5.遭遇
(はぁ……参ったな)
グレアムは草むらに伏せて隠れているマロと同じように、天高くそびえる大樹の陰に隠れながら、前方の様子を窺っていた。
隙間なくびっしりと生い茂る樹林のせいで、日の光があまり差していない。
視界があまりよくないから、肉眼ですべてを捉えるのは不可能に近い状態だったが、それが逆に逃げる女児には助けとなったのだろう。
「どこ行きやがったっ。探せっ。探し出して生け捕りにしろ!」
革鎧をまとったリーダー格と思しき筋骨隆々の男が、怒声を飛ばした。
グレアムが確認した限りだと、男たちは九人ほどおり、草木をかき分けながら右往左往している。
腰に長剣を携帯しているものの、手には網やら棍棒などを持っていることから、おそらく殺すつもりではないのだろう。
一瞬、ここに来るまでの間、もしかしたら今もまだ自分を追っているかもしれない聖教国の刺客かもと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。
(となると、奴らはいったい何者だ? この地方の人間であれば、ここが曰く付きの森だということは知っているはずだ。それなのにこんな場所に入るなんてあるはずないし、てことは外部の人間か?)
考えられる唯一の答えは奴隷商という線だ。
一応、この国では奴隷売買は禁止されている。しかし、どこにでもそういう法の目をかいくぐって、犯罪に手を染める輩はいるものだ。
(おそらく、闇の奴隷市に売り飛ばしている奴隷商に雇われたごろつきといったところか)
奴隷として捕らえた女の子を移送中に、なんらかの原因で逃げられ追いかけてきたのかもしれない。あるいは――
(どうする? 下手にここで揉め事起こすと、のちのち面倒なことになるのは目に見えている。村に被害が及ぶかもしれないしな)
一応グレアムは、今もまだお尋ね者であることに変わりはない。下手に大立ち振る舞いすれば自分の所在がバレて、刺客が送られてくる可能性がある。
その辺の事情に関しては、村長やマルレーネ、一部の村人たちには説明してあるから、村に招かれざる客が来ることもあり得ると、理解はしてもらえているはずだ。
しかし、いざ本当に賊どもが侵入してきたら、戦闘力のない村人たちなど、たとえ対策を講じていたとしても、争乱に巻き込まれたらあっという間に殺されてしまうだろう。
だから逡巡してしまう。
事情を知りながらもなお、お尋ね者である自分を迎え入れてくれた村長たち。
詳しい事情は知らないものの、どこの馬の骨ともしれない流れ者のグレアムを温かく受け入れてくれた村人たち。彼らには極力、迷惑をかけたくなかった。
(しかし、かといってこのまま見過ごすというのも胸くそ悪い)
見て見ぬ振りすれば、間違いなくあの女の子は暴漢たちに取っ捕まり、悲惨な末路を辿ることになるだろう。
(助けるか、それとも無視するか)
そうグレアムが苦悩したときだった。
「いたぞっ。そこの草むらん中だっ。取っ捕まえろ!」
一人の男が絶叫を放った。
たちまちのうちに怒号が飛び交い、グレアムから見て真正面の樹林の間を包囲するように、男たちが走り始めた。そして――
「捕まえたぞっ。さんざか面倒かけやがってっ」
「ゃ~~~! はなしてっ。はなしてくださいなのですっ」
リーダー格の暴漢に抱きかかえられる形となった少女。
薄闇の中でもはっきりとわかるぐらい、彼女は大暴れして泣き叫んでいた。
その背丈も本当に小柄で、まだ三歳とかそのぐらいにしか見えない。
薄汚れたボロボロの服を着ていて、白銀の髪も衣服同様ボサボサだった。
ここからでは表情の細部までは見えなかったが、それでも恐怖や絶望一色になっているであろうことは容易に想像できた。
「これは……やっぱりあれだよな。ほっとくなんてこと、できるはずがない」
(ただ薬草採りに来ただけなんだけどな)
グレアムは一人、ぼそぼそと呟きながらも、朝早くに占師のライラが言っていたことを思い出していた。
『いいこと? よく聞きなさい。あなたの判断次第で、あなたの今後の人生が変わってくるわ。取るに足らない小さな選択肢だけれど、将来的には世界を巻き込むような大きなうねりの中へと引っ張られていく可能性がある。だから重々考えることね。どうするかを』
(ひょっとして、これもお前が言っていた小さな選択肢とやらの一つなのか?)
そう自問自答しながらも、既に答えを見出していたグレアムの取る手段は決まっていた。
素早く懐から取り出した小さな羊皮紙にペンを走らせると、伝書用の筒に入れ、チョコの背中ポケットにそれとわかるように収めた。その上で、
「チョコ。急いでギルドに応援を寄越すように連絡してくれ」
まるでその言葉がわかったかのように、カルガモのチョコは一声「グワッ」と鳴くと、村の方へと飛び去っていった。
「マロ」
「ニャ」
チョコが離れていく姿を見届けたグレアムは短く白猫の名前を呼ぶ。
マロは心得たように、右手側へと移動し始めた男たちの背後を突くように駆け始める。
(俺も行くか)
グレアムは腰の長剣を引き抜こうとして、すぐさま思いとどまった。
「さすがに幼女の前で流血沙汰はまずいよな」
一応グレアムは、初級程度であれば八属性ある古代魔法のすべてを使用することができる。しかし、愛用の剣同様、そんなものを使ったらやはり流血沙汰になりかねないし、家に代々伝わる特殊な剣術を使ったらもっと悲惨なことになるのは目に見えている。
「やはり、コレしかないか」
グレアムはぼそっと呟き、彼もまた素早く駆けていった。
そして次の瞬間、男たちの一角から怒号と悲鳴が上がった。
チョコちゃん、伝書鳩にされていますが、マロちゃん同様、おかしな能力を持っているので本当に頼りになる鳥さんです。
それからグレアムさんは最強と言われていたぐらいなので、こちらもまた、変なスキルいっぱい持ってますが……全力攻撃したらとんでもないことになります。
【次回予告】
6.暗闘