64.暗躍する者たち
そこは、ろうそくの明かりだけが照らす薄暗い一室だった。
汚れた長方形の作業テーブルが中央に置かれ、窓のない壁の三方に背の高い棚が設けられている。
よくわからない瓶や箱、草などが入った入れ物が雑多に収納されていた。
そんな陰鬱な一室に、二人の男が互いに向かい合うように佇んでいる。
一人は細長い瓶を手にした初老の男。もう一人は、鉄仮面をつけた黒いローブの男。
二人は互いに対峙し合い、うち、初老の男が声を荒らげた。
「どういうことですか! 話が違いますっ。あなた方が用意したあれを使えば、上等な品ができるとそうおっしゃったではないですかっ。なのに、蓋を開けてみればとんでもない欠陥品だっ。あんなもの、どうしろとおっしゃるんですか! しかも既に、捜査の手がすぐそこまで迫っているんですよ!?」
初老の男は額に青筋立てながら、今しも手にした瓶を黒ローブの男へと叩き付けそうな勢いだった。
それに、どうやら黒ローブの男は笑ったようだ。
「何を今更。お前が望んだことだろう? 俺は言ったはずだ。諸刃の剣だと。それでも構わないと言ったのはお前だ」
残忍とも言える声音を絞り出す黒ローブの言動を前に、男は立っていられなくなってしまったかのように、頭を抱えて床に膝をついた。
「おしまいだ……このままだと破滅するっ。どうしてうちの商品が他のと使われると毒になるんだっ。こんなのおかしいだろう……!」
「……本当に今更だな。お前も薄々気付いていたのではないか? アレが混ざっていたことに。錬金術師の端くれならな。だが、それなのに製造をやめられなかった。その時点でお前は詰んでいたんだよ」
黒ローブは「とにかくご苦労だった。データは取れたからな。お前の役目はこれでもう終わった」と呟き、上階へと繋がる階段へと歩いていった。
一人取り残された男の瞳がどんどん虚ろなものへと変わっていく。
「終わった……もうダメだ。こんなの絶対に間違っている――あぁ、そうだ……逃げよう……誰にも捕まらないところへ……」
男はぼそぼそ呟きながら、部屋を出ていった――と、その瞬間、
「ギャァァァァ~~~……!」
上階から、誰のものかわからぬ断末魔にも似た叫び声が聞こえてきた。
どかっと、派手な音を立てて、何かが床に転げ落ちる音が複数鳴り響く。
「あは。ダメだよ、逃げたりなんかしたら」
地下室の外から陽気な声が聞こえてきた。そのあとに続くように、舌打ち音が鳴ったあと、さびを含んだ男の声が響く。
「……余計な真似を」
「だってさぁ。勝手なことされたら予定が狂っちゃうじゃん?」
「狂ったところで計画に支障はない。所詮は最初から切り捨てるつもりで用意した、ただの草木に過ぎぬのだからな。我らが張り巡らせた根は、やがていつか必ず、そこら中の大地から若葉を芽吹かせることになる。ただそれだけのことだ」
「ま、あんたがそう言うなら別に構わないけどね。だけど本来、計画が完了したら関係者すべて抹殺する。それが、僕たちに課された掟でしょ?」
あっけらかんとした口調でそう答える少年のような声の持ち主は、どうやら鼻で笑ったようだ。
そんな彼に、もう一人の男は寡黙に、されど――
「一つお前に忠告しておく。これ以上余計な真似はするな。特に、間違ってもあの男にだけはちょっかいかけてくれるなよ? 死にたくなければな」
酷薄さすら感じさせる冷たい響きに、少年は「おお、こわ」と、どこかおどけたような声を出した。
「ボクだってまだ死にたくないからね。あんな化け物みたいな奴に絡むほどバカじゃないさ。あんたならいざ知らず、ボクじゃ絶対に勝てないからね」
そう答えて、彼は「あはは」と笑った。その上で、
「だけど、逃げたドブネズミに差し向けた連中はどうやら怖い怖~いあの人に取っ捕まっちゃったみたいだし、まぁ仕方ないよね。足つくと面倒だし、あんたがなんと言おうと、あいつらは消すからね?」
しばらくの沈黙ののち、
「……勝手にしろ」
もう一人の男はそう、感情のない声で呟いた。
二人の男の気配が地下室の外から徐々に消えていく。室内には、薬品の臭いと血臭だけがいつまでも漂っていた。




