55.新たな問題
すっかり場の空気が淀んでしまい、その場に集まっていた大人たち全員が、どこかやるせないといった顔色を浮かべていた。
グレアムは軽く溜息を吐いてから、村長を見つめた。
「それで、この村の今後の対応はどうするんだ?」
「一応、シュラルミンツの領主へ報告する義務があるからそれと並行しつつ、村中の調査をする。既に役場や協会、ギルドを使って村中に布令は出してある。もしキャシーと同じ製品を使っている者たちや体調不良者がいたら、すぐさま名乗り出るようにとな。その上で証拠物すべてを回収し、役人に引き渡す予定だ。それと、今回のキャシーの一件で調べ上げた調査資料と証拠もすべて提供することになる」
「なるほど。じゃぁ、今後この件はすべて領主任せということになるのか」
「そうなるな。本来であれば、なぜこんなことになったのかも含めて、腑に落ちない点すべてをこちらで徹底的に調べ上げたいところだが、俺たちにできることはこの村の中で起こったことのみだ。どうやらシュラルミンツまで絡んでいる大がかりな一件になりそうだからな。美容液の出所もわからないし、あまりすっきりとはしないが領主に任せるしかないだろう」
「そうか……まぁ、そうなるか」
なんだか妙なきな臭さを感じる案件ではあったが、村長が言うとおり現段階ではこれが限界だろう。せめてキャシーが目を覚ましてくれれば、美容液の出所も判明し、何か掴めるかもしれないが。
「とにかくそんなところだな。あぁあと、今後は怪しげな商品の使用はすべて禁止とすることも布令を出してある」
「そうか。だったら安心だな。となると、あとはキャシーの容態だけか。あそこまで症状が出ていて、ちゃんと元通りの元気な姿に戻れるのか?」
父親であるエルグランツの前でする話ではなかったが、避けては通れない問題だった。
「そのことだが」
そう言って、グレアムの疑問にデューイが答える。
「キャシーには既に毒素中和剤と回復薬を飲ませてある。数日後にはジグールテリスの毒はほとんど抜けるはずだ。ただ、魔晶石の方は初めてのケースゆえ、もうしばらく時間がかかるとは思うがな。まぁ、おそらく命に別状はないはずだ」
「そうか。だったらいいんだけどな」
そう答え、グレアムは疲れたように背もたれに寄りかかるが、そんな彼に釘を刺すかのように、デューイが難しい顔をした。
「だが、一つだけ問題がある」
「ん? 問題?」
「あぁ。一応既に薬は投与してあるから命に別状はないはずだが、キャシーには引き続き、しばらくの間薬を飲み続けてもらわねばならんのだ。しかし、実は今後処方する予定の安定剤に使われる薬草が丁度切れてしまっていてな。新たに採ってこなければ薬を処方できん状態になっているのだ」
「なるほど。つまり、そいつを俺に調達してこいと?」
「あぁ。話が早くて助かる」
「わかった。キャシーには早く元気になってもらいたいしな。それにいつも世話になってるし」
グレアムはそう前置きしてから、
「それで? その薬草とやらはどこへ行けば手に入るんだ? まさかシュラルミンツまで買ってこいとか言わないよな?」
「いや、さすがにあんなところまで行く必要はない。すぐ近くで採取できる」
領主が治める商業都市シュラルミンツはここからだと、徒歩で数日北に行った場所に作られている。往復するだけでかなりの時間を食ってしまうので、なるべく行くのは避けたいところだった。
「この村の北側を流れるサン・ジュアン川を少し上流に行ったところに、薬草が群生している中州があるのだ。そこで採れるセプテマイコスと呼ばれる薬草を採ってきてもらいたい」
サン・ジュアン川は大河というわけではないが、この周辺一帯にある村々にとってはなくてはならない小川だった。
直接川の水を飲むことこそないものの、農業用水を始め、一部の生活用水にも使われている大切な川だ。そんな川の上流に、薬草があるらしい。
「川の中州か。行ったことはないが、普段薬草採りに行ってるアヴァローナよりは近そうだな。チョコとマロを連れていけば簡単に採取できるか」
普段チョコは件の川で餌を取っていることも多い。彼女を連れていけば、すぐに場所がわかるだろう。
そう思って、このあとの行動計画を練っていたのだが、
「ラフィもいっしょにいくのです!」
どうやら話を聞いていたらしいラフィが、すぐさま反応していた。
膝の上でぴょんぴょんしている幼子にグレアムは一瞬迷ったが、まぁいいかと連れていくことにした。
「すぐ近くだったら危険はないだろうし、ラフィにも川を見せてやりたいしな。何より、チョコたちの通訳にはもってこいか」
しかし、楽しそうにしているちびっ子の頭を撫でていたら、マルレーネが困ったような顔をした。
「グレアムさん」
「ん?」
「一つご忠告しておきますが、あの場所にラフィちゃんやチョコちゃんたちを連れていくのは危険だと思います」
「え? 危険? 何かあるの?」
「はい。実は、セプテマイコスという植物は一般的には薬草と呼ばれていますが、その実態は薬木なんです」
「ん? ヤクボク?」
マルレーネが何を言っているのか理解できず、ラフィと一緒になってきょとんとしていると、今度はデューイが口を開いた。
「平たく言えば、細い枝のことだな。背丈の小さい木が密集していてな。そいつの枝を乾燥させてすり鉢で磨り潰すと薬になるのだよ」
「あ~……そういうことか。それで薬木か」
ようやく合点のいったグレアムに、マルレーネが「えぇ」と頷いた。
「ですが、薬の材料になるあのセプテマイコスというのは結構厄介な植物でして、一言で言うなら、人喰い草に分類される魔獣の一種なんですよ」
「へ?」
グレアムはまたしてもぽか~んとしてしまった。




