66.新たな危機の到来?
「化粧水!?」
「乳液!?」
「そんなのあるんですか!? 詳しくっ」
凄い剣幕で身を乗り出す三人娘。
一般的に、化粧品はあっても化粧水などを使うという風習はどこの国にも存在しない。貴族平民問わず。
今回シュラルミンツで販売された美容液により、そういった文化が一時的な広がりを見せたものの、今となってはタブーに抵触するため、誰も使いたがらない。
当然である。複数商品同時使用したら毒になってしまったのだから。
それゆえ、キャシーたちの食いつき振りは当然とも言える。安全に美しくなれるならこんなにおいしい話はない。
「え、え~っと……」
ここまで反応されるとは思わず、マルレーネは仰け反りながら苦笑した。
「そ、そんなにせっつかなくても教えますから。ですから落ち着いてください」
相変わらず瞳の色を輝かせている三人の勢いに気圧されながらも、マルレーネは簡単に説明した。
「化粧水や乳液といっても大したものじゃありませんよ。保湿効果や新陳代謝を高めて、乾燥やシミ、タルミなどを予防するだけのものですから」
事もなげに言うと、キャシーが目を剥いた。
「だけってっ。一番なんとかしたい部分じゃないの!」
「そうよっ。悩みの一番の原因はそれなんだからっ」
「てことは、レーネが使ってるものを私たちも使えば……」
顔を見合わせる三人の目の色が変わった。貪欲なハイエナのような瞳になっている。
「レーネ! 私たちにも作り方教えて!」
「一人だけキレイになろうとするなんてずるいわ!」
「そうですよっ。そうやって自分だけキレイになって、素敵な殿方を捕まえるつもりなんですね!」
むむ~んと、更に詰め寄ってくる三人娘に、たまらずマルレーネは悲鳴を上げた。
「わ、わかりました! 作り方はいろいろ手間がかかるので教えられませんが、代わりに私が余分に作って皆さんに差し上げますから!」
「よっしゃぁ~!」
三人娘はギルド内に響き渡るぐらいの大音声轟かせ、吠えた。
店内にいた冒険者や狩人たちが、びっくりしたように一斉に彼女たちを見る。
マルレーネはそんな彼らににっこりとした微笑みを浮かべながら、三人娘を見続けた。彼女たちは円陣組むようにしながら大喜びしている。
その何気ないいつものかしましい光景に、再び平和な日常が戻ってきてくれたことを実感して、彼女は胸の奥が温かくなっていくのを感じた。
「だけど、みんなの分も作るとなると、またグレアムさんにお願いしないといけないかなぁ」
独り言のようにぼそっと呟くと、耳聡くキャシーが反応した。
「グレアム? もしかして、あの人に作ってもらってるの?」
「いえ。作ってるのは私ですが、キレイな水が必要になるので、いつも魔法で清潔な水を用意してもらってるんですよ」
「そうなの?」
マルレーネが作っている化粧水などには精製水が必要となる。不純物すべてを取り除いてできた蒸留水に、肌にいい薬草エキスなどを混ぜて作っているのだ。そのため、井戸水を使うよりも魔法で作った水を蒸留した方が手っ取り早いというわけだ。
そんなわけで、彼女はいつも、水だけグレアムに用意してもらっていた。
「しかし、グレアムかぁ。あの人って、いったい何者なんだろう?」
唐突に、キャシーが眉間に皺を寄せて呟いた。
「ん? どうかしましたか?」
マルレーネが不思議そうに尋ねる。
「だって。あの人なんでもできるじゃない。魔法も使えるし、手先だって器用だし、剣の腕もそこそこ立つじゃない? 話に聞くと、スキルマテリアルとかっていうものも作れるみたいだし」
腕組みするキャシーに同意するように、エリサも頷いた。
グレアムの素性を知っているのは極一部だけなので、当然、キャシーたちギルド嬢三人組はまったく関知していなかった。
「確かにね。最近じゃ、キャシーに治癒魔法かけてくれたりもしてたんでしょ? ホント凄いわよね」
「うんうん。なんていうか、あの異常なまでの天然ささえなければ、本当に理想的とも言えるんですけどねぇ――だってあの人、結構気さくじゃないですか? 距離感近いから、女の子みんなその気になって、気が付いたときにはそこら中に女作ってそうですし」
心底残念そうに言うリーザに、キャシーもエリサも同意見らしく、思いっ切り溜息を吐いた。
