77.破廉恥と言われてもな?
水浴びや水遊びというものがどういうものなのかを、グレアムは軽くラフィに説明してあげた。文字通り、水を身体に浴びて涼んだり、水の中に入って適度に遊んだりするものなのだと。
その上で、グレアムはラフィと一緒に準備運動したあと、水温に慣らすために水をかけてあげてから、彼女をたらいの中に入れてあげた。
その様子を近くで窺っていたマロやチョコたち親子まで、なぜかバシャ~っンと、たらいの中に飛び込んでしまい、気持ちよさそうに泳ぎ始めてしまった。
やれやれと思いながらラフィたちを見つめるグレアムだったが、すぐさま、その呆れ顔が優しげな笑顔へと変わっていった。
最初、不思議そうに水をバシャバシャしていただけのラフィが、すぐにキャッキャ笑いながら、手で水をすくい上げては宙へと放り投げて、楽しそうに遊び始めたからだ。
太陽光を反射した水飛沫が、キラキラと光り輝く。
小さな虹が、ラフィの頭上の青空に浮かび上がった。
マロとチョコたちも、まるで笑っているかのように短く鳴く。
大はしゃぎとなってマロたちと一緒に遊び始める愛娘の姿を見て、グレアムは水遊び場を用意してあげて本当によかったなと、心の底からそう思い胸が温かくなった。
つい先日、こそつきながら完成させた四角い箱を手に持ち、娘やペットたちを見守る姿はどこからどう見ても、父親そのもの。
今日も平和な時間が過ごせるな。
そう思っていた矢先の出来事だった。
「おい、グレアム! 貴様、ついに本性を現したなっ」
楽しそうに水浴びしているラフィの様子を眺めていたら、突然、どこからともなく大音声が轟いた。
「本当に……いったい、グレアムさんは何をなさっているのですか……」
ほとほと呆れたような声色まで聞こえてくる。
クリスとマルレーネの二人だった。
彼女たちは柵扉を開けて中に入ってきた。
そしてそのまま、眉を吊り上げ激怒していたクリスが、物凄い速さで詰め寄ってきたのである。
「貴様! ラフィはお前にとって大事な娘なのだろう!? それなのに、よりにもよってなんて破廉恥な格好させているのだっ」
唾を飛ばしながら美貌を歪めて胸ぐら掴んでくるメイド騎士の言動が理解できず、グレアムは困惑してしまった。
「お前はさっきから何を言っているんだ? ラフィはただ、水着着て水浴びしているだけだろうが――なぁ、ラフィ?」
胸ぐら掴まれたまま顔だけラフィに向けると、突然の成り行きにきょとんとしていた幼子が大きく頷いた。
「うん~~! ラフィ、マロちゃんたちと、みずあびしてたのです!」
楽しそうにニコニコ笑いながら答えてくるラフィだったが、クリスは一歩も引かなかった。
彼女は視線をちびっ子からグレアムへと戻すと、唇がくっついてしまいそうなぐらいに顔を近づけてくる。
「おい、貴様! 自分が何をしているのかわかっているのか!? 水着だかなんだか知らんが、こんな誰の目に触れるかわからないようなところで、どうしてお前は婦女子に水浴びなどさせているのだっ。本当にお前という奴は、常識がなさ過ぎる! 恥を知れ、恥を!」
鼻息荒く早口でまくし立ててくるクリスだったが、相変わらず、グレアムはなぜ怒られているのか理解できなかった。
「なぜ水浴びするのがダメなのかよくわからんが、ラフィはちゃんと服着てるだろう? 別に素っ裸になってるわけじゃないし、問題ないと思うんだがな? ていうか、そもそも常識がないのはお前の方だと思うんだけどな、俺は」
「なんだと!?」
更にいきり立つクリスに、マルレーネが溜息を吐いた。
「二人とも、不毛な言い争いはそこまでにしてください」
そう言って、強引に二人を引き離した。
「ちっ……」
飼い主の介入でそれ以上の押し問答を諦めたようで、クリスは腕組みしながら舌打ちした。
「助かった、マルレーネ」
ようやく理不尽な怒りから解放されたグレアムは安堵の吐息を吐くが、危機が去ったわけではなかった。マルレーネが白い目を向けてくる。
「助かったではありませんよ。クリスさんではありませんが、世間一般的には水浴びするという風習はどこにも存在しないんです。この村では入浴という方法が広く知られていますので、水浴び自体は別段おかしなことではありません。ですが、水浴びというのは入浴と同じ意味合いに受け取られることが多いんです。お風呂の中身が水かお湯かの違いだけですからね。ですので、こんな人目のつくところで水浴びなんかさせてはいけません。ラフィちゃんは女の子ですし、普通、女性は人目のつくところで入浴なんかしませんよね? それと同じことです」
すっかりお説教スイッチが入ってしまったらしいマルレーネに、グレアムは腕組みして眉間に皺を寄せた
「まぁ、言われてみれば確かにそのとおりだけどな。男ならともかく、女は人前で素っ裸になって風呂入らないしな。だけど、ラフィは今、服着てるぞ?」
「服を着ていたとしてもです。このような場所で、しかも露出度の高い服を着て水浴びするということは、とても非常識なことなんです。肌を露出していてもしていなくても、人前でお湯や水を浴びたり浸かったりすることは、はしたないと思われてもおかしくない行為なのです」
「しかも、どこかで見たことのあるようなデザインですし」と、最後にぼそっと呟きつつも、目を細めてじ~っと見つめてくるマルレーネ。
おそらく、それが援護射撃だと思ったのだろう。クリスがニヤッとした。
「ほら見たことかっ。やはりお前の常識がおかしかったのだ。恥を知れっ」
腰に手を当てどや顔で宣言するクリスに、グレアムは納得いかずに首を傾げた。
「おっかしいなぁ……リューン村じゃ、女性でも水場の仕事で普通に専用の服着て水の中に入っていたけどな?」
ここから馬車で一日ほど北西へと行った場所に、その村はある。村の中央に、水深の浅い大きな泉があり、そこを中心に家が建ち並んでいるような村だ。
主な産業は泉やそこに繋がる河川で行う漁業や水耕農産業だ。村の周囲に広がる広大な畑でも麦を中心とした農作物が育てられている。
リューン村とはそういう村だった。
そして、そういった漁業が発達している関係で、水の中に入って作業することも多く、それゆえに、男も女も普通に服着たまま水浴びしている。
その事実を知っていたから、グレアムは別段、おかしいとも思わなかったのだが、どうやら、マルレーネたちに言わせると非常識らしい。
「それにです。グレアムさん、その手に持っている箱はいったいなんですか? 私の古い記憶の中に、と~っても、似たような見た目の道具があったんですけど?」
マルレーネの視線がどんどん冷たいものへと変わっていく。
グレアムはしばらくの間きょとんとしていたが、目線を自身が手にした箱形の物体へと落とし、ようやく気が付いた。
「あぁ、これか? これはだな。以前、マルレーネにダメって言われて作るのを断念した双方向カメラの材料が余っていて勿体なかったから、代わりのものを作ったんだよ」
「へ~……それで? どんなことができるんですか?」
酷く冷徹な声色を吐き出す彼女。グレアムはなぜ彼女がそんな言動を見せるのか特に気にする風もなく、満面に笑みを浮かべた。
「よく聞いてくれた。これはだな。遠見の水晶球の特性を極めて近距離に定めて作ったカメラというものなんだ」
そう得意げに説明したグレアムだったが、対照的に、マルレーネの全身からは冷え冷えとした負のオーラが噴出していくのであった。




