39.今後の冒険稼業に思いを馳せる
カラール村の新たな住人となった聖教国の女騎士、クリスティアーナことクリスが村を訪れてから二日が経過した。
彼女が家に来襲して大暴れした日は元より、昨日も村の案内やら紹介やら迷惑かけた人間への謝罪やらと、いろいろあってろくすっぽ作業できなかったグレアムは、今日こそはと、朝食が終わり次第、早速残りのマテリアルを作ろうと決意も新たにした。
そんなわけで、その日もマルレーネが作ってくれた朝ご飯を口に運んでいた。
「ところでマルレーネ」
「はい?」
一緒に食事をしているマルレーネに声をかけながら、いつものように膝の上にラフィを座らせて、彼女の仰せのままにちっこい口の中へとサラダを放り込んだ。
茹でた青菜や生のトマトに塩や香辛料、粉チーズをふんだんに振りまいて混ぜ合わせただけの、特に珍しい料理ではない。が、普通にうまい。
ラフィはあまり好き嫌いがないので、この野菜料理もおいしそうにむしゃむしゃ食ってくれている。
「丁度いい機会だから今後のことについて話しておきたいんだが、いいか?」
「えぇ、構いませんよ」
「グレアム、私もいることを忘れないでくれよ?」
丸テーブルを囲んで、野菜スープを飲んでいたマルレーネのあとに続いて、当然のように一緒に食卓を囲んでいたクリスが口を挟んでいた。
どうやら、自分の存在を無視されていると解釈したらしい。
(自己主張の強いことだ)
彼女は普通の村娘のようなロングスカート丈のワンピースを着ている。
貴族出身の彼女にしてみれば、恐ろしく地味な格好だが、なぜかよく似合っている。まるで、元々この村でずっと生活していたかのように。
(まぁいいか)
クリスまでこの場でグレアムたちと同じように食事をしていることに違和感を覚えないわけではなかったが、気にしても始まらない。
既に彼女はマルレーネの専属使用人みたいな立ち位置で仕事し始めているので、グレアムは気にしないことにした。
「話というのは冒険者の仕事のことだ。マルレーネもわかっているとは思うが、俺は今、ラフィの子育てで忙しくてな。当分はギルドの仕事はできないと思うんだ」
「あ~……そうですね。ラフィちゃん、まだちっちゃいですしね。もう少し大きくなれば、なんとかなるかもしれませんが」
「あぁ。一応、あれこれ、今後ラフィを育てながらどうやって冒険稼業を続けていこうかと考えては見たんだが、あんまりいい案が思い浮かばなくてな。生計自体はスキルクラフトの方でなんとかなるからまったく問題ないんだが、それだと、村への貢献がな」
苦笑しながら、今度はチーズと卵を混ぜてスクランブルエッグにしたものを、ラフィの口の中に放り込んだ。
ちびっ子は無心に食べ続けている。
「だったらこうしてはどうだ?」
既に食事を終えて果実水を飲んでいたクリスが、どや顔となる。
「ギルドに託児所でもなんでも作って、そこで面倒見てもらえばいい。その上で、預けている間にさくっと片付けてしまえばいい」
「……お前な」
事もなげにあっさり言ってのける考えなしの女騎士にグレアムは呆れた。
彼自身、そのことを考えないではなかったが、さすがに自身の子育てのために公共機関であるギルドを改造してまで面倒見てもらうわけにはいかない。
だからその案は切り捨てていたのだが、
「確かにそれをすれば、少しは心置きなく仕事に励むことができるでしょうね。さすがにラフィちゃんを一人この家に残して仕事しに行くわけにも参りませんし」
「だろう?」
マルレーネに背中を押されたと解釈したのだろう。いよいよもって、クリスは調子づいた。しかし、
「ですが、それをラフィちゃんが許すかどうかは別問題だと思います。この子一人ぐらいなら、受付内に仮の託児所を作って面倒見ることも可能かもしれませんが、ラフィちゃんがその状態を納得するでしょうか?」
意味深な瞳をグレアムに向ける彼女。
まさしく、グレアムもそのことを一番気にかけていたところだった。
今はもう大分マルレーネに慣れてきてくれているので、もしかしたら彼女だったらラフィを預けてもちゃんと問題なくお留守番してくれるかもしれないが、幼子と森で出会ったときのことを思い出すと、とてもではないが自信持って大丈夫だとは言い切れない。
おそらく深く心に傷を負っているはずだから、グレアムの姿が見えなくなったらどうなるか。
(それ以前にまだ三歳だからな……さすがに留守番させるのは無理だろう)
先日、クリスには「ま~たんは、ラフィのおかあたまなのです!」、と本気か冗談かわからないような台詞を幼子が吐いていたが、あれとて、何を意図してのものなのか、よくわかっていない。
「やっぱり、マルレーネたちギルドや村のみんなには申し訳ないが、しばらくは村長と相談の上、冒険稼業は休ませてもらった方がいいのかもしれないな。まぁ、村の中の雑事ぐらいだったら問題なくやれそうだがな」
「そうですか……そうですね。わかりました。では、父とも相談してみますね」
「あぁ。頼む」
「はい。ですが、もしも緊急事態が発生した場合には……」
彼女はそこまで言って、ばつが悪そうに