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国を追われた元最強聖騎士、世界の果てで天使と出会う ~辺境に舞い降りた天使や女神たちと営む農村暮らし  作者: 鳴神衣織
【第三話】新たな日常と奇病騒動

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53.ジグールテリス

 村医者デューイの助手アリシアに連れられ、錬金屋の二階へと上がったグレアムとラフィは、既に集まっていたマルレーネたちに迎えられた。


 その場にはマルレーネ以外に、キャシーの父親、デューイ、そして村長のダクダ・スファイルがいた。


 相変わらずベッドで寝かされているキャシーは、昨日とは打って変わって穏やかな寝顔を見せていた。


 既に化粧もキレイに落とされている。


 布団を被っているからどんな服を着ているのかわからなかったが、おそらくマルレーネに着替えさせてもらっているのだろう。


「アリシアから大体の話は聞いた。だけど、毒が複数とか変容した魔晶石とか、いったいどういうことだ?」


 顔を出してそうそうグレアムが問い質すと、デューイが渋面となる。


「そのままの意味だよ。ここじゃなんだし、詳しい説明は隣室で行う。ついてきなさい」


 そう言って部屋から出ていった。

 グレアムたちもあとに続いて部屋を出る。アリシアだけ、キャシーの元に残った。

 通された隣室は、丸テーブルが一つだけ置かれているリビングのような場所だった。

 椅子に着席した一同は、顔をつきあわせる形で改めて話をする。


「説明する前にまず、グレアムよ。毒についてはどこまで知っている?」


 そう前置きするデューイに、膝の上にラフィを座らせたグレアムは過去を思い出すようにした。


「俺が知っているのは、戦闘に使われるようなものばかりだな。盗賊や暗殺者なんかが、ナイフやヤジリに塗ってる奴だ。あとは魔物や魔獣を倒すときにも使われるか」

「そうか。だったらわかるかもしれんが、結論から言うと、わしらが調べた限りだと、キャシーが使っていた化粧の残り、それから彼女が愛用していたと思われる化粧下地の美容液だったか? それらからはいっさい毒が検出されなかったということだ」

「毒が……ない?」

「あぁ。まったくな。他にも彼女が触れたと思われるものも全部調べたが、毒の気一つ見あたらなんだ。もちろん、新たな病原菌もな」


 そのあとをマルレーネが引き継ぐ。


「ですが。なぜか昨日キャシーから拭き取った化粧品と血液からは、確かな毒物反応が検出されたんです」

「は? どういうことだ? まるで意味がわからんのだが」

「だろうな」


 静かに告げるマルレーネの言葉が理解できず酷く困惑してしまったグレアムに、デューイが同調するように頷いた。


「わしらも最初は意味がわからず頭を悩ませた。しかしじっくりと調査結果を精査していたときに奇妙なことに気が付いたのだ。化粧品と美容液の中に、見慣れない薬物成分が混ざっていることにな。それ単体では決して毒にはなり得ないような一般的なものだが、しかし、それら成分すべてが混ざり合うと」


 そこでいったん言葉を切り、探るような視線をじっと向けてきてから再度、口を開いた。


「とある毒物が精製されることがわかったのだよ。その名を『ジグールテリス』という。聞いたことはないかね?」

「ジグールだと? それって確か、聖教国の暗部どもが好んで使っていた神経毒じゃないか」


 忘れもしない六年前のあの日。

 邪魔になったグレアムを亡き者にしようと、暗殺未遂事件が起こった。

 その機運を事前に察知していたグレアムは、暗殺部隊が送られてくる前に寝所から飛び出し難を逃れたが、その後もしばらく聖都内を追いかけ回され続け、命の危険に晒された。


 あのとき、グレアムを暗殺しようと躍起になっていたのが、聖教最高評議会の下部に位置する暗部『堕天の黄昏』だった。

 そして、そんな彼らが暗殺業を行うとき、必ずといっていいほど使用する毒物があると言われている。それがまさしくジグールテリスと呼ばれる猛毒だった。


「まさか、今回の件に奴らが絡んでいるとでもいうのか?」


 もしそうだとしたら、こんなところで呑気に生活などしていられない。奴らがなんの意図で毒物をばら撒いたのかわからないが、確かなことは、グレアムだけでなく、この村の関係者すべてが命の危険に晒される可能性があるということだ。


