44.双子の姉妹、スノーリアとオルレア
グレアムとラフィの二人は、ひたすら和やかな雰囲気のまま、緩やかな坂を下っていった。
自宅と村は、それほど離れているというわけではない。ライ麦畑の横を通る農道のような砂利道を少し下っていくだけで、すぐに街道へと出られる。
そしてその街道を右手に行くと、他の村や町。反対に、左手側へと歩いていくと、カラール村へと辿り着く。そんな立ち位置だ。
村は周囲を木材の外壁に囲まれていて、街道とぶつかっている場所に東門が設けられている。
先に帰っていったマルレーネやクリスたちも、当然いつもこの道を通って家に通ってくれているので、それほど離れていないとはいっても、毎日大変な思いをしながら通ってくれていることに変わりない。
本当にありがたいことだと、グレアムは思った。いつかお礼ができればいいなと、そんなことを漠然と考えていたら、知らない間に街道まで下りてきていた。あとはここを左折して、村へと入るだけ。そう思った矢先のことだった。
「ん?」
村の東門付近に、見覚えのあるシスター服を着た二人の少女が立っていることに気が付いた。
「あれは……スノーリアとオルレアか……?」
グレアムがそう呟いたときだった。
「あ……お兄ちゃ~~~ん!」
とても愛らしくて元気な声が前方から聞こえてきた。それだけではない。今日も天気がいいから朝から大分暑くなり始めているにもかかわらず、長くてふわっとした黒服を風になびかせながら力強く駆け寄ってきたのである。
そして――
ドォ~~ン。
少女の一人が豪快にタックルかましてきた。
「ぐほっ……お、お前は相変わらずだな、スノーリア……」
駆け寄ってくるなり、そのまま胸に飛び込んで思い切り抱き付いてきた少女に、グレアムは思わず苦笑してしまった。
大体の行動パターンは読めていたから事前察知して筋肉を固め、なおかつ左腕に座らせていたラフィを遠ざけたからよかったものの、一歩間違えたら大惨事だった。
「だってぇ……最近会えてなかったんだもんっ」
そう甘えたような声を出して、ひたすら顔をスリスリし続けるシスター服の少女だった。
「まったくもう。本当にスノーリアは甘えん坊なんだから」
そう呆れたような声を出して近寄ってきたもうひとりの少女も、どこか嬉しそうに微笑んでいる。その笑顔はとても快活そうな、元気娘の雰囲気に満ち溢れていた。
「おはよう、兄さん」
「あ、あぁ、おはよう、オルレア。お前も相変わらず変わりないようで何よりだ」
「ふふ。でも、妹と違って、私の方は随分女っぽくなったと思わない?」
そんなことを言って、彼女は「うっふん」と、どこかグレアムを誘惑するような笑みを浮かべた。頭巾で隠された水色の髪ごと、黒い布を右手で払うようにする。
グレアムはそんな彼女の大人ぶった態度に苦笑してしまった。
「確かに、お前らももう十六だし、世間一般的にはいい大人だからな。十分いい女に成長したとは思うぞ? リーザとも年が一緒だしな。だが、俺からしたら、まだまだ小便臭いガキだな。現にこうやって、甘えん坊はまったく治ってないしな」
そう言って笑ってやると、この暑苦しいのに胸の中に顔を埋めたままだったスノーリアも、密着するぐらい近くに立って下から見上げるようにしていたオルレアも、二人して頬を膨らませて不満そうにした。
「ガキって何よぉ~! 私たち、もう普通に赤ちゃんだって産めるんだからっ」
と、スノーリア。
「赤ちゃんはとりあえず置いとくとしても、私たちだって、ちゃんといろんなところ成長して色気だって出てるはずよ?」
と、オルレアは口を尖らせる。
二人はこれでも、この村では美少女双子姉妹として有名だ。本物の双子シスターでもあるし、そんな彼女たちが二人して同じ顔で同じような表情で睨んでいる。
