45.双子姉妹たちとの出会い
グレアムがこの双子姉妹と出会ったのは、かれこれもう六年も前のことだった。
故郷である聖教国を追われ、共和国へと落ち延びた彼は、その後、いろんな伝手を頼りに方々を転々とした。
そうして、グラーツ公国に来る前に立ち寄った場所が、砂漠の町ケルマーンだった。
ヴァルカー共和国は世界中のありとあらゆる物資が集まる国と言われる一大商業国家でもあるが、その反面、一部の国土は砂漠化し、荒廃が目立つ国でもある。
都市内で富裕層と貧困層が明確に区別され、住み分けがされているのはどの町も一緒だが、共和国の場合にはそれに加えて、都市間でも貧富の差が激しいと言われている。
そんな国を数ヶ月ほど彷徨い歩いて立ち寄ったのがケルマーンだった。
この都市は例に漏れず、とても貧しい町だった。
都市周辺の荒野だけでなく、石造りの街中までそこら中砂に覆われていた。
街路には一応、露店などが開かれていて、大通りはそれでもまだましだったが、そこから少し細い路地に入ると様相が一変する。
日も差さぬ薄暗い集合住宅に囲まれた裏路地は悪臭が漂い、砂まみれのゴミが散乱し、そんな細い道端で、極貧生活を送っていた貧民たちが地べたに腰を下ろしていた。
今日の食事にすらありつけず、瞳からは光を失っている者。近づいた者は骨も残さず食い殺してやろうと、ギラついた視線を向けてくる者。様々だ。
「これは……さすがにダメだろう……」
「そうね……あの子たちもきっと、こんなところに住んでいるんでしょうね」
このケルマーンに滞在することになり、グレアムと連れの女は宿を探して大通りを歩いていたのだが、そんなときにスリを働いている子供たちを何人か見かけたのだ。それで彼らの言動が気になり、跡をつけ辿り着いた場所がこの貧民街だった。
「ねぇ、グレアム。どうするつもりなの?」
「……まだわからない。だが、放っておくことなんかできないだろう?」
「相変わらずのお人好しね。わかっているでしょ? お金を稼ぐ手段を持っていない子供たちに恵みを分け与えたところで、一時しのぎにしかならないってことぐらい」
「わかっているさ。孤児院みたいに継続的に寒さや暑さをしのげる寝床を用意してやり、温かいスープが飲めるような環境を整えてやらなければ、無駄だってことぐらいな」
大金を恵んでやったところで、子供たちがそれを計画的に使えるとも思えないし、何より、大人のごろつきどもに金を奪われ、酷い目に遭うだけだ。もしかしたら、盗んだと思われるかもしれない。
「それがわかっていて、どうして助けようとするの?」
「そんなの決まっているだろう? 目の前で悲しい思いをしている人がいたら、手を差し伸べてやる。それが人として当然の行いだからだ。ましてや、相手が子供ならなおさらな」
「はぁ、まったく。そうやって今まで、いくら散財してきたと思っているのよ」
「さぁな?」
グレアムはそう言って、隣を歩く藍色の長い髪をした女に苦笑する。旅用の外套に身を包んでいるが、うら若き彼女から漂う色香が尋常でないことは誰が見ても明らかだろう。
既に完成された大人の色気が表層に表れている。長い睫毛と藍色の瞳、筋の通った鼻、ぷっくりとした唇。
すべてが整った形をしている彼女の美貌が諦めたように笑みに変わった。
「まぁいいわ。どうせグレアムのお金だしね。あたしはまったくいたまないし」
「ま、そういうことだ。そんなわけで、少し付き合ってもらうぞ、ライラ」
「仕方がないわね。でも、たまにはあたしの望みにも付き合ってよ?」
「ん? 望み? なんのことだ?」
「ンもう。わかってるでしょう? あたしがあなたの旅に同行することになったそもそものきっかけ」
「きっかけ? はて?」
しなだれかかってくる彼女に、グレアムはすっとぼけたように小首を傾げた。
グレアムがライラと知り合ったのはケルマーンに来るほんの一月ほど前だ。
ヴァルカー共和国の首都カイエンに逗留していたとき、たまたまレンジャーギルドに顔を出したら、そこに彼女がいたというだけの話。
ライラは錬金術で使う入手が困難な素材が欲しいとかで、ギルドに依頼しにきたらしく、受付嬢からそっくりそのまま、グレアムへとそれが回されてしまったのである。
当時、彼は冒険者登録はしていなかったのだが、かつて冒険者時代にこのギルドで何度も仕事をこなしたことがあり、ギルド関係者のみならず、ここを拠点にしている多くの冒険者とも広く面識があったのだ。
そのため、登録していないにもかかわらず、仕事が回されることがときどきあった。
そんなわけで仕方なく、グレアムは渋々その仕事を引き受けたのだが、何がどうなったらそうなるのか。
錬金術師でもあり、また占師としても活動していたライラはなぜかグレアムのことをいたく気に入ってしまい、カイエンを旅立ちグラーツに向かうという話を聞いて、一緒についてきてしまったのである。
それ以来、彼女とはずっと、一緒に旅をしている。
ただ、彼女はカイエンの町でもあまり素性が明らかではない曰く付きの女性としても知られていたから、あまり付いてきて欲しくなかったのだが、べったり張り付いて離れてくれなくなってしまったのだ。
一応、旅の仲間になるということで、ある程度の情報は教えてもらってはいる。
正真正銘、共和国の生まれで、カイエンに来るまでは行商仲間と一緒に旅芸人も兼ねて国中を放浪していたこと。
小さい頃から踊り子見習いとして働き、十五になってからは踊り子として人気者になったこと。
その一方で、錬金術の才能にも優れており、そちらでも活躍したとも聞かされている。
他にも、一座を離れてからはカイエンに移り住み、念願だった店を開いてそれなりのいい暮らしを送っていたという話だった。そうして、あの町でグレアムと出会うことになった。
数奇な運命なのかどうかはわからないが、そんな安定した暮らしをしていたにもかかわらず、今は再び旅人に身をやつしているというおかしな女性。それがライラだ。
(まぁ、今のところ実害がないから別にいいけどな。ただ俺は、これでも追われる身だ。ライラもそれなりの戦闘技能は有しているからある程度は大丈夫だが、それでも万が一ということもある)
刺客に襲われたら守りきれるかどうかわからない。何より、彼女はどこか捉えどころのない性格をしている。結構普段からべったりしてくるが、そのときに浮かんでいる瞳の色が、ときどきどこか遠くを見ていることが多い。彼女が何を見ているのか、何を考えているのか。それはわからないが、
(まぁいい、今はそんなことより――)
グレアムは袋小路まで進み、その奥で隠れるように丸まっていた二人の少女を見つけた。
それが、当時十歳だった双子の姉妹、スノーリアとオルレアの二人だった。