 もしここに自分がいると知られたら、村人ごと消される可能性がある。もしくは人質に取られたり、巻き込まれたりして抹殺。


 そんなこと、断じてあってはならない。

 みんなを守るためにも、今すぐここから出ていかなければ。


 しかし、そうなってくると、問題となるのはラフィだった。彼女を連れていくわけにはいかないし、かといって置いていくのもいろんな意味で問題がある。


(くそっ……)


 一人色めき立つグレアムだったが、マルレーネが宥めるように口を開いた。


「落ち着いてください、グレアムさん。まだそうと決まったわけではありません。それに、もし仮に、本当にそのような方々が関係しているのだとしたら、説明がつかないことがいっぱいあります」

「というと?」


「先程も言いましたが、今回はたまたま、キャシーが使っていた化粧品と美容液の二つが混ざり合ったことで毒物が合成されてしまいましたが、本来であれば、まったく無害な代物なのです。品質こそあまりよくありませんでしたが、それでも、それぞれを単体で使用していれば、毒に冒されることもなかったんです」


「つまり、その二つをセットで使わない限り毒にはなり得ないし、そんなあやふやなものをわざわざ暗殺部隊が使うはずがないと?」

「えぇ。しかも、それぞれが同じ店で販売されていたかどうかすらもわかりませんしね」

「なるほど。確か、化粧品の方は錬金屋が絡んでいるという話だったか?」


「噂では、ですが。ですが、美容液が出回っているという話はまったく聞いたことがありませんでした。形状は茶色の細長い瓶に入った液体状のものでしたが、キャシー本人からもそれをどこで手に入れたとか、それ以前に使っているという話も聞いていませんので、なんとも言えないんですよ」


「なるほど。てことは、なんらかの意図があって誰かが毒をばら撒こうとしていたとしても、この出所(でどころ)不明の美容液を同時に手に入れて両方使用しない限り、まったく意味がないということか」

「はい。そして何より、毒になるとはいっても本当に微量ですので、致死量には至らず、長い時間かけないと死に至ることはないんです」

「なるほど……となると、やはり即死を旨とする暗殺部隊が、そんな手間暇かけて人を死に追いやるような真似をするはずないから、あいつらが絡んでいる可能性は限りなくゼロに近いということか」


 しかし、いったい誰がなんのためにこんなことをしたのかという疑問ばかりがあとから湧いてくる。

 出所がある程度絞られている化粧品と、出所不明(しゅっしょふめい)の美容液。


 本来であれば、混ざっている可能性の低い、けれど人体に影響がない、見慣れない成分がそれぞれに含まれている。

 そしてなぜか、それらがセットで使用されたときに限って毒となり、長時間晒され続けると人体に悪影響が出る。


(どうしてこんな面倒なことをしたんだ? もし仮に、毒物をばら撒きたかっただけなら、普通にどっちか片方に全部混ぜればよかったものを。それとも、そうできない何かがあったのか? あるいは、たまたま結果的にそうなっただけで、本当は誰も毒物なんかばら撒こうとしていなかったということか?)


「う~む……」


 考えようと思えばいくらでも考えられる。しかし、いずれも推量の域を出ない。

 今ここで無理して答えを明白にしようとしても、凝り固まった思考が原因で足下をすくわれかねない。

 グレアムはとりあえず、考えるのを先送りにした。しかし、


「そういえば、確かもう一つなんかあったような気がするな? アリシアが魔晶石がどうとか言っていたような気がするが」


 胡乱げな視線をマルレーネに向けると、彼女ではなくデューイが口を開いた。


「その先はわしが説明しよう」


 そう前置きしてから、持っていた資料をテーブルの上に広げた。

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