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国を追われた元最強聖騎士、世界の果てで天使と出会う ~辺境に舞い降りた天使や女神たちと営む農村暮らし  作者: 鳴神衣織
【第五話】破廉恥な男は祭りの準備にいそしむ

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76.水浴び

 この時期は昼過ぎにもなると、大分日差しが強くなる。


 赤道地域と比べれば夏でも涼しい方だが、それでも日中外を出歩いていると、汗がにじみ出てくる。


 野良仕事などしていればなおのことだ。


「やっぱりこういう日は、水浴びするのが一番だよな」


 庭でラフィと一緒に花壇の手入れをしながら、グレアムはぼそっと呟いた。


「みずあび?」

「うん? ラフィは水浴びしたことないのか?」

「う~~ん、よくわからないのです」


 どうやら水浴びという言葉自体が初耳らしい。そこから考えるに、おそらくしたこともないのだろう。


「なるほど。しかし、水浴びは知らないのに、他の村では大人ですら知らない入浴という文化を知っているというのもおかしな話だよな」


 ラフィも元々は入浴自体は知らなかったはずだが、この村に来たことでお湯に浸かって身体を温めたり、あるいは湯で身体を洗い流したりといった方法は既に知っている。しかし、どうやら水浴びは知らないらしい。


(まぁ、無理もないか。ラフィに限らず、普通の人間は入浴も水浴びもしないからな)


 一般的に川に入って身体を洗うという風習もない世界だ。煮沸して比較的安全になった水にタオルを浸して、それで身体を拭くだけというのが当たり前の世界。


 地方によっては蒸気風呂とかもあったりするが、それも極一部だ。


 当然、グラーツ公国でも川に入って水浴びするという風習はない。ただ、水場の仕事をしている漁師などは別だ。仕事の関係上、水に浸かったりそのまま汚れを洗い落としたりすることもあるから、水浴びのような状態になることはある。しかし、それはあくまでも例外中の例外。


 それから、他にも例外と呼ぶべき事例があり、それが富裕層や貴族、魔法が使える者たちだ。彼らは水浴びとまではいかないものの、屋内にたらいを設置し、その中に魔法で水を湧き出させて足を突っ込み、涼を取るということが希にある。


 聖教国にいた頃、グレアムも何度かそのような方法で暑さをしのいでいた経験があった。


(そうだな。丁度、リューン村で水場仕事時の衣服の改良ができないか依頼も受けていたし、ラフィの分もついでに作ってあったから、試してみるか)


 グレアムはそう考え、すぐさま行動に移すことにした。


「いまからなにするですか?」


 家の中からでかいたらいを持ち出してきて、玄関前の庭先に設置したグレアムに、ラフィがきょとんとする。そしてそのままの流れで、たらいの中を覗き込んだ。


「うん? 今から魔法で水浴び場を作るんだよ」

「みずあびば! まほう!」


 おそらく意味はよくわかっていないだろうが、ラフィは楽しげにキャッキャした。

 いつ見ても愛らしい姿だった。思わず抱きしめたくなってしまう。


 グレアムは口元を綻ばせながら、たらいの上に両手をかざした。


 もし貧しい家の人間がたらいに水を入れて水浴びしようとした場合、身体を洗うときの要領で井戸から汲んできた水を煮沸してから使用するのだろうが、当然、グレアムは魔法が使えるからそんなことはしない。


 顔を洗うときに使っている魔導具でも水をためられるが、今回は量が多いので非効率だし勿体ない。

 だから魔法を使うことにした。


 通常、魔法で作り出す水は本来であれば攻撃魔法として使用するものだが、使い方次第では掌から水を湧き出させて生活用水として使うことも可能なので、結構便利だった。


 そんなわけで、グレアムは右手からは水を、左手からは炎を噴出させた。

 そしてそれを合成するイメージで、掌を下向きにして左右の指を絡めていく。


 大体魔力の割合を水七、炎三にすることで、冷たくもなく熱くもない丁度いい温度のぬるま湯として生成される。


「わぁ~~~、すごいのです!」


 勢いよく次から次へと、一気に手から水がこぼれ落ちる光景を目の当たりにしたラフィが、大喜びして地面を飛び跳ねた。

 グレアムはそんな彼女にいろいろ構いたくなってしまったが、ぐっと気持ちを堪え、意識を集中させ続けた。

 気が散ると、魔法の継続が困難になり、途中で失敗してしまうからだ。


(もう少しか)


