47.現在の彼女たち
「お兄ちゃん?」
大昔を懐かしんでいたら、知らない間に不思議そうな顔をした美少女姉妹が、下から覗き込むような格好となっていた。抱っこしていたラフィまで首を傾げてきょとんとしている。
グレアムは苦笑した。
「いや、すまない。少々考え事をしていてな」
「ふ~ん?」
唇を尖らせ愛らしく首を傾げるスノーリアに対して、かつてグレアムに牙剥こうと男勝りな態度を取ったオルレアはニヤッと笑った。
「はは~ん? さてはエッチなこと考えてたんでしょ~?」
「はぁ? そんなこと考えるわけないだろう?」
「あはは。どうだか。だって、兄さんの周りって、ライラ以外にもいっぱい可愛い子いるし。どうせ、今夜の相手でも探してたんじゃないのぉ~?」
そう言って、ひたすらニヤニヤしているオルレア。グレアムは呆れてしまった。
「お前なぁ。十六の娘が言う台詞じゃないぞ? まったく、どうせライラから悪影響受けたんだろうけどな」
年々、どんどん色気が増していくどうしようもない色香の権化の艶微笑と艶姿が脳裏をかすめてしまい、グレアムは軽く舌打ちした。
「まぁいい。そんなことより、お前ら。こんな炎天下の中、いったい村の外で何やってたんだ? ただでさえ暑いのに、シスターの服着てたらもっと暑いだろう」
シスター服として知られるスカプラリオは白と黒が基本だ。宗教や地方によっても微妙にデザインが異なるが、この村だと、夏でも冬でも基本的に、首から下は肌が露出しないような形になっている。
黒い布でできた頭巾も、すべてではないが、髪全体を覆う形になっているため通気性が悪い。
こんな格好でいたら、あっという間に熱中症だ。
「ん~。暑いのは確かに暑いけど、一応これ夏用だから、それなりに暑さからは解放されているのよ」
訝しむように見ているグレアムにオルレアがそう答えた。
「それに、私たち、一応教会の仕事でここまで来ていたしね」
と、スノーリアが補足するように言った。
「仕事?」
「えぇ。大麦を運んできてくれた行商人を見送りに来ていたの」
そう言って微笑むスノーリアに、グレアムは「あぁ」と納得した。
カラール村でも、一応ビールを造るときに使用される大麦を生産してはいるが、主要農産物はライ麦なのでそこまで多くは収穫できない。そして、今は麦の収穫前で、圧倒的に材料の大麦が不足している。
そのため、味やアルコール濃度はかなり低いものの、庶民でも普通に飲める安いエールや若干高価なビールを余所の村や町から買い付けるか、直接大麦だけを仕入れて、醸造を管理している教会主導で生産するかのどちらかしかない。
今回、スノーリアたちが大麦を相当数買い付けたのは、おそらくそういった理由からだろう。
「なるほど。そういうことか。だが、行商人は輸送料とか仲介料も取るからな。それなりに割高になるだろう?」
「そうね。だけれど、仕方がないわ。もうじき、どこの村も収穫祭が行われるし、値上がりする前にかき集めておかないと」
「確かにな」
麦の収穫が終わったあとに行われる収穫祭では多量の酒が振る舞われる。収穫が終わってから作っていては到底間に合わないし、終わったあとに酒の在庫がスッカラカンになることも予想されるので、その前に手を打たなければならなかった。
「毎度思うが、いつも大変だな」
「えぇ。だけど、恒例行事だしね。今年も盛り上がらなくっちゃね」
オルレアがそう言って元気に笑ったときだった。
「あら? あなたたち、こんなところで何してるの?」
そう声をかけてきたのはライラだった。
「あれ? ライラじゃない。どうしたの?」
村の方から歩いてくる色っぽい女に、振り返ったスノーリアが声をかけていた。
ライラは占い小屋にいるときと違って、今は普通の村娘のような格好をしている。
半袖の白いブラウスとくるぶしだけの藍色スカート。大きな胸を押し上げるように腹で締める形となっているベスト。
髪も右胸前でひとまとめにされており、色気は相変わらずだが、商売女みたいな雰囲気は欠片もない。
一応、旅の必需品として、短剣や曲刀、鞭なども携帯していた。
彼女はグレアムたちのすぐ目の前まで歩いてくると、にっこり微笑んだ。
「ちょっとシュラルミンツまで錬金術の材料でも買いに行こうかと思ってね」
「なるほど。相変わらず、旅をするのが好きだな、お前は」
グレアムはどこか呆れたように苦笑した。
元々彼女は旅芸人をやっていたということもあって、この村に定住したあとも結構ふらふらしていることが多かった。もしかしたら、村にいる時間の方が短いかもしれない。
気が付くと一ヶ月ぐらい帰ってこないこともたま~にあって、そのたびに「大丈夫か?」と双子姉妹ともども心配させられた。
話を聞く限り、どうも大陸北端の町まで行っていたとかなんとかで、あのときはさすがに双子たちも激怒していた。
以来、しばらく村を離れる場合には行き先を伝えていくようにはなったものの、放浪癖はいまだ直っていない。
「もう、ライラ、あんまり心配かけないでよ?」
そう言って、スノーリアが長身の女に抱き付く。ライラは愛おしそうにその頭を撫でながら、
「大丈夫よ、すぐ戻ってくるから」
と、彼女に微笑んでからグレアムを見た。
「あぁ、そうだ。何か買ってくるものある?」
「う~ん……今はいいかな。万屋にいくつか頼んであるし」
「そう。だったら適当に物色して帰ってくるわ」
彼女はそう言い残して、街道を東へと歩いていった。
残された三人はその背を見送りながらも、
「さて、俺たちもそろそろ中に入るか。あまり遅くなると、いろいろまずいしな」
「そうね」
グレアムはグレアムで万屋に用があるし、スノーリアたちも教会の仕事がある。あまり油を売っていていいご身分ではない。
双子姉妹は年相応の愛らしい笑みを浮かべて、ほぼ同時に頷いた。




