63.シュラルミンツの商人
中央広場で騒動が起こったあの日から二日が経過した。
突然起こった奇妙な一件の真相がわからず時間だけが過ぎ去っていったが、それでも、なんとか懸命の治療により、商人は一命を取り留めた。
本来であれば、ここまで回復できるとは思っていなかったが、おそらくデューイや薬を作っているエルグランツの腕がよかったのだろう。
どうやら医学の見識も持っているらしいマルレーネのそれも、多分にプラスに働いたのかもしれない。
ともかく、キャシーの容態も安定しているし、商人の方も意識を取り戻して話せるようになっていた。
一方、捕らえた暗殺者だが、こちらに関しては意識を回復したあと何度も尋問したが、結局何もしゃべらずじまいだった。
そこで、グレアムたちはシュラルミンツから役人が来るまでの間、一連の事情を知っていそうな商人から話を聞き出そうとしたのだが、男が語ってくれた内容に大層驚かされた。
「俺たちはシュラルミンツから逃げ出してきたんだよ」
「逃げてきただと?」
役場の救護ベッドに寝かされていた商人の言葉に、その場に立ち会っていたグレアム、村長、デューイの三人は顔を見合わせた。
商人は、洗いざらい、すべてを話してくれた。
彼らはシュラルミンツで商会を経営する男に頼まれ、とある薬品を精製していた錬金術師とのことだった。
そして、その薬品というが、例の、キャシーが使っていた美容液の中に含まれていた奇妙な成分ピリリムと呼ばれる鉱物由来の化学物質だった。
「そいつがいったいどこの商会の人間かはよくはわからない。だけど、俺たちの錬金屋に来るときにはいつも、黒ローブの男たちと一緒だった」
「黒ローブって、襲ってきたあいつらのことか?」
「わからない……。中身までも同じかどうか判断できないが、見た感じは一緒だった。おそらく護衛か何かに雇ったごろつきかなんかなんだと思うが、とにかく、その商人は金払いがよくってな。何に使うか知らないが、ピリリムを大量に作って欲しいって依頼されたんだ」
「なるほど。だが、そのピリリムだかっていうのはいったいなんなんだ?」
錬金術に関してはグレアムはあまり詳しくない。彼が知っていることといえば、スキルマテリアルや魔法スクロール、それから魔導具に使われる薬剤ぐらいだ。商人と思っていた錬金術師の男が言う成分は初めて聞くものだった。
「物質自体はなんの変哲もない粉末素材で、組成はカルシウムに近いかな」
「カルシウム?」
「あぁ。一応水溶性だから水によく溶けることで知られている。用途もいろいろだが、一番よく使われるのは粘性が必要となってくる薬剤だ。それらに混ぜることで粘液状となる。だから塗料や顔料とか、とにかくそういったドロドロしたものを作りたいときによく使われる品物なんだ。まぁ、塗料とかには油とか他にもいろいろ混ざってるがな」
「なるほど。事情はよくわかったが、しかし、なんでそんなものを大量生産して欲しいなんて依頼が来たんだ? その商人とやらは、本当に使用用途を話してなかったのか?」
美容液の中に含まれていた成分とも合致していることから、可能性として考えられるのはそれに混ぜて粘性を高めるために作らせた、ということになるのが。
しかし、話を聞く限り、他にもいろいろな用途に使われるようだし、断定はできない。
黒ローブの暗殺者とやらが絡んでいる上に、ジグールテリスを合成する成分の一つとなることから、可能性は限りなく黒ではあるが。
相変わらず顔色の悪い錬金術師の男は、グレアムの質問に首を横に振った。
「……いや。すまんが、さっき言ったとおりだ。奴らからは何も聞いていない。それに、俺たちもそういう裏事情には首を突っ込まないというのが暗黙の了解になっていたからな。だが……」
男はそこで口をつぐむと、怯えた風になる。
「風の噂で聞いたんだよ。町の中でおかしな病気が流行始めているってな。それとともに、俺たちに依頼してきた商人とは別の商会が、えらい儲かり始めていて、一方で、そいつと関わっていたお抱え錬金術師どもが、片っ端から行方不明になってるって聞いてな」
「行方不明だって? ひょっとして、その商会っていうのは庶民向けの安い化粧品を売っていた店か?」
グレアムがそう聞くと、男はしばらく思い出すようにしてから頷いた。
「たぶん、あんたの言うとおりだと思う。俺はあまりよく知らないが、そいつのとこはしばらく前まではかなり経営状態が悪化していたらしくてな。それで、いつ潰れてもおかしくない状態と言われていたのに、急に羽振りがよくなったとかなんとか。だが、さっきも言ったとおり、おかしな病気が流行始めてから錬金術師も消えちまい、更にこの事態を重く見た領主が軍を動かしたとかって噂が流れ始めたんだ。それで、もしかしたら俺たちも危ないかもしれないって思って逃げてきたんだよ。そいつの商会にも、俺たちにピリリムを作らせたときにいた黒ローブが出入りしていたって話だったから」
「そいつのところもか?」
「あぁ……」
「なるほど。つまり、なんらかの理由で、二つの商会が裏で繋がっていた可能性がある。もしくはそもそも、両方とも同じ商会だったのかもしれないってことか」
「あぁ。実際のところはどうなのかわからないが、とにかく怖くなってな。それでこの村まで逃げてきたんだが、どこでどう間違ったのか、知らない間に毒を盛られていたみたいだな」
男はそこまで言って、軽く咳き込んでから最後に感謝を告げた。
グレアムは彼の話を吟味し、もしかしたら、関係者全員最初から口封じに殺すつもりだったのかもしれないなと思った。
おそらく、この錬金術師に薬剤を作らせた商人とやらが美容液を生産し、町にばら撒いた張本人なのだろう。
そして、同じタイミングで化粧品をばら撒いたもう一つの商会がある。
なんの目的があってそんなことをしたのかはわからないが、実際にこの一件に関わった錬金術師が行方不明になっていることを考えると、逃げられたときのことを考えて、事前に手を打ってあったのかもしれない。こっそり彼らが逃げるときに持っていきそうな道具類や保存食なんかに致死量のジグールテリスを仕込んだとか。
そして、実際に村に来たときになんらかの形で毒を間違って服用し倒れた。
暗殺者たちは二人が逃げたことを知りここまで追いかけてきたが、グレアムとクリスによって返り討ちに遭った。
「よくわからない事件だな」
それまで黙って聞いていた村長が唸るように呟いた。そのあとに続き、デューイが頷く。
「そうだな。あの黒ローブの連中がなんなのかもわからんし、商人どももよくわからん。ただ、一つ言えることは、そんな怪事件にキャシーが巻き込まれてしまったということだ」
「あぁ。本当に不憫な子だよ」
ともあれ、これである程度点と点が繋がった、そんな気がする。
一連の事件は偶然が重なった不幸な事故なのではなく、人為的に引き起こされた何かしらの意図があっての事件だったのかもしれないと。
首謀者が誰なのかはわからない。
しかし、既にシュラルミンツの領主も動き出しているという話だし、この村で調査した資料や証人もある程度揃っている。これだけあれば、近い将来、事件の全貌が明らかになるのも時間の問題だろう。
グレアムは村長たちに別れを告げると、キャシーの世話などで忙しいマルレーネの代わりに、役場までラフィの面倒を見に来てくれたスノーリアとオルレアが待つ隣室へと一人向かった。