しかし、すぐに何かを思い出したかのように、キャシーがマルレーネを見た。
「そういえば、グレアムで思い出したけど、今日は一度も顔出してないわよね? どこか遠出でもしてるの?」
「そういうわけではないと思います。たぶん、ラフィちゃん連れて、その辺散歩でもしてるのではないでしょうか。あの人、四六時中働きづめにならなくても大丈夫なくらいお金持ってますし、今日は孤児院に顔を出すと言ってましたから、おそらく今頃あちらにいるんじゃないかな」
それを聞いたキャシーが眉間に皺を寄せた。
「いいご身分ね。命を助けてくれたことには素直に感謝してるけど。でも、昼間から遊びほうけてるだなんて」
「そうよねぇ。だけど、グレアムさんに嫁いだら、贅沢できそうよね。だって、お金持ちみたいだし」
エリサがクスッと笑うと、リーザが不思議そうにする。
「ですが、どこからそんなにお金湧いてくるんでしょうか? 大したことしてるようには見えないんですけど」
キャシー、エリサ、リーザの三人は、怪奇現象にでも遭遇したと言わんばかりに首を傾げている。
マルレーネはそんな彼女たちの姿がおかしくて、クスッと笑ってしまった。
「皆さんご存じないと思いますが、グレアムさんって、この村に来たばかりの頃からかなりのお金持ってましたよ?」
「え!?」
マルレーネの言葉にキャシーがぽかんとする。
「あの人が住んでいる家も、改築するときに必要になった費用を全額、あの人が出していましたし。それにあの人が作っている品が結構な値段で売買されているみたいですので、普通に儲かってるらしいですよ?」
「そうなの!?」
「知りませんでした!」
エリサとリーザが目を剥く。
「エリサさん! これ、やっぱりグレアムさんを手込めにした方がいいんじゃないでしょうか!?」
「リーザもそう思う!?」
金持ちと聞いた途端に色めき立つ、なんとも現金な二人だった。
キャシーはそんな彼女たちを見て、呆れる。
「止めときなさいよ……いくらお金持ってるって言っても、あいつメチャクチャ鈍感だし、それに女ったらしだし……」
何か根に持っているように、すかさず突っ込みを入れるキャシーだったが、
「そんなの、この際目を瞑るべきよ。世の中すべてはお金次第よ!」
エリサはキラキラさせた瞳の色を変えることはなかった。
そんな彼女にリーザも頷くが、
「ですがグレアムさん、最近ラフィちゃんに夢中ですからねぇ。元々女性にあまり興味持ってなさそうな感じでしたし、余計に高嶺の花になっちゃったんじゃないですか?」
その意見につまらなさそうにするキャシーと、軽く溜息を吐いて項垂れるエリサ。
マルレーネはそんな彼らを眺めながら、
(なんだかグレアムさん、お嫁さん候補が日に日に増えていってるような気がするのは気のせいでしょうか?)
「このままだと、知らない間にラフィのお母さんになる人が現れてしまうのでは?」と、どこか複雑な思いのまま、そんなことを考えていたときだった。
店の扉が開き、高そうな服を着た見知らぬ男たちが姿を現した。
「たくっ。本当にしけた村だな。他と違って面白いもんがいろいろあるって聞いたから、わざわざきてやったっていうのにな」
そう吐き捨てるように呟いた細身の男に続いて入ってきた別の男も、ニヤけ顔を浮かべる。
「まぁ、仕方ないですよ、ヘリンス様。シュラルと比べたらどこの村もみんなこんな感じですって」
「そうですよ。ま、俺たちの本来の目的は鷹狩りですし、適当に逗留して、さっさと次の場所へ行きましょうや」
「それもそうだな」
腰に剣、背中に弓をしょった男たち三人は、ニヤニヤしながら周囲を物色し始めた。そして、その視線が一番奥のカウンター付近で固まっていたマルレーネたちへと注がれ、止まる。
彼女たち四人は突然のちん入者たちが見せた言動から、忌避すべき相手と経験則から判断し、すぐさま対応策を講じようとしたのだが、男たちの行動はそれよりも早かった。
「どうしようもないくらいのくそったれな村だと思っていたが、このギルドだけは他のどの町よりも優れているみたいだな。どいつもこいつも粒ぞろいじゃないか。是非、僕の妾に加えたいぐらいだよ」
ヘリンスと呼ばれた金髪の青年はそう言い、マルレーネを見てニヤッと笑うと舌なめずりした。




