51.奇病の原因
病室にマルレーネを招じ入れたことで、ただでさえ狭い部屋が一層、足の踏み場もないほどにぎゅうぎゅう詰めとなってしまった。
農村に住む村人の家など、公共の施設や村長の家などを除けば、どこもかしこも手狭だ。
寝室が複数あるような家もほとんどないし、大人五、六人も入れば部屋の中はぎゅうぎゅう詰めとなってしまう。
そういった常識から考えれば、店舗経営しているキャシーの家は寝室が複数あるだけまだましだが、大勢がたむろできるような場所ではない。
ましてやマルレーネを呼び寄せたことで、ラフィの面倒を見てくれる人間が誰もいなくなってしまったので、グレアムはちびっ子を抱っこしたまま隅に追いやられてしまった。
「確かに……あまり質がいいとは言えませんね」
キャシーの化粧を調べていたマルレーネが浮かない表情をしていた。
「何かわかるかね?」
デューイが聞くと、彼女は首を傾げた。
「成分分析をしてみないとなんとも言えませんが、ですが、もし化粧が原因だとしたら、おそらく毒物か何かだと思います」
「毒だと?」
「はい。私も小耳に挟んだことがあるのですが、最近、シュラルミンツの方で、平民でも安く手に入る化粧品が出回っていて、とても人気があるそうなんですよ。どこのお店が販売しているのかはわかりませんが、確か錬金屋が作ったとかなんとか。私が記憶している限りですと、確かキャシーがお化粧するようになったのはひと月ほど前からなので、もし微量な毒が混ざっていたとしたら、じっくり時間をかけて汚染されていって、このような症状になってしまったのかもしれません」
静かに告げるマルレーネに、「確かに」と、デューイが頷いた。
「病気の線を疑っていたが、もしこれが毒というのであれば、神経毒やいろんなものが考えられるな」
「えぇ。鼓動が弱まるものもありますし、発熱や痙攣、嘔吐や下痢、いろんな症状が引き起こされることもあります。ですがいずれにしろ、安易な判断は控えるべきかと。病原菌が毒素を生み出すこともありますから」
「……そうだな。ならば病気の可能性も考えながら毒物反応や種類を探り、その上で何も反応せなんだら、改めて新種の病気を疑う必要があるか」
「えぇ。ですが悠長なことは言ってられないと思います。なるべく早く手を打たないと、命に関わりますから。それと、もし化粧品から毒物反応が出なかったとしても、一概に病気とも言い切れません。キャシーが何かしら、その手のものを使用していた可能性があるかもしれませんし」
「つまり、他にも毒となり得そうなものを所持しているやもしれんということか」
「そうなりますね」
深刻な表情で会話し合うマルレーネとデューイ。それを遠目で眺めていたグレアムも、同意するように軽く唸った。
「となると、キャシーの持ち物検査や身辺調査もしなければならないし、それと並行して、解毒薬やら回復薬も用意しなければならないということか」
「えぇ」
「ふむ――あぁ、あと、もしかしたらキャシーと同じ症状の村人が他にもいるかもしれないな。村役場に駆け込んで、同じ化粧品使ってる女がいないかどうか、それから病に倒れている者がいないかどうか調べさせた方がいいかもしれないな」
呟くように言うと、
「グレアムさん、そちらはお願いできますか?」
同僚のことが心配なのだろう。マルレーネは不安そうな色を浮かべていた。
「あぁ、任せておけ」
安心させてやろうと思って快諾すると、デューイが釘を刺してくる。
「だが、まだ化粧品が原因と決まったわけではない。あまり事を荒立てるなよ?」
「了解した」
こうしてひとまずの方向性が決まると、あとは早かった。
「それじゃまず、化粧を落としてから拭き取ったものを成分分析に回しますね。その上で、肌を消毒していきます。それから衣服も着替えさせたいので、皆さん、部屋を出ていってもらえますか?」
「わかった。あとは頼むぞ」
「はい」
マルレーネに促されてデューイたちが出ていく中、グレアムだけは最後まで残っていた。
それを不思議そうにマルレーネが見つめる。
「あの、グレアムさん?」
「ん? なんだ?」
「いえ。今から着替えさせますので、出ていってもらえますか?」
「ん? 俺もか?」
「当たり前です! あなたは男の人でしょう!」
「い、いや、それはそうなんだが、ほら、顔を消毒するとか言っていたし、魔法で水を出してあげた方がいいかと……。それと、ついでに初級であまり効果はないかもしれないが、解毒魔法――」
「必要ありませんから、さっさと出ていってください! そして、早いところ役場の方に知らせに行ってくださいっ。それがあなたの仕事です!」
激おこになったマルレーネは問答無用とばかりに、グレアムを追い出しにかかった。
「わ、わかったからってっ。そんなに押さなくてもいいだろうにっ……」
グイグイ背中を押され、たまらず悲鳴を上げるグレアム。
彼に抱っこされているラフィは、状況がよくわかっていないようで、一人楽しげにキャッキャしていた。




