58.興奮するちびっ子たち
「これが……噂のサン・ジュアン川か。下流の橋を素通りしたことはあったが、こうやって改まって見る機会は今までになかったな。清流というだけあり、確かに水もキレイだし流れも穏やかだ」
眼下を見下ろしながら感心するように呟いたグレアムに、左に立つクリスも頷いた。
「あぁ。下流も上流も、ここから見る分には魔物や魔獣の類いは見られないし、のどかでいい風景だ」
そう言って、クリスは深呼吸しながら、時折北から吹いてくる湿り気の帯びた微風を気持ちよさそうに浴びている。
グレアムに抱っこされていたラフィも、物珍しそうに大きな瞳を目一杯広げ、周囲をキョロキョロしていた。
「ぐ~たん! おみずがいっぱいなのです! キラキラがすごいのです!」
楽しそうにはしゃぐ幼子に、グレアムは自然と笑みがこぼれた。ここへ連れてきてよかったと、素直にそう思えた。
「あぁ。本当に凄いなぁ。水がいっぱいだ」
「うん~~! でもでも、ぐ~たん! どうしてこんなにいっぱい、おみずがあるですか?」
「ん? どうしてか。う~ん。どうしてだろうなぁ?」
この川の上流には、結構大きな湖があり、更にその先には険しい山脈があると言われている。
グレアムはこの川の下流に架かる橋は何度か行き来したことはあるものの、中州も上流にも行ったことはない。なので、この川の水がどこから湧いているのかよくわかっていなかった。
おそらく山から湧き出た水がここまで流れているのだろうということは理屈でわかるが。
ただ、そもそも水が湧き出るという現象を説明して、果たしてちびっ子がどこまで理解できるだろうか。
「う~ん。そうだなぁ。この水は川って言うんだけど、この川のずっと向こう側には大きな山があるんだ。ここの水はね、そっちの方からいっぱい流れてきてるんだよ」
苦し紛れの説明に、ラフィはきょとんとしながら「ふ~~ん」と返事をしたが、それでも彼女なりに納得してくれたようだ。すぐに笑顔を取り戻すと、目も口も大きく開けたまま、再びそこら中を見渡すようにした。
「おみずがいっぱい! チョコちゃんもきっと、おみずがいっぱいあっておおよろこびなのです!」
ひたすら楽しそうにキャッキャしているラフィを見ていたら、すっかり本来の目的を忘れて、ほんわかし続けそうになってしまった。しかし、すぐさま当初の目的を思い出して「はっ」と我に返ると、グレアムは注意深く前方を見据えた。
眼下のサン・ジュアン川は、土手を下ったすぐ下は砂利になっており、ところどころから草が生えていた。そして、そこから更に川の中心へと少し歩いていくと、水のあるところにぶつかる。
対岸もそんな感じで、土手から土手の間のすべてが水で覆われているわけではなかった。
おそらく、雨などが降って水量が増えると、一面が水で満たされるのだろう。
「お目当ての中州はもう少し上流みたいだな。中州付近も土手の下は砂利になってるし、下りて移動するか」
砂利に挟まれるようにして川の中央に清流が流れているところが目の前に広がっているが、そこから少し上流へと歩いていったところに、川のど真ん中にたくさんの木が生えた陸地のような場所が広がっていた。
おそらくあれが、目的の中州だ。
「わかった。だが、ここからは慎重に行った方がいいだろう。あの中州には魔獣がいるという話だし」
「そうだな。マルレーネの話によれば、水辺まで近寄らなければ攻撃してくることはないそうだから、なるべく土手を下りてすぐのところを歩いていこう」
「わかった」
グレアムとクリスは頷き合うと、滑るように土手を下っていった。
そしてそのまま、歩きにくい砂利の上を移動していき、やがて中州付近まできて歩みを止めた。
「あれか?」
「あぁ。そのはずだ。他に中州はないからな」
土手付近から十ヴァル(約十四メートル)ほど離れた川中央に流れる水の、更にその向こう側にある中州を見つめながら、二人は呟いた。
ここから見る限り、別段特に怪しい雰囲気は欠片も感じられない。
中州に生えている無数の木々は、どこからどう見てもただの木だ。背丈も人間の大人と大して変わらないような低木だし、普通にその辺に生えている木と変わらない。
枝が絶えずうねうねしているわけでもないし、幹に顔があるわけでもない。涎のような粘膜に覆われているでもないし、本当にただの木だった。
一瞬、本当にここで合っているのかと疑いたくなってしまったが、
「ニャ~!」
危険探知能力に長けたマロが毛を逆立て、威嚇するように鳴いていた。その反応を見る限り、やはりここで間違いないようだ。
しかも、マロだけでなく、チョコまでもが何やら「グワッグワッ」と、羽をバタつかせて怒っている風だった。
「ん? どうしたんだ?」
眼前のセプテマイコスから視線を外さないようにしながら足下を気にかけていると、
「あのね、あのね? チョコちゃんがすご~く、おこっているのです!」
抱っこしていたラフィが眉をキリッとさせて解説してくれた。
「あ……うん。やっぱり? そうだよね。やっぱり怒っているよね?」
「うん~! よくわかりませんが、チョコちゃんがいうには、まえに、ごはんたべにきたときに、ニクタラシイきのおばけにおそわれた、いってるのです!」
「へ?」
どうやら激おこらしいチョコと感情まで同調させてしまっているのか、ラフィまで何やら怒っている風だった。
「しかも、ちかくにきたおサカナさんもトリさんも、みんなこうげきされてたべられちゃったらしいのです! おサカナさんもいっぱいたべられちゃって、へっちゃったらしいのです! だからチョコちゃんは、いますぐあいつをホロボセいうてるのです! クチクセヨっ、いってるのです!」
ラフィの言葉に反応するように、チョコが再度、「グワッグワッ」と、声を張り上げた。
そんな彼らに、グレアムは目眩を覚えて軽く額を抑えた。
(滅ぼせとか駆逐せよとか……そんな物騒な……)
我が飼い鳥ながら、とんでもなく好戦的だなと、呆れるグレアムだった。




