60.うん、わかってた。お約束だよね?
「た、ただいまぁ……」
「グレアムさん……」
一人では抱えきれないぐらい大量の枝を入手してしまったせいで、グレアムたちはクリスだけでなく、小さなラフィや近くの畑で野良作業していた村人たちまで使って、大人四人、ちびっ子一人の計五人がかりでセプテマイコスの枝を村に持ち帰ってきた。
そしてその足で錬金屋へと顔を出したのだが、当然のように、待っていたマルレーネに呆れられてしまった。
どうやら怒る気にもなれなかったらしい。
「何をどうしたらそうなってしまうのですか。私は十数本と言いましたよね? それなのにどうして百本、二百本も採ってきてしまうのですか……」
マルレーネが白い目を向けてきたので、運ぶのに協力してくれた村人たちは、面倒事はごめんとばかりに、逃げるようにその場を去っていった。
「ぃ、いやぁ……それがだね? 言われたとおりにやったんだが、なぜか敵が一斉に襲いかかってきたんだよ。それで仕方なく対応していたら、気が付いたときには……」
――このざまです。
そう告げたら、更に呆れられた。
枝が多過ぎたため、さすがに二階に持っていくわけにもいかず、錬金屋の店内に荷物を下ろした状態で事情説明していた。
そんなグレアムたちに、やはり先刻マルレーネと一緒に二階から下りてきた村医者デューイもまた、呆れたような顔をした。
「これはさすがに多いなんてもんじゃないな。おそらく一年分以上もの材料になるんじゃないか?」
「そ、そんなにか?」
「あぁ。まぁ、薬として磨り潰す前に一度乾燥させなければならんから、どのみち貯蔵はするのだが、それにしたってな。置場もないし、すぐに処理しておかなければ腐って使えなくなってしまうぞ」
「そうですね。それに、素材集めは冒険者へ定期的に生活費を稼がせる手段という意味もありましたからね。それなのに一度にこれだけ採ってきてしまわれますと、当分、仕事を発注できなくなってしまいますね」
「そう……なのか……?」
何か言いたげにじと~っと見てくるマルレーネに、グレアムは乾いた笑い声を返すことしかできなかった。
「まぁ、ともあれ。やってしまったものは仕方がない。話を聞く限り、やっこさんたちもおそらく、グレアムが発する尋常ならざる気配を感じ取って、本能的に恐慌状態に陥ってしまったのかもしれんしな。こればかりは仕方があるまいて」
(俺を見て恐慌状態に陥るとか、俺は魔王か何かか?)
デューイの本気とも冗談とも取れる発言にぽかんとしていると、村長やキャシーの父親まで二階から下りてきた。
「実にグレアムらしい戦果だな」
難しい顔をして皮肉を言ってくる村長。どうやら今後の村落経営にどれだけの影響が出るか計算しているようだ。
「だが、これでキャシーが救われることも事実だ。助かった、グレアム」
錬金屋の親父は素直に頭を下げて感謝してくれる。グレアムはいろいろな意味で居心地が悪くなった。
「いや、完璧な仕事をこなせなくてすまない。だが、品質だけは保証できるはずだ。取れたてだし、何より選びたい放題だからな」
言い訳がましく苦笑するグレアムの姿を見て、もう一度マルレーネが溜息を吐いた。
「とりあえず、これであとは薬を調合するだけですし、キャシーの経過を観察しながら様子を見ていけば、おそらくある程度元の生活には戻れるようになると思います。グレアムさんもクリスさんも、それからラフィちゃんもお疲れ様でした。あとはこちらでなんとかできますので、十分身体を休めてください」
「あ、あぁ、わかった」
グレアムはそれだけしか返せず、終始、愛想笑いを浮かべ続けた。
「あ、クリスさんはこの場に残ってくださいね。お願いしたい仕事がありますので」
「ん? そうなのか? 了解した」
首を傾げながら応じた女騎士に、早速マルレーネは何やら指示を出し始めた。
それを見ていたグレアムはようやく一息つけることになって、内心ほっとした。
実にいろいろあった数日間だったが、なにわともあれ、これでキャシーはもう心配いらないだろう。あとは医者や医療の知識を持っているマルレーネたちに任せておけば、すべては丸く収まるはずだ。
(だが……それはそれとして、まだすべての問題が解決したわけじゃないんだよな)
キャシーの治療はなんとかなりそうだったとしても、そんな彼女をこんな目に遭わせた犯人がまだ捕まっていないのだから。
今回の一件の根本原因である化粧品や美容液の出所を突き止め、首謀者に「なんでこんなものを作ったのか」と問い詰め、制裁を加えてこそ、本当の意味での一件落着となる。
二つが混ざり合うことで毒物が生成されるよう意図的に仕向けたのか、それとも単なる事故だったのかも含めてきっちり調査しなければならない。
しかし、残念ながらシュラルミンツの錬金屋や商人が絡んでいるとなると、グレアムにはこれ以上どうすることもできなかった。
領主が直接治めるあの町で起こった犯罪をどうにかできるのは、領主ただ一人だけなのだ。この村で被害者が出たとしても、ただ報告して捜査協力することしか許されていない。
領主の管轄する領地に組みするすべての村落は、犯罪が起こった際には報告する義務があるが、たとえ自分の村で被害者が出たとしても別の村に犯罪者がいた場合、その犯罪者がいる村が責任を持って犯人を捕縛し、その上で領主が裁きを下すという決まりがあるからだ。
そのため、村をまたいで犯罪者を捕まえに行くことなど許されてはいなかった。
(まぁ、俺には奥の手があるからな。なんとかしようと思えばどうとでもできるが。ただ、あまり目立ったことすると、別の意味で面倒なことになりそうだし、なるべくなら避けて通りたいところだ)
グレアムはいろんな意味で、あまりあの町には行きたくなかった。以前逗留していた公都も、であるが。
(キャシーの恨みを晴らしてやりたいのは山々だが、これ以上首を突っ込んでもいいことは何もないか)
自分を納得させるために、そう自身に言い聞かせていたのだが、
「グレアム」
突然、難しい顔をしていたエルグランツが声をかけてきた。
「娘が無事、元気な姿を取り戻したら、そのときは改めてあいつの喜ぶことをしてやって欲しい。頼んだぞ?」
「へ……?」
意味深な視線を向けてくる強面のおっさんに、グレアムはただ、ぽかんとするだけだった。
そして、そんな男二人の何やら怪しげな密談を耳聡く聞きつけたらしいマルレーネが、徐々に碧い双眸を細めていく。そして、何やらもの言いたげに口を開きかけた――そんなときだった。
「た、大変です……! 村長様!」
突然、勢いよく扉を開けて一人の男が中に入ってきた。先程荷物を運んでくれて、けれど、マルレーネの怒気を恐れて逃げていった男だ。
「村に来た余所者が、急に広場で泡吹いて倒れました……!」
顔中を汗で濡らした村人の報告に、その場にいた全員が固まった。