 ラフィ二人分ぐらい直径のある丸いたらいに、目一杯ぬるま湯が満たされていく。深さもラフィの膝から少し上ぐらいあるので、結構な分量の水が溜まったことになる。


「ふぅ……さすがに疲れたな……」


 魔力は体力と一緒で、消耗すればするほど、それだけ疲れを感じる。スッカラカンになると気絶して危ないと言われているので、使い過ぎには注意が必要である。


「ぐ~たん、すごいのです! おみずがいっぱいなのです!」


 両手を万歳の格好にしたまま、ラフィが大喜びしている。

 知らない間に、彼女の足下には白猫マロとカルガモのチョコが遊びに来ていた。チョコの旦那や子供たちまでいる。

 みんな、樽の中の水を見て、不思議そうに首を傾げている。


「ぐ~たんぐ~たん!」

「うん?」

「ラフィもまほうつかえますか!?」

「魔法か……」


 一般的に、五歳未満の幼子には魔力の錬成は難しいとも危険とも言われている。

 錬成の加減がわからず、魔力すべてを使い切ってしまう可能性があるからだ。

 そのため、五歳以降になってから少しずつ魔力の流れを感じる訓練を行い、それを理解してから錬成の練習をするのが望ましいとされている。

 なので、まだ三歳のラフィにはとても危険な技だった。


「う~ん。ラフィはまだちっちゃいから、ちょっと魔法を使うのは難しいかなぁ。だけど、もう少し大きくなったら、練習次第では使えるようになるかもしれないな」

「ほんとうですか!?」

「あぁ、本当だ。だから、そのときが来たら、俺がいっぱい魔法を教えてあげるから、それまで我慢しような」

「うん~~! ラフィ、がまんするのです!」

「いい子だ」


 ニコニコしている幼子の頭を、グレアムは満面に笑みを浮かべながら撫でてあげた。

 そのあと、彼女を抱っこして家の中へと向かう。


「ぐ~たん? おうちにはいるですか? おみずのなかには、はいらないですか?」

「あぁ、うん、そうだよ。今から着替えをするんだ。風呂のときみたいに素っ裸で入るわけにもいかないしな」

「ふ~~ん?」


 ラフィはきょとんとしながら小首を傾げた。





 それからすぐに外へと戻ってきた二人。


 グレアムの格好は先程と変わらず、腕まくりしたシャツにズボンといった感じだったが、ラフィはがらりと変わっていた。


 愛らしいワンピースではなく、足と腕が丸出しとなった、フリルのついた服を身につけている。


 幼児体型の身体にぴったりと張り付くような、少し厚めの布地でできた桃色の服。


 股下から脇の下までをすっぽりと覆い隠し、半袖シャツのように肩もフリフリの布で隠れている。


 腰回りは短い丈のスカートのようなフリルで覆われ、愛らしさが半端ない。


「ふふん。やっぱり俺の見立ては間違っていなかったな。注文されていた品を作るついでにラフィの分も作っておいて正解だった。なんて可愛いんだ、うちの()は」


 腕組みして何度も一人頷くグレアム。そんな彼に、幼子はきょとんとしながら着せられた服とグレアムとを交互に見つめた。


「ぐ~たん、このおようふくきて、みずあびするですか?」

「ん? あぁ、そうだよ。服着たまま水の中に入っても水場仕事しやすくするために改良したものだからな。だから、そのまま水の中に入って遊んでも大丈夫だ」

「ふ~~ん。なんかふしぎ~~」


 グレアムは、一生懸命自分の姿を確認しようと首を巡らせる幼子を見て、ひたすらニコニコし続けた。

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