ……! 今回の取引額を半値にしてもいいっ。あんなのにうろつかれたら、この村は壊滅してしまうっ」


 今にも泣きそうになってしまう村長に、「まぁ、そうだよね」、と呟きながら、グレアムは腰から剣を引き抜いた。


 真横にいたクリスも既に抜剣して臨戦態勢に入っている。


 他の面々も各自、運搬作業を中断し、対高ランク魔獣戦闘には向いていない狩人たちは後退。冒険者のマルスは背中から大剣を引き抜いて、いつでも動けるように態勢を整えた。


「一応確認だけど、村長さん」

「な、なんだ!?」

「あいつの死骸はどうする?」

「し、死骸だと!?」

「あぁ。見たところただの豚だし、食えるんだろう?」

「食えるに決まっている! アゼル豚よりも肉質がいいと聞いたことがある! 大型だから肉も皮も牙も量が取れるし、討伐するのにとても危険な奴だからその分、かなりの高級品になるっ」

「そうか……てことは持って帰ったらラフィやマルレーネが喜ぶか」


 グレアムが表情を明るくさせながらブツブツ呟いていると、再び巨大豚が野太い雄叫びを上げた。


「ひぃぃ~~! もうダメだぁ! 頼む! 早くあいつをなんとかしてくれっ。死骸もいらんから、とにかく早く……!」


 そこまで叫んで、村長は腰を抜かして尻もちをついてしまった。

 グレアムは一度も眼前の魔獣から視線を外さず、笑みを浮かべた。


「さて、村長さんからも正式な依頼が取れたことだし、さっさと終わらせるか」


 そう言うや否や、ついに猪突猛進してきた巨大な豚目がけ、駆けていった。

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