68.とばっちりを食らうグレアム
おそらく五十前後といったところだろうか。
質素なデザインと地味な色柄のロングワンピースを着用している。
長い金髪も後ろでひとまとめにされていて、頭には白い三角巾が巻かれていた。
「あぁ、院長さんか」
孤児院の院長ユミナ・シーリスとグレアムは、マルレーネを通じて何度も顔を合わせている。そのため、結構気さくに話せる間柄だった。
この孤児院には他にもあと二人ほど、常勤している女性従業員がいる。
いずれも有志を募り、あるいは村長が頼み込んで人材を確保したとのこと。他の都市や村では教会や修道院が孤児院を運営していることも多いが、ここでは村が管理運営している。
「今日はどうされましたか? 噂に聞くおちびさんもお連れしているみたいですが」
そう言って、人の好さそうな院長がクスッと笑った。
「いや、ラフィもそろそろこの村に慣れてきたから、同世代の子供たちとも触れあわせてあげたいなと思ってね。まぁ、知り合いの働きぶりを見に来たというのも事実なんだけど」
「そうだったのですね」
真正面に立っていたユミナは、グレアムと同じように、遠くで遊んでいる子供たちを眺めた。
大半の子供たちは他の土地では見たこともない遊具やボールなどで遊んでいたが、セラとミリリに連れられていったラフィは、三人仲良く人工的に作られた砂場で砂いじりをしていた。
始めは戸惑ったような表情を浮かべていたラフィだったが、周りのお姉さんたちの扱いがうまいのか、既に大分打ち解けているようで、時折持ち前の愛らしい笑顔を浮かべていた。
そんな微笑ましい景色の中に溶け込むように、相変わらず可愛らしいフリフリのメイド服を着たクリスが、木の陰に隠れてグレアムたちの方を見つめている。
それを視認し、グレアムは思わず苦笑してしまった。同時に、あまりにものどか過ぎる光景を前に、心がす~っと軽くなっていくような気がした。
「ここはいつ来ても平和そのものだな。見たことないものもいっぱいあるが、やっぱり、すべてあいつの仕業か?」
あいつと聞いただけで、グレアムが意図することを理解したのか、院長も笑った。
「そうですね。本当にマルレーネさんはおかしなものばかり思いつきます。子供たちには遊びの中でいろんなものを勉強させた方がいいとおっしゃって、木にロープをかけてブランコを作ったり、ロープ登りや滑り台、シーソーなんかも彼女の指示で大工さんに作っていただいたりしましたね。しかも、これくらい小さな子供の頃に」
そう言って、ユミナは自分の腰の高さを指し示す。
「なるほど。今までの付き合いでいろいろ見てきたが、筋金入りということか」
マルレーネが持つ前世の記憶というものが、この世界では異質だということが嫌というほど理解できる。
最近はこの村の生活環境が改善されてきたからか、あまり派手に立ち回ってはいないようだが、それでも今後、取り返しのつかないようなとんでもないことをやらかしそうな気がするので、釘を刺しておいた方がいいのかもしれない。
「そういえば、クリスが着ているあのメイド服みたいなものも見かけないデザインだが、あれもマルレーネの仕業か?」
「そうですね。直接聞いたわけではありませんが、クリスさんがそのようなことをおっしゃっていましたね。この方が絶対に可愛いからと、マルレーネさんに押し切られたとか。確か、昨日辺りから着てらしたような気がしますね」
そう言って苦笑する院長に、グレアムは「相変わらず奔放で、いたずら好きだな」と、軽く溜息を吐く。
(そのうち、この村の文化すべてがマルレーネ色一色に染まってしまうのではないか?)
そう思って意味もなく苦笑しながらクリスを見つめていたら、どうやらその視線を思いっ切り誤解されたらしい。
自分のことを揶揄していると勘違いしたらしいクリスが、大慌てとなった。
「こ、こっちを見るなと言っておるのだっ。どうせお前も私のことをバカにしておるのだろう!」
近所迷惑顧みずにでかい声を上げるクリス。それになんだかなぁと思っていると、グレアムはクリスの背後に忍び寄る二人の少年の姿を視界に捉えた。
そのうちの一人は、悪ガキと名高い六歳児のリクだった。
「うぉ~~りゃぁぁ~~!」
上背のあるクリスの背後を取ったリクが、次の瞬間、雄叫びとともに派手に彼女のスカートを宙へとめくり上げていた。
「きゃぁぁぁぁ~~~~!」
何が起こったのか理解できなかったようで、一瞬、表情が硬直するクリスだったが、すぐに聞いたこともないような愛らしくも甲高い悲鳴を上げていた。
「……おいおい……あいつ、何やってんだよ……」
クリスの艶めかしい足が大気に晒される姿を呆然と眺めていたグレアム。そんな彼へと、喜色満面、リクが駆け寄ってきた。
「兄貴! おいら、やってやったぜっ。これで兄貴の弟子にしてくれるよな!?」
「は? ……え?」
足下でキャッキャしている男の子に、グレアムは冷や汗をかいた。
軽くこれまでの生活を振り返って見たが、リクとそんな約束をした覚えなど欠片もなかった。
ましてや、常識的に考えてみても、スカートめくったら弟子にしてやるなどと非常識なことを言うはずがないのだ。それなのに、いきなりおかしなことを言い出すしょうもない小僧。
(ったく。本当に俺の周りにはろくな奴がいないな。意味不明に絡んでくるキャシーたちもそうだが、クリスもどこかアホの子だし、マルレーネに至っては何考えているのかまったくわからん。その上、おかしなこと言い出すスカートめくりのリクときたもんだ。どうすんだ、これ……?)
グレアムは足下で目をキラキラ輝かせながら返答を待ってる少年に、思いっ切り頭を悩ませながらも、どう言ってわからせるか考えていたのだが、そんなとき、恐ろしいほどの殺気を感じて現実に引き戻された。
「グ~~~レ~~~~ア~~~~ム~~~~!! 貴様ぁぁぁ、年端もいかない子供まで使って、よくもまぁ、あのような破廉恥な真似してくれたものだなっ。貴様らまとめて天誅を下してくれるわっ」
全身から負のオーラを立ち上らせたクリスが地響き立てながら近寄ってくると、そのまま猛獣がごとき勢いで突進してきた。
「どわぁぁ~~! おいっ。何考えているっ。俺は何もしていないぞ!? 誤解だっ」
「問答無用! 死刑を執行する!」
「ひえぇぇ~~!」
「ぅわぁぁ~~!」
捕まったら何をされるかわかったものではない。
大慌てで庭をぐるぐる逃げ回るグレアムとリク。それをひたすら土煙立てながら追いかけ回すメイド服のクリス。
そんな彼らに院長のユミナはクスクス笑い、遊ぶのを止めてきょとんとしていた子供たちは、ただの追いかけっこと勘違いして歓声を上げ続けるのであった。
(つ~か、最悪だっ。誰かこのバカどもをなんとかしてくれっ……)
当然、グレアムのそんな心の叫びは誰にも届かない。
今日も澄み切った青空広がるカラール村は、いつにも増してのどかだった。




