83.アゼル豚捕獲作戦
グレアムたちは隊を二つに分けることにした。
材木運搬用馬車一台と、羊二十頭を運搬する予定の馬車二台。それからここまで一緒に来た者たちのうちの四名は村に残し、先行して積み込み作業を行わせることにした。
残りは豚が放牧されている場所へと馬車二台で向かった。
その中にはグレアムやクリスを始め、ギール、マルス、ザインたちもいる。
他にはナシュテット村の村長も案内人として同行してもらった。
「ここだ」
放牧地をひたすら南下していくと、やがて高さのある頑丈そうな柵が見えてきた。
そこで馬車を止めた一行は、御者台から飛び降りる。
目の前には人が出入りできるように設けられた柵扉があり、更にその向こう側には切り株が顔を覗かせている草地が五ヴァル(約七メートル)ほど広がっている。そして、その先に問題となっている森がある。
樹林が生い茂る森の中は、樹木同士の距離がある程度離れており、特に薄暗さは感じない。
そんな木々の間に、ちらほらと何かが動いている姿が目に入った。
「あれが例のアゼル豚か」
顎に手を当て遠くを眺めるグレアム。
柵の外から確認するだけでも五、六頭はいるように見えた。現在この森の中で放牧されている豚は百頭ほどという話だから、まばらに散っていなければもしかしたらこの周辺に結構集まっているのかもしれない。
「普段ここから餌を投げ入れたりもしているから、それを覚えているのだ」
グレアムの思考を読んだかのように、村長が補足してくれた。
「なるほど」
しかし、どれもこれも、豚たちは話に聞いていたとおり、警戒心と敵意を剥き出しにしたような面構えでこちらの様子を窺っていた。
普通の家畜や野生動物は瞳に魔力が集まることはないから、目が光ることはない。しかし、魔獣はどういう仕組みかわからないものの、なぜか瞳に魔力が集まっていることが多い。
そのため、虹彩が赤く光っているのが特徴なのだが、森の茂みで身構えている養豚たちも、微妙に瞳を赤く光らせているような気がした。
(つまり、本当に魔獣化しているってことか)
魔力が瞳に集まる現象さえ解明できていれば、もしかしたら今回の一件も何か原因がわかったかもしれないが――
(唯一、そこが悔やまれるところではあるが――まぁいい)
グレアムは豚たちから視線を外さず、中に入る前に最終確認を行うことにした。
「村長さん。もう一度確認しておきたいんだが、本当にあの豚、病気じゃないんだよな? 食っても問題ないんだな?」
「あぁ。それは確かだ。一応、一頭だけなんとか捕獲して解剖してみたが、頭に虫が湧いているわけでもなかったし、血液にも異常は見られなかった。もちろん、家畜特有の病気や未知の奇病の兆候もな」
「わかった。それだけ聞ければ十分だ」
グレアムは柵へと一歩近づいた。
それが合図となる。グレアム以外の五人全員が金属製の大盾を取り出した。
「事前の作戦通りだ。おそらく、入った瞬間、あいつらは一斉にこっちに向けて突進してくるはずだ。全員、盾でそれを防いで自分の身を守ってくれ」
今回の隊のリーダーはギールだが、凶悪化した家畜の相手ともなると、さすがに狩人の彼では手に余る。そこで、捕獲に関しては戦闘のエキスパートであるグレアムが音頭取りすることになったのだ。
「わかった。だが、あいつらが魔獣化してるとなると、どれくらい持ち堪えられるかわからない。なんとかして、すぐさま豚ども全員、眠らせてくれ」
五十三歳の最年長狩人であるギールが緊張気味に言った。
「頼りにしてるぞ、グレアム!」
マルスとザイン、もう一人の冒険者も、若干引きつったような表情のまま、ニヤッと笑った。
「わかっているさ。一瞬で終わらせる――行けっ」
グレアムの指示が終わるか終わらないかといったタイミングで、一斉に四人の男たちとメイド服のクリスが柵の中へと突入した。
それを見た豚たちが一斉に殺気立つ。
森中から狂ったように豚たちが独特の鳴き声を上げ、勢いよく飛び出してきた。その数三十あまり。
「おい! あの数、正気かよっ?」
「ぅひゃ~~! さすがにあんな大群、無茶だろう!」
「……こりゃ、俺たち死んだな……」
盾役のギール含めた男たち全員が顔面蒼白となって悲鳴を上げる中、ただ一人、可愛らしいメイド服を着たクリスだけは笑っていた。
「来いっ、豚どもめ! 今こそ日頃の鬱憤を晴らしてくれるわっ」
喜色満面、狂ったように高笑いしながら地面に大盾を突き刺す頭のおかしなメイド騎士。
グレアムは魔力を錬成しながらも、
「おい、クリス! お前、何八つ当たりしようとしているんだっ。多少傷つけても治癒で治せるが、間違っても殺したりするんじゃないぞ!?」
そう声を荒らげ、柵の外からしっかりと釘を刺しておいた。
そんなグレアムたちを見ていた村長も、突進してきた豚たちを見て悲鳴を上げながら、
「た、頼んだぞ、あんたたち! くれぐれも家畜を全滅させないでくれよ! ――ひぃいっ……」
あわ食ったように彼もまた絶叫を放った。
「わかっているさっ」
そう誰かが答えたときだった。突っ込んできた最前列の豚たちが一斉にがご~んと、大盾持ったクリスたちに激突した。
「ぐはっ」
「ちょ、待てっ……ふざけんなよっ」
「なんて力だっ」
凄まじい破壊力になすすべなく、そのまま柵の外へと吹っ飛ばされそうになってしまう男たち。
盾を地面に突き刺していたお陰でなんとか堪えていたが、これを何度も喰らったらさすがに持ち堪えられるとは思えなかった。
それが証拠に、金属製なのに盾が思い切り凹んでいる。
というより、それ以前に、二度三度とぶつかったら、豚たちも頭蓋骨がへし折れて死んでしまうかもしれない。
「おい、グレアム! まだかっ」
「早くしてくれ!」
ギールとマルスが悲鳴を上げたそのときだった。グレアムは右手を前方へと差し出した。
「待たせたなっ」
ニヤッと笑ったその瞬間、掌から青白い閃光が豚の大群目がけて駆け抜けていった。
まるで色のついた真空波のような光が、勢いよく森の奥へと走っていく。
クリスやギールたちの前方にいた、見た目が猪のような豚たちが後ろ足立ちになって、オイ~~ンと甲高く鳴いた。
森の中で様子を窺っていた個体までもが激しく暴れ回り、それらすべての動きが止まったとき、グレアムの放った眠りの閃光が粒子となって上空へと弾け飛んだ。
そうして辺り一帯が静けさを取り戻したとき、あれだけ荒れ狂っていた豚たちはすべてが横倒しとなっていた。




