69.再度、騒動に巻き込まれるグレアム
「あ~……酷い目に遭ったよ……」
昼食を取ろうと思い、孤児院をあとにしてレンジャーギルドへと向かう道すがら、グレアムはラフィの手を引きながら背中を丸めて溜息を吐いた。
「く~たん、すごかったのです! ぐ~たん、おいつかれてポコポコされていたのです!」
ラフィが言うとおり、結局、羞恥心に怒り狂ったクリスにグレアムもリクも取っ捕まり、そこら中をボコられてしまった。
さすがに子供にまで手を上げることこそなかったが、その分代わりにグレアムが殴られた。
まぁ、普段から鍛えているから大事には至っていないし、魔法使えばすぐに痛みも傷もなくなるからいいのだが、引っ叩かれている最中はやっぱり痛い。
さんざか説教食らってようやく解放されたものの、今日はもう一日、何もやる気が起きなかった。
「まぁ、リクにはいい薬になったかもしれないな」
グレアムだけでなく、普段から悪さばかりしている少年にも当然、きついお説教が待っていた。クリスだけでなく院長からも。
お陰でさすがのいたずら小僧もしゅんとなっていた。
「でもでも! からだ、いたくないですか?」
下から心配そうに見上げてくる幼女に、グレアムは笑顔を浮かべる。
「あぁ、心配いらないよ。これでも俺は結構頑丈だからな。クリスごときの鉄拳なんてまったく効かないさ」
ニヤッと笑うグレアムに安心したのか、ラフィは空いている方の手を大きく振りながら、鼻歌を歌い始めた。
これまでにも、ときどき歌っている姿を目にしていたから珍しくはなかったものの、今聞こえてくるリズムは知らないものだった。もしかしたら、セラやミリリに教えてもらったのかもしれない。
微笑ましい幼子の姿を眺めながらそんなことを考えていると、知らない間にギルド前に到着していた。
「さて、今日は何を食おうかな」
そう思って扉のノブに手をかけようとしたときだった。グレアムは中の様子がいつもと違うことに気が付いた。和やか気分が一瞬にして吹き飛ぶ。
黙ってラフィを背後に隠して静かに扉を開ける。
「……おいおい……」
微かに空いた隙間から中を覗き込んだグレアムは、混沌と化したギルド内にうんざりしてしまった。
「おいっ。さっさと酒持ってこいって言ってんだよっ」
「つ~か、横に座って酌しろって言ってんだろうがっ」
比較的カウンターに近いテーブル席に座っていた狩人風の男三人が、大声でわめき散らしていた。
見ると、テーブルの上には、この村では高価な部類に入る肉料理ばかりが並べられ、木でできたビール用の大ジョッキが大量に散乱していた。木皿に盛られた料理も、食い散らかしたように飛び散っている。お陰でテーブルが随分汚くなっていた。
どうやらすっかりできあがっているらしく、三人が三人とも目が据わり、赤ら顔となっていた。
(たく……酔っ払いか何かか……? 見かけない顔してるし、おそらく余所の村や町から来たんだろうけど……)
そう分析しつつ様子を窺っていると、
「くそがっ、もう我慢できないぞ! この僕の命令が聞けないって言うのかよっ。さっさと膝の上に座って酒をつげ!」
色町かどこかの酒場と勘違いでもしているらしい身なりのよさげな男が、激怒して立ち上がった。
金持ち風の男は、この村の冒険者たちに守られるようにして彼らの背後に立っていたマルレーネを睨み付けている。
他のキャシーたちギルド嬢も、普段バカなことばかり言っているおっさん男性冒険者たちに守られていた。
どうやら、どんどんエスカレートしていく酔っ払いたちに危険を感じ、フォローに入ってくれたようだ。
無表情の中にも僅かに嫌悪の色が感じられるマルレーネと違って、他の三人娘は皆一様に、怯えたように青ざめている。
特に病み上がりのキャシーは顕著だった。
確か当分、給仕の仕事などはやらないとグレアムは聞いていたが、無理やり引っ張り出されたのか、彼女もカウンターの外へと出ていて、今にも倒れそうなぐらい顔色が悪かった。
(これはちょっと、止めに入った方がいいか?)
あまり自分から積極的に騒動に首を突っ込むのもどうかと思ったが、さすがにこのままではまずそうだ。
そう思って店内へと一歩踏み込もうとしたのだが。
席に座っていた他の男二人も立ち上がると、皆一斉に、テーブルに立てかけてあった剣を引き抜いた。
「おいっ、てめぇらっ。さっさとその女どもをこっちに渡しやがれ!」
「死にたくなけりゃ、引っ込んでろっ、雑魚どもがっ」
立ち上がった男二人がふらつきながら、椅子を蹴倒した。
そのまま彼らは千鳥足で、部屋の隅に避難していたマルレーネたちへと近寄っていく。
そんな中、最初に椅子から立ち上がって罵声を飛ばしていた男がニヤッと笑った。
「お前ら全員、僕の妾にしてやるよっ。ありがたく、泣いて感謝するがいい!」
酔ってるせいか、それとも元々そういう人間なのか。ひたすら下卑た笑い声を上げながら、抜き身の剣を持つ腕をぶらんと下げ、にじり寄っていった。
そんな彼らに、この村の冒険者たちが忌々しげに唾を吐いた。
「てめぇらっ。自分が何やってんのかわかってんのかよっ」
「大商会の御曹司か何かしらねぇが、法に抵触するような真似したら、ただじゃすまねぇぞ!?」
マルレーネたちを背後に庇う冒険者たちも剣を抜いて、応戦する構えとなる。
「こいつはやばいな……」
さすがに止めに入らなければ死人が出る。
グレアムがそう思って背後のラフィを振り返ったときだった。
「おや? グレアムじゃないか。こんなとこで何してるんだい?」
ラフィよりも更に後ろの広場中央から、ライ麦パンてんこ盛りの木箱を抱えた恰幅のいい女性が近寄ってきていた。
パン屋の女将さんだ。どうやら、ギルドにパンを納品しにきたらしい。
「グレースか。丁度いいところにきた。すまないが、ギルド内は今ちょっと取り込み中でな。少しの間だけでいい。ラフィを預かっててくれないか?」
「え?」
事情がよく飲み込めていないグレースを無視し、グレアムはラフィを見る。
「ラフィ、いい子だからちょっとだけ、そこの女性と一緒に待っててくれるか? すぐに戻ってくるから」
にっこり微笑んで言い聞かせるようにすると、幼子は不安そうにしばらく考えた末に大きく頷いた。
「わかったのです! ラフィ、おりこうにしてるのです!」
「よし、いい子だ」
グレアムはラフィの頭を撫でてから、グレースの方へと軽く背中を押した。
元気よく駆けていく彼女が女将さんのところに辿り着いたのを見計らい、二人に頷いたあと一気に店内へと駆け入った。




