57.いざ、サン・ジュアン川へ
一度家に戻り、チョコやマロ、ラフィを連れてギルド前に姿を現したグレアム。
そこには既に、マルレーネの他、聖騎士の鎧に身を包んだクリスが立っていた。
久しぶりに村娘の衣装ではない彼女を前にして、グレアムは妙に新鮮な気持ちとなってしまった。
思わず苦笑が漏れるものの、すぐに気持ちを切り替えた。
その後、マルレーネからセプテマイコスやサン・ジュアン川周辺一帯の情報を教えてもらい、早速中州へと向かった。
「しかし、こうやってお前と二人きりで出歩くのも随分と久しぶりだな。もう六年も経つとは」
村の西門を抜け、そのまま北東へと続く農道を歩きながら目を輝かせるクリスに、グレアムはジト目を向けた。
「お前なぁ……二人きりって、もしかしなくてもラフィのこと忘れてないか? あとマロとチョコも」
グレアムは一度、左腕に座らせているラフィや、お散歩するように足下をてくてく歩いている白猫とカルガモに一瞥をくれた。
「べ、別に、忘れているわけではない。ちゃんとわかっているっ……まったく……」
どこか頬を赤らめ、焦ったように咳払いするクリスにグレアムは軽く溜息を吐いた。
もしかしたら、隣を歩く女騎士は、ただ川に遊びに行くだけと考えているのかもしれない。グレアムも人のことは言えないが、なんとも脳天気な女だった。
(……こいつ、大丈夫だろうな……?)
不安になりつつも、ひたすら歩き続けるグレアムたちが目指す目的の中州とやらは、この道をずっとまっすぐ突き進んだところにあるらしい。
途中で黄金色に輝く麦畑が終わり、果樹園や薬草園などを通り過ぎるが、更にその先に未開拓地域となっている土地がある。そこに面するように、サン・ジュアン川が北西から南東へと流れている。
セプテマイコスという木の魔獣が群生しているという中州は、丁度この道の突き当たり――川の流れが北から南東へと切り替わるその辺りにあるそうだ。
二人はその後も黙々と歩き続け、ほどなくしてそこへと辿り着いた。
「未開拓というだけあり、草木が結構生えているな」
農道の突き当たりまでくると、前方には大人の腰ほどまでの高さがありそうな草木が一面に広がっていた。
左右には別の農道がそれぞれの方向へと走り、他の畑へと行き来できるようになっている。
そんな場所。ここからでは川は見えないものの、虫の鳴き声の中に微かに水が流れるような音がしている。
更に、前方には農道のようなしっかりとした広い道はないが、代わりに獣道のようなものが作られていた。
おそらく、定期的にセプテマイコスから枝を採取している冒険者たちが作った道か何かなのだろう。
「川の手前には堤防が作られているという話だし、とりあえずそこまで行ってみるか」
「そうだな――あ、私が前を歩こう。予想外の敵が飛び出してきたら、ラフィが危ないからな」
極めて真面目にそういうクリスに、グレアムは頷いた。
「そうしてくれると助かる」
「あぁ。大船に乗ったつもりでいてくれ」
そう返答したときの顔は、妙に嬉しそうだった。どうやら、本当にこうして一緒に行動することが楽しくて仕方がないらしい。
かつて、グレアムは彼女と同じ隊に所属していたから、ともに任務に当たったり、バカなことを言い合ったりして、互いに笑い合うことが多かった。
しかし、彼が国を追われるよりも少し前、彼にとっては青天の霹靂とも言えるとある事件が起こってからは、人が変わったようにほとんど笑わなくなってしまった。
更にそこへ追い打ちをかけるように暗殺未遂事件が起こり、ただでさえ開いてしまった心の絆が完全に絶たれてしまった。
そういったことがあって、ずっと歯がゆかったのだろう。
今またこうしてようやく再会を果たすことができ、更に昔みたいにバカなことを言い合いながら任務に赴ける。それが彼女の気分を高揚させているのかもしれない。
(まぁ、調子に乗ってドジっ子にならなければいいんだがな)
クリスは昔からどこか抜けているところがあったので、何かと厄介事を持ち込んでくることが多かった。あの頃はまだ、十六歳とかそのぐらいだったが。ちなみにクリスは現在二十三歳である。
「お……? あれじゃないか? グレアム」
昔を懐かしみながら、ひたすら先陣を行くマロやクリスのあとに続いて歩いていたら、突然、白銀の鎧に身を包んだクリスが立ち止まった。
すぐ前方には、知らない間に草地がなくなり、土や砂利などで作られた人の高さほどの土手が壁となって立ち塞がっていた。
この辺は滅多に洪水などは起こらないが、それでも大昔から治水工事が行われていたらしく、人里がある地域一帯は大体堤防などが作られている。
おそらく、昔は河川が氾濫して被害を受けたこともそれなりにあったのだろう。それゆえの対策、といったところか。
グレアムとクリスは互いに頷き合うと、登りやすくなっている土手を登っていった。




