70.乱闘にすらならない天誅殺
ギルド内は既に剣刃切り結ぶ死闘が繰り広げられる寸前だった。
わざとバンっと、激しい物音をさせて侵入したグレアムに、場の空気が一変した。
中にいた人間全員がグレアムを注視する。
「なんだ、てめぇはっ」
酔っ払いの一人が怒声を放つが、マルレーネたちギルド嬢やこの村の冒険者たちは逆に喜色の笑みを浮かべた。
「先に言っておく! あとで全部弁償するからっ」
無表情に叫ぶグレアムに、
「必ず払ってもらいますからね!」
そうマルレーネがいつものにっこり笑顔で応じた。
それが合図となり、そして、終了の鐘となった。
疾風がごとき速さで暴漢たちへと詰め寄ったグレアムは、そのままの勢いで片っ端から三人の腹へと鉄拳を炸裂させて壁に叩き付けてしまったのである。
それら一連の動きを捉えられる者は誰もいなかった。
マルレーネたちはおろか、村の冒険者や吹っ飛ばされた三人組でさえ、何が起こったのかわからないといった顔を浮かべて壁にめり込んでいる。
「バカな……」
「ぐ……」
「かはっ……」
おそらく、自分たちがなぜ壁にめり込み、更にそのままずり落ちて床に尻もちついたのかすら理解していないのだろう。激痛に悶絶している風の彼らは、表情消しながら近寄るグレアムを震えながら見上げた。
「どうやら生きてるみたいだな。十分手加減したし、こんなところで死なれたら、今後飯がまずくなっちまうからな」
そこまで言ってにっこり微笑むと、三人の首根っこを両手で掴んで、そのまま店の外へと引きずっていく。
「とまぁ、そんなわけでだ。これに懲りたらもう二度と、ここへは来るなよ? 次また同じようなことしたら、今度は処刑台送りになるかもしれないからな?」
そう警告した上で、遠くの地面へとひょいひょい放り投げる。
どかどかっと広場の大地に叩き付けられた男たちは苦悶の叫びを上げたあと、ふらふらと立ち上がった。
「き、貴様の顔、覚えたからなっ。いつか必ず、その余裕ぶっこいた面に恐怖を叩き込んでやるっ」
そう捨て台詞を吐いた金持ち風の男と他二名は、互いに身体を支えるようにして村の外へと歩いていった。
◇
騒動が収まり、ギルド内は後片付けに追われていた。
パン屋のおばちゃんや騒ぎを聞きつけやってきた村人数名、それから店にいた冒険者たちが、倒れたテーブルや椅子、散乱した食器類、それから壊れた壁などを片付ける中、グレアムは体調が悪くなったギルド嬢たちに治癒魔法を施していた。
「ありがとう……大分よくなったわ……」
まだ顔色の悪いエリサが引きつった笑みを浮かべる。
病み上がりのキャシーとは違って肉体的な不調はないだろうが、極度の緊張と恐怖で精神が参ってしまっているのだろう。それに関してはリーザも同じだった。
キャシーに至っては二人よりも症状が悪い。毒の後遺症が悪化でもしたのではないかと思えるぐらい、青ざめていた。
一応、いの一番で治療を施し、今はカウンター内奥の椅子で休ませているが、しばらくは仕事も休んで病気療養させた方がいいかもしれない。
「それにしても、どうしてバルバロッサ商会の御曹司がこの村にきたのかしら?」
ラフィを抱っこしているマルレーネがぼそっと呟いた。
彼女の説明によると、どうやらあの金持ち風の男の名前はマイクヘリンスというらしく、商業都市シュラルミンツで商会を経営しているバルバロッサ商会の御曹司とのことだった。
かの商会は、シュラルミンツの領主が統治するすべての村や町に置かれている協会を統括する立場にある商業組合の組合長を務める大商会とのこと。
定期的に開催される会合にも、領主ともども出席し、権勢を振るっているとか。
さすがにシュラルミンツ以外の村にまでその影響力は及んでいないものの、領主が直接統治するあの町では絶大な権威を発揮しているらしい。
大商会を率いるマイクヘリンスの父親、ドナルド・バルバロッサとはそういう男である。
「なんだか面倒くさい奴に目をつけられたな。お前たち大丈夫か?」
治療を終えてマルレーネに話しかけるグレアムに、彼女はニコッと笑った。
「私たちではなく、グレアムさんが、ではありませんか?」
終始ニコニコしている彼女に、グレアムは口を尖らせる。
「俺か? 俺は関係ないと思うぞ? だってあいつら、お前らのこと妾にするとか言っていたしな。もし何かいちゃもんつけてくるとしたら、たぶん、お前たちの方だと思うぞ? 何しろ、あいつらはお前の玉肌に目をつけたんだろうしな」
マルレーネの肌が人よりキレイなのはグレアムも認めるところだ。もちろん、その玉肌を作り出した要因の一つに、例の化粧水とやらが絡んでいることも当然のように知っている。
だからこそ、身から出たさびだとグレアムは思うのだ。自分でまいた種なのだから。
(うむ。ここは年上として、一つ忠告してやらなくちゃいけないな)
そう思い、グレアムはマルレーネにお説教することにした。
「いいか、マルレーネ。キレイになりたいのはわかるし、美容に気をつけるのも大事かもしれない。だけどほどほどにしておかないと、また危険な目に遭うかもしれないぞ? だから今後はもう少し、注意した方がいい」
どや顔で言ってやった感丸出しとなるグレアムだったものの、その手の話題はマルレーネには通用しなかったようだ。
「あら? いつもとんでもないもの作ってるグレアムさんに、そんなこと言われたくないですね。それに、私の肌が玉肌だなんて、そんなに私に興味があったんですか? 私、照れてしまいます」
そんなことを言って、わざとらしく頬を赤らめうっとりしてみせる。グレアムはからかわれているとわかっていながら焦ってしまった。
「おい。お前は何を言っている。そういう意味ではないからな?」
「うっふふ。いいんですよ? 触りたいなら触ってくださっても」
そう言って、彼女は自分の頬を突き出すようにして艶然と笑う。
その笑みはまるで、どっかの色気むんむん女を彷彿とさせるものだった。
(まさかこいつまでライラの悪影響受けたんじゃないだろうな?)
グレアムは心の中で汗をかきながらも、どうあがいても口では勝てなさそうだと気が付き、慌てて話題を替えることにした。
「ま、まぁいい。この話はまた今度だ。過ぎたことを今更言っても始まらないからな」
そう前置きしてから表情を引き締める。
「だが、あいつらのことは別だ。あの手の手合いはろくでもないことばかりしでかすからな。なんらかの対策を考えておいた方がいいのかもしれん――たく、どうせこうなるなら、いっそのこと、あの場で始末してしまった方がよかったか?」
首を傾げながら物騒なことを言い始める男に、マルレーネは眉間に皺を寄せた。
「グレアムさん、メっですよ? ラフィちゃんの前でそういうことを言ってはいけません。それから、忘れないように念を押しておきます」
「うん?」
「ちゃんと、お店の修理代、払ってくださいね?」
「わ、わかってるよ……」
グレアムはマルレーネたちを助けるためとはいえ、今更ながらに壁をぶち壊したことを後悔するのであった。
ともあれ、今回は見逃してやったマイクヘリンスたちだが、あの大商会はあまりいい噂を聞かないとも説明を受けている。
(また厄介事が起きなければいいんだけどな。ラフィだけでなく、マルレーネたちにも何かしらの魔導具を与えておいた方がいいのかもしれない)
グレアムは口をへの字に変えながら、天を見上げて一人悶々とした。
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このあと何本かサイドが入ったあと、次章へと突入します。
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