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国を追われた元最強聖騎士、世界の果てで天使と出会う ~辺境に舞い降りた天使や女神たちと営む農村暮らし  作者: 鳴神衣織
【第三話】新たな日常と奇病騒動

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52.うまくない朝食

 翌朝。昨日からキャシーの世話でつきっきりとのことで、マルレーネはグレアムの家に顔を出すことはなかった。


 そのことを伝言しに来たクリスも忙しいらしく、そうそう引き上げていった。


 そのため、料理が苦手なグレアムはラフィを伴い、久しぶりに村の市場かギルドで朝食を取ろうと足を運んだのだが。


 キャシーが例の奇病に冒されているせいか、ギルドの酒場は休業に追い込まれていた。


 仕方なく、広場から東門に向かう通りの途中にある露店市場で串焼き野菜をいくつか買い、更に広場南に面するパン屋で丸いライ麦パンを買い込んだ。そのままパン屋の前にある大木で作られた休憩用の長椅子に腰かけると、ラフィと二人して朝食を口に運んだ。


 一応、この村は食全体がマルレーネのせいで改革が進んでしまっているので、他の村のように、ほとんど素材と塩の味しかしないような串焼きは置いていない。


 そのため、それなりに塩味や出汁が利いていてうまいのだが、最近はマルレーネの手料理ばかり食べていたせいか、まるっきり物足りなかった。


「おいしくないのです……」


 ラフィも同意見らしく、串焼きを手にしたまま難しい顔をしていた。


(野菜だけじゃなく、パンもいまいちだしな)


 ちぎって口に放り込んだライ麦パンも、固かったりパサパサしていたりで、やはり微妙にうまくない。


 グラーツ公国で取れたライ麦は、総称してグラーツライ麦と呼ばれているが、小麦もライ麦も石臼でひいた際の目の粗さによって、等級分けされている。


 細かければ細かいほど品質がいいとされ、最上級品は金持ちの胃袋に収まることになる。


 したがって、平民や農民が食べられるライ麦パンは等級の低い安いパンに当たるため、ただでさえ固くておいしくないのに、余計にまずく感じる。


 一応、こちらもパンを作る行程に見直しがかかっているので、他の村や都市に比べたら、ふっくらとしていておいしいはずなのだが、なぜか首を傾げたくなる仕上がりだった。


(確かマルレーネは自分で焼くとき、バターか何か塗ってた気がしたが、あれが原因か?)


 料理について詳しくないグレアムが首を傾げていると、


「う~~。ま~たんのごはんがたべたいのです……」


 ラフィが頬を膨らませてぶそ~っとし始めた。

 彼女は口も小さいし顎もそれほど頑丈ではないから食べにくいだろうと思って、当然のようにパンを小さくちぎって渡していたのだが、どうやらそれでもご不満らしい。

 ほっぺたを思いっ切り膨らませたまま、足をバタバタさせている。


「ごめんな。俺がもう少し料理ができればな」


 今までは一人暮らしだったし、ギルドで食えばいいだけだからと、挑戦すらしてこなかったのがここに来て仇となったようだ。


(まぁ、最近マルレーネの手伝いしながらやってみちゃいたが、どうも料理センスがなさそうだしな。どちらにしろ、俺の腕じゃ無理か)


 ただ、おかずを作るのは無理でも、うまいパンを用意することはできる。

 この村のパン屋は、材料さえ持ち込めば中に具が入っているような調理パンなんかも作ってくれるからだ。


 本来、パンといえば丸かったり細長かったりしているだけで、具なんかいっさい入っていないのが普通だ。


 しかし、この辺もマルレーネが裏でいろいろ動いたらしく、今ではすっかり村の名物になっている。


 とはいえ、野菜と違って肉も卵も高価な部類に入るため、金持ってるグレアムは別だが、そうそう頻繁に食べられるものではない。


 この村の人々は決して裕福ではないので、そんな人たち相手に高価な調理パンなんか作り置きしたら、売れ残る危険性が高くなってしまい、あっという間に赤字となってしまう。


 それゆえ、材料持ち込み制が採用されているのだ。


 そんなわけで、事前に材料を用意していなかったせいで、今は店先に並んでいた普通の固いパンを食べるしかなかったのである。


「食事のこともそうだけど、キャシーのことも気になるし、早く問題解決するといいんだけどな」


 既に昨日のうちに、マルレーネたちに頼まれた仕事は済ませており、役場には報告済みだ。


 村役場にはマルレーネの父である村長も詰めており、村の経営全般の業務を数人の役人たちと一緒に行っている。


 畑などの管理全般や、何か問題が発生したときの対処。住民からの訴えなどなど。


 各生産協会『農業及び生産業推進協会』やギルドとの連携、自警団の組織もすべて役場の仕事だ。


 念のため、そういった業務の伝手を当たってもらい、片っ端からキャシーと同じ症状の娘たちが訴えを起こしていないか聞き込みしてもらったが、特にそういう話はないとのこと。


 キャシーだけが被害者、もしくは奇病に冒されているのか、それとも他にも該当者がいて、まだ発症していないだけなのか。今の段階ではわからずじまいだった。


(おそらく、急ピッチで今もなお、デューイたちが動いてくれているはずだ。錬金屋や医療所で、毒素や病原菌の有無なんかも調べているだろう)


 グレアムも朝食を終えたら向かうつもりでいる。


(俺にできることなんてほとんどないが、治癒魔法ぐらいだったら使えるしな)


 グレアムは雑に串焼き野菜を口の中に放り込んで咀嚼(そしやく)し、石みたいなパンもバリバリ噛み砕いて、果物水で無理やり飲み込んだ。

 ラフィも丁度食べ終わったようなので、軽く口の周りを布きれで拭いてやってから立ち上がる。そして、ゴミを付近のゴミ箱の中に投げ入れてから、錬金屋に向かおうとしたときだった。


「グレアムさ~ん!」


 白衣を着た一人の娘が駆け寄ってきた。デューイの助手アリシアである。


「どうかしたか?」

「は、はい……! キャシーさんの病気の原因が判明しましたっ……!」


 どうやらグレアムを探してずっと駆けずり回っていたようだ。目の前まで来て立ち止まった彼女は、随分息を切らしていた。


「もうわかったのか? それで、結局なんだったんだ?」

「はい……! それが……」


 そこまで言って、人目を気にするように周囲をキョロキョロしたあと、そっと耳打ちしてくる。


「やっぱり、毒でした。しかもその毒は複数あって、そのうちの一つが変容した魔晶石だったんです」

「は?」


 グレアムは十六歳の少女が何を言ったのか理解できず、呆然とした。

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