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4.マロとチョコ

 時刻は昼前。


 目の前には天高くまでそびえる、鬱蒼(うつそう)と生い茂った樹木が生えている。


 ところどころから木漏れ日が差し込んでいるが、奥へ行けば行くほど薄暗くなる。


 薬草が生えている場所はかなり奥まったところで、そこだけ空から差し込む光が多い開けた場所となっている。


 この森で採れる薬草はそれほど貴重でもなく、どこででも採れるものだが、この村の近辺だとこの森にしか群生しないと言われているので、そういう意味では希少種だ。


 使用用途は多岐にわたる。主に回復薬の材料になる他、毒消しやその他諸々の薬品を作るときの基礎材料としても使われることが多い。


 つまり、とても需要の高い薬草ということだ。そのため、採ってきても採ってきてもすぐに在庫がなくなってしまう。


 その分、仕事の発注回数も増えるため、ギルドから得られる報酬を生活の糧にしている冒険者たちにとってはありがたい仕事とも言えるが、この仕事を請け負えるのがほぼグレアムただ一人なので、あまり効果的とはいえない。


「んじゃ、行くとするか――()()()()()、今日もよろしく頼むな」


 グレアムは足下に向かって話しかけた。

 彼の視線の先には、背の低い草に身体(からだ)半分埋もれるようにして二匹の動物が控えている。

 左手には白い長毛種のネコ。

 右手には茶羽根が美しいカルガモ。

 二匹とも、身体に革のバンドでくくりつけられた道具入れのようなものを装着している。


「ニャ~」

「グワッ」


 白猫のマロとカルガモのチョコは、グレアムの言葉を理解したかのように短く鳴く。

 それを確認してから、一人と二匹は森の中へと分け入っていった。


 この森は奥へ行けば行くほど、魔獣たちが姿を現さなくなることで有名だった。森の奥が幻獣たちの聖域となっているからだ。


 聖域は通常、人間も魔獣も何人たりとも立ち入ることはできないと言われている。


 それゆえ、森の出入口付近で魔獣と遭遇することはあっても、奥で見かけることはほとんどない。

 ここはそういう場所だ。


 しかし、そういった場所であるにもかかわらず、魔獣たち本来の生息域である森の入口付近を歩いているのに、彼らと遭遇するどころか気配すらまったく感じられなかった。


(変だな。いつもだったら一頭や二頭ほどは見かけていてもおかしくないんだが)


 いつも同じ道を通って薬草の群生地へと向かっているせいか、丈の高い草木はすっかり踏み潰されたり刈り取られたりして、一種の獣道となっている。


 そんな場所を、敵や貴重な素材などの探知能力に長けた白猫マロが先頭を行き、グレアム、カルガモの順で歩いていた。


 慣れ親しんだ道だし、グレアムはそれなりに剣の腕も立つ。

 それゆえ警戒して魔獣たちが姿を現さないという可能性もあるが、明らかに森の雰囲気がいつもと違うような気がした。


「マロ。念のため、スキルをいくつか発動しておく。危険を察知したらすぐに知らせろ」


 グレアムは立ち止まって、ニャ~と鳴いた白猫の背中に右手をかざした。

 そこにはいくつもの筒状ポケットがつけられた革製ベルトがあり、中にはスキルカートリッジと呼ばれる魔導具製の筒が収められている。


 カートリッジの中には、スキル創者(クラフター)でもあるグレアムお手製のスキルマテリアルが入っている。


 スキルマテリアルとは、身体強化や特殊スキル、武技スキルなどを誰でも簡単に使えるようにしてしまうという、便利アイテムのことだ。


 カートリッジ一つにつき、通常は一つのスキルマテリアルしか収められず、複数同時に使用することはできないと言われている。


 更にはスキルマテリアル一つにつき、付与できるスキルも一つと定められていた。


 しかし、グレアムの家に代々伝わる特殊技能『結晶改変(アルタークォーツ)』という荒技を使うことで、一つのスキルマテリアルに複数のスキル効果を同時に持たせることが可能となっている。


 なぜ、自分の家にそんな特殊能力が伝わっているのか知らないが、使えるものならなんでも使う。


 そんなわけで、グレアムはその技術を使って、普段から森などを探索するときには、マロやチョコにスキルカートリッジを装備させ、スキルを発動し、身体強化を施していたのである。


 グレアムは誰でも使える『スキル発動』魔法を行使し、マロに装備させたカートリッジの一つを起動させた。


 たちまちのうちに白猫ちゃんが淡く発光し始め、ふわふわの毛が膨れ上がる。


 今発動させたのは身体能力向上系のスキルで、『筋力』『速力』『跳躍力』の三つを数倍に引き上げてしまうという、他に類を見ない複数スキル同時使用という規格外の荒技だった。


 グレアムはカルガモのチョコにも同様のスキルを発動させると、慎重に奥へと進んでいった。


 そして、特に何事も起こらないまま、あと少しで薬草の群生地というところまで来たときだった。


「なんだ……?」


 ここよりも更に奥の方から、か細くて消え入りそうな悲鳴と、対照的なまでの鋭い怒号が聞こえてきたのである。


「まさか……こんなところに、誰か入り込んでいるのか?」


 声が聞こえてきた方角は南南東――遙か左前方の向こう側。

 グレアムの記憶によると、そこは確か、幻獣たちの聖域に近い場所だった。


「なんだか嫌な予感がするんだがな……?」


 ぼそっと呟いたあと、


「仕方がない。マロ」


 グレアムはしゃがみ込むと、周囲を警戒していた白猫に声をかけた。

 それだけでマロはグレアムの意図を理解したのか、短くニャと鳴くと、物凄い勢いで森の奥へと消えていってしまった。


「俺たちも行くぞ」


 グレアムは後ろのチョコにそう声をかけると、足音忍ばせながら急いで声のした方へと向かって走り始めた。

 そして彼はそれを目撃するのである。


 一際闇が濃くなり始めている聖域近くの大樹林辺りで、年端もいかない小さな女の子が、いかにもその筋の者とわかるような人相の悪い男たちに追いかけ回されている姿を。

白猫マロちゃんの見た目は長毛種のもふもふ猫、チョコちゃんの見た目は普通のカルガモみたいな感じです。

それからスキルクラフターというのは、大きな町には普通に存在する職人さんたちのことです。


【次回予告】

 5.遭遇

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