62.暗殺者
「デューイ! あとは任せた! 何がなんでもそいつを死なせないようがんばってくれ!」
「――おい!」
突然魔法を中断して抜剣しながら駆け出したグレアムに、その場にいた全員が面食らった。
しかし、そんなことなど気にしていられない。なぜなら、彼の予想が正しければ、あいつらは間違いなく暗殺者だ。
刺客は二名。
「クリス! お前の出番が来たぞ!?」
「へ?」
「へ、じゃない! あの黒ローブの連中を返り討ちにしろ! 俺は左をやる。お前は右だ!」
「わ、わかった……!」
ようやく状況が飲み込めたのか、赤毛の女騎士もすぐさま駆け出し剣を抜いた。そして、左右へと飛び退いて高速移動しながら、倒れている商人の元へと向かっていると思しき男の一人へと肉薄していった。
グレアムはそれをチラ見して確認しただけで、自身もまた、すぐ目前に迫った男へと一跳足で距離を詰める。
そのまま大上段から愛用の宝剣を振り下ろすも、敵の動きは予想外に速かった。
素早く横っ飛びにかわされ、更に敵はグレアムに見向きもせず、そのまま人だかりに向かって駆けていこうとする。
「ちっ、そうかよっ」
どうやら相手は何がなんでもあの商人を暗殺したいらしい。おそらく、商人たちを毒殺しようとしたのもこいつらなのだろう。
武器に塗布してあったのか。それとも別の何かか。
ともかく、
「やらせるかよっ」
このまま敵の好きにさせたら、あの商人だけでなく、近くにいる村人たちまで死傷することになる。そして、その中にはマルレーネやラフィもいる。
突然の事態に悲鳴を上げて遠くへと逃げていく村人たち。そして、ラフィを抱っこしながら錬金屋の方へと非難していくマルレーネ。
それらを視界に捉えながら、グレアムは更に速度を上げ、暗殺者の前へと躍り出た。
そのまま思い切り横薙ぎに振り抜いた長剣が暗殺者の横っ腹を捉えようとする。
さすがにそれは避けられないと悟ったのだろう。慌てて手にしていた剣で受け止める。
共鳴音にも似た甲高い音が周囲に鳴り響いて耳朶を打った。
「くっ……」
ようやく動きの止まった黒ローブは、これほどの手練れがこの村にいるとは思いもしなかったのだろう。
酷く焦ったような表情を浮かべ、額から冷や汗を流していた。それを視認し、グレアムはニヤッと笑う。
「やっと俺の相手をしてくれる気になったようだな。嬉しいぞ、名無しの暗殺者くん?」
「ちっ。お前はいったいなんなんだ! 俺たちの邪魔をすんじゃねぇ!」
壮年の暗殺者は下からすくい上げるように剣を繰り出してきたが、それを見切っていたグレアムは軽くいなして逆に上へと跳ね上げていた。
その後も、幾度となく剣の打ち合いが続いたが、
「ふむ、この程度か。てっきり奴らかと思っていたが、そうではなさそうだな」
「お前はさっきから何を言ってやがる!?」
「気にするな。独り言だ。それよりも――」
グレアムは上から振り下ろされた相手の剣を思い切り上へ弾くように打ち抜いた。
「バカなっ……」
ガキーンと派手な音を立てて、敵の剣が真っ二つにへし折れてしまった。そして、
「お前には聞きたいことが山ほどある。しっかりとしゃべってもらうからな?」
そう呟くように宣言し、剣の腹で思い切り相手の腹部を強打したのである。
「がはっ……」
まるっきり反応することすらできなかった男はそのまま沈黙する。
バタンと地面に倒れ込み、手からこぼれ落ちた長剣の残骸が転がった。
グレアムはそれを拾ってしげしげと眺める。
「……毒は……なさそうだな。となると、あいつらはなぜ?」
グレアムは商人がいた場所に視線を飛ばす。そこには若干青ざめた表情をした村医者デューイと村長の二人が固唾を飲んで様子を見守っていた。
「どうやら、商人の方もなんとか持ち堪えてくれたようだな」
穏やかな表情のまま気を失って眠っているらしい男を見て、胸を撫で下ろす。
「で、あとはあっちだが……」
そうして視線を向けた先には、
「お~いっ、グレアム~! こっちは片付いたぞぉ~!」
なんでそんなに離れたところにいるのかというぐらい、ギルドがあるこちら側とは真逆の宿屋辺りで、大手を振って叫んでいる女騎士の姿があった。そして、その足下には、尻だけ高く突き上げ股間を押さえたまま地面に突っ伏しているもう一人の男が転がっていた。
◇
「ぎゃぁぁ~。いてぇっ、おいっ、なんだこのネコは!」
峠を越えた商人の男と、残念ながら亡くなってしまったもう一人の亡骸を役場の救護場兼遺体安置室へと運んでいる間に、捕らえた賊二名を拘束してそちらも牢へと運び入れようとしていたのだが。
グレアムが倒した方の男をとりあえず縛って地面に転がしておいたら、なぜか、どこからともなく現れた白猫のマロが賊の背中へと飛び乗ると、そのまま前肢をガリガリし始めたのである。
それで目を覚ましたらしい賊が突然悲鳴を上げたというわけだ。
「おい、マロ。お前はいったい何をしているんだ?」
「ニャ~? ……ニャ~~♪」
まるで『いい爪とぎが見つかったニャン』とでも言いたげに、楽しげに鳴いたかと思ったら、更に高速で前肢を動かし始めた。
「おいおい……本当に楽しそうだな、お前……まぁ……いっか」
グレアムは見なかったことにしようと思ったのだが、
「いいわけねぇだろうが、くそがっ。さっさとこいつを止めさせろ――ぎゃぁ~~、いてぇ」
際限なく掘り掘りし続けるもふもふ毛玉の白猫さん。
そんな彼を見て、この騒動に気が付き野次馬しにきていたおっさん冒険者トリオの一人が、
「改めて思うが、やっぱこえぇなそのネコ。絶対俺たちに近づけるなよ?」
「だな……」
「くわばらくわばら」
三人が三人とも顔を引きつらせ、額面通りビクついていた。そこにはいつものニヤニヤ笑顔はない。
そんな彼らの存在に気が付いたのか、突然マロは動きを止めると、おっさんたちを見た。そして、
「シャァ~っ」
「ひぃ~~!」
いきなりシャー攻撃を発動し、下にいた男はその声を聞いて再び気絶。おっさんたちは蜘蛛の子散らすように遁走していった。
「いったいなんなんだよ、あいつら。何がしたかったんだ?」
一人眉間に皺を寄せていると、
「こっちも終わったぞ」
もう一人の男を縄で縛っていたクリスがそう宣言し、黒ローブの首根っこを掴んでいた。どうやら、そのまま役場の牢まで引きずっていくつもりらしい。
(マロもそうだが、お前ら拷問だぞ、それ)
片ややってやった感満々で、毛繕いし始める白猫。
片や得意満面、久しぶりにグレアムの役に立てて嬉しかったのか、ニコニコしている女騎士。
そんな二人を見て、グレアムは派手に溜息をつくしかなかった。
新しい拷問器具『マロ一号』の登場に、その後、村中が震撼したという……本当に?
チョコ「マロばっかりずるいグワッ。私もツンツンしたかったグワッ」
【次回】63.シュラルミンツの商人
どうぞお楽しみに~




