67.グレアムを見て焦るポンコツ女騎士
一方その頃。
キャシーの一件が一段落つき、すっかり元通りの生活へと戻り始めていたグレアムとラフィ。二人は久しぶりにマルレーネが作ってくれたうまい朝食を食べ終えたあと、早速村へと繰り出していた。
とはいえ、今日は特にやることも決まっていなかったので、とりあえず、まずはラフィのことをちゃんと紹介できていなかった店舗へと、軽く挨拶回りに出向いた。
店に入るたびにグレアムは親バカとからかわれ、逆にラフィは可愛いと褒められた。
そんなことをしているうちに昼近くになってしまったので、陣中見舞いも兼ねて孤児院へと足を運ぶことにした。
実は最近、クリスが孤児院の方でも本格的に働くようになったという話を耳にしていたので、彼女の仕事っぷりを確認してやろうと思ったのだ。
クリスはあれでも一応貴族である。公爵家の娘として上流階級で育った身の上だから、そんな彼女にこんな辺境の村に住む子供たちの面倒など見られるとは到底思えなかった。
必ず何かやらかしているはずだ。対応に困って途方に暮れているはずだ。
そう思ったからこそ、様子を見に行くことにしたのである。まぁ、半分冷やかしであるが。
「く~たん、よろこんでくれるかな~?」
「あぁ。きっと、泣いて喜ぶに違いない」
クリスには、今日顔を出すことは内緒にしていた。こっそり覗きに行って驚かせてやろうということになったのだ。
グレアムにとってはただの悪ふざけみたいなものだったが、ラフィは真剣に励ましに行くつもりのようだ。
なんとも健気な女の子である。思わずぎゅっと抱きしめて頬ずりしたくなってしまう。
二人は北の住宅街にある村長宅に併設して建てられている一軒家の前へ姿を現した。
ここが、目的の孤児院だった。
村長宅も孤児院も、周囲の民家と比べて明らかに大きい。
孤児院は二階建ての村長宅と違って、奥に長い作りの平屋となっており、その右横がすべて庭のような作りになっていた。
現在、その屋外から子供たちの元気な声が聞こえている。大人の女性のものと思われる声も、時折聞こえてくる。
「どうやらみんな、外で遊んでるみたいだな。そっちに顔出してみるか」
「わかりましたなのです」
「緊張してるかい?」
「うん? きんちょ~?」
「いや、ここにはね、ラフィと年が近い子供たちがいっぱい住んでるんだよ」
「そうなのですか!?」
「あぁ。だから、知らない人たちがいっぱいいるから、ドキドキするんじゃないかなと思ってね」
「う~ん? ラフィ、よくわからないのです。でも、すこしきんちょ~するかもなのです」
早速覚えたらしい言葉の意味をどれだけ正確に把握しているのかわからないが、抱っこしているラフィの顔はいつもよりも強ばっているような気がした。
「そっか。だけど、みんないい子たちばかりだから、心配しなくても大丈夫だからね」
「はいなのです」
愛娘から愛らしい声音が返ってきたことを確認してから、グレアムは周囲を柵で囲まれた庭の柵扉を、ギギ~っと開けて中に入っていった。
なんの前触れもなく現れた彼の姿に、庭で駆けっこしていた幼子たちが一斉に動きを止め、グレアムを見つめた。
グレアムとラフィも、子供たちや庭全体を見渡し――そしてそれに気が付いた。
「おお?」
視線の先、建物の壁に設けられた大きな扉付近に、可愛らしい格好をした一人の女性が立っていたのである。
長い赤毛を後頭部の上の方でひとまとめにし、可愛いフリフリの衣装を身にまとった胸の大きな女性。クリスティアーナことクリスである。
彼女はグレアムと目が合うと、瞬間的に顔を真っ赤にして絶叫を放った。
「うわぁぁぁぁ~~~! どうしてお前がここにいる! グレアム!」
「どうしてって言われてもな。ちゃんと仕事してるか見に来てやったんじゃないか。ていうか、お前、なんて格好してるんだよ。一見するとメイド服みたいに見えるが、お前のとこにいたメイドたちはもっと質素な格好だったよな? そんなドレスみたいにひらひらしてなかったと思うんだが?」