女好きの男どもだったらたちまちのうちに色めき立つところだろうが、そこはそれ。
妹や娘のような存在である彼女たちにグレアムが性的興奮を覚えることはない。
彼からしたらまだまだ、少女たちの顔は大人の女性とは程遠い。幼さが残った愛らしいものだった。
(ま、地方にもよるが、大体どこの国でも十五で成人の儀が行われ、それを過ぎてやっと大人として認められると言われているからな。そういう意味では、十六なんてまだ子供だ)
とはいえ、成人の儀を迎えると、今まで制約を受けていてできなかった部分が解放されるから、当人たちにとっては特別な意味を持つが。
飲料水に殺菌作用を加味させるために微量の酒を混ぜたりするため、酒類の年齢制限などは特にないが、大人として認められなければやれないことは結構多い。その代表とも言えるものがギルド登録であり、職人の徒弟制度だった。
レンジャーギルドも職人もそうだが、十歳ぐらいになると一応仮登録はできるものの、あくまでも雑用係の徒弟見習いとしてしか扱われないため、弟子にすらなれない。しかし、十五を過ぎるとそこで初めて徒弟に昇格して弟子入りが正式に認められるので、ちゃんとした給金が支払われるようになる。
それゆえ、仕事自体は結構子供のうちから関わっている子がほとんどだが、あくまでも勉強や修行の一環として携わっているだけなので、小遣い稼ぎぐらいにしかならない。
グレアムは相変わらず甘えたような表情でブーブー言っている二人に、苦笑することしかできなかった。
そんな彼に、諦めたかのように溜息を吐いたあと、オルレアがラフィを見つめた。
「そういえば、その子がラフィちゃん?」
「ん? あぁ。そういえば、顔合わせがまだだったな」
そう呟いてから、グレアムはラフィを見る。
「最近、森で保護した子供だ。まぁ、今は俺の娘になっているけどな」
「そっか……うん。そうだね。さすが兄さんだわ。相変わらずのお人好しで、相変わらずの子供思いよね」
そう、どこか懐かしそうにしながら優しげな笑みを浮かべるオルレア。
彼女はラフィに微笑みかけると、
「ラフィちゃん、初めまして。私はオルレアって言うの。これでも歴としたグレアム兄さんの妹なのよ?」
村の登録上は当然赤の他人だが、二人はそれを気にせず、義理の兄としてグレアムのことを慕っている。
「うん~? いもうと、なのですか?」
オルレアの言葉の意味がわかっているのかわかっていないのか。それとも、妹であることを疑っているのかはわからないが、ラフィは小首を傾げてきょとんとした。
オルレアはにっこりと微笑んだまま、幼子のちっこい手を両手で包み込んで握手をした。
「そうよ。私と妹のスノーリアは兄さんの妹なの。だからね、ラフィちゃん。私たちはみ~んな、家族なの」
「かぞく!?」
大きな瞳と小さな口をまん丸に見開き驚くラフィに、オルレアはクスッと声に出して笑った。
「えぇ、そうなの。家族なの。だからね、妹ともどもよろしくね」
「うん~~! かぞく、かぞく! おねえたまたち、よろしくなのです!」
ぺこりと頭を下げてニコニコする幼子に、オルレアも負けないぐらい微笑み返したのだが、そんな二人を見て何を思ったのか、いきなりスノーリアが悲鳴を上げた。
「きゃ~~……何この子! メチャクチャ可愛いぃ~~んですけど!? え、なんで? どうしてこんな可愛い子がお兄ちゃんの娘なのよ!? 私、今すぐこの子家に連れ帰って、愛でまくって妹にしたい!」
そんなことを言ってグレアムから離れると、彼女までラフィにキャッキャし始めた。
そんな彼女たちを見て、グレアムは「やれやれ」と思いながらも、浮かべていた表情はとても優しげなものだった。
(それにしてももう六年にもなるのか。こいつらを拾ってから)
早いものだと、グレアムは一人、心の中で独白した。