そう言いながら、非常に可愛らしいフリフリのメイド服をしげしげと眺めていると、より一層クリスは瞳と口をわなわなさせ始めた。
「み、見るなぁぁっ。こっちを見ないでくれ! お前にだけは見られたくない!」
そう言って、自分の胸を抱きしめるようにしながら、もじもじしてしまう。
「よくわからんが、どうして俺に見られたくないんだよ。他の連中ならいいのか?」
「そんなことは言っていない! ただ、私は貴族である以上に騎士なのだ! こんな屈辱的で破廉恥な姿、男に見られてたまるものかっ」
そう叫んで、彼女は「ひゃわわわ」と言いながら、庭に生えていた大木へと脱兎がごとく駆け寄り、陰に隠れてしまった。
そのまま顔半分だけ出して、恨めしげにグレアムに視線を投げて寄越す。
「なんだかなぁ」
一人呆れていると、子供たちが近寄ってきた。
「兄ちゃん! その子誰だ?」
十名近くいる子供たちのうち、四歳ぐらいの元気のいい少年がそう声をかけてきた。
「この子はラフィって言ってな、俺の娘なんだ。みんな、仲良くしてくれるか?」
にっこり笑うグレアムの言葉に、最初、子供たちはお互いに顔を見合わせるようにしていたが、すぐに笑顔で頷いた。
「ラフィちゃん、私たちと遊ぼっ」
グレアムが地面にラフィを下ろすと、早速すぐ側にいた愛らしい女の子が声をかけてきた。
ここの子供たちはグレアムとも面識があるから名前ぐらいは知っている。この子はセラという五歳の女の子だ。
彼女のすぐ側にはミリリという四歳の女の子もいる。二人は大体いつも一緒にいて、非常に仲がいい。
ここの子供たちは孤児院院長や数名の女性従業員が主に面倒を見ているが、マルレーネも運営に関わっているせいか、みんな孤児であるにもかかわらずキレイな服を着ていた。
身だしなみもしっかりしていて、ここが孤児院であることを忘れてしまいそうになる。
そんな彼らは既に散開していて、グレアムたちの元に残っているのはセラとミリリの二人となっていた。
ラフィはきょとんとしながらグレアムを仰ぎ見た。
グレアムはしゃがみ込むと、軽く頭を撫でてやった。
「二人と遊んできなさい」
「ぐ~たんは?」
「うん? 俺もここにいるから安心していいよ。見てるからさ」
にっこりと微笑みかけると、しばらくの間、不安そうに考え込む素振りを見せていたラフィだったが、やがて大きく頷いた。
「わかったのです!」
そう元気よく返事したあと、
「おねがいしますなのです!」
年上の女の子二人にぺこりとお辞儀する。
セラとミリリは顔を見合わせ、クスクスと愛らしく微笑んだあと、左右から挟み込むようにラフィの手を握って走っていった。
その場に残されたグレアムは立ち上がると、遠くから子供たちを見つめた。
孤児院がどのような運営をしているのかについては正直、グレアムはあまりよくわかっていない。
興味がないわけではないが、あまり込み入ったことに首を突っ込むのもどうかと思ったので、敢えて聞かなかったからだ。
一応、この村に来てから五年も経っているし、何度もここには足を運んでいるから子供たちが今みたいに庭で遊んでる姿や屋内で勉強している姿は何度も見ている。
将来、大人になったときに困らないようにと、職人工房の見学や野良仕事体験などをしている姿も見たことがあった。
だからそれなりに、いろんなことを学びながら毎日を生活しているのだろうということはなんとなく知っている。
(まぁ、他の農家の子供たちも家の手伝いしたり、週に一回教会で日曜学校に顔出したりしてるからな。ここも似たようなことしてないと、社会に適合できなくなってしまうしな)
ただ、この孤児院にはマルレーネが関わっている。普通の教育や仕事などをしていないのは確かだろう。
「あら……? これはグレアムさんではありませんか」
ふと、そんなことを考えながら物思いに耽っていたら、年配の女性が近寄ってきた。




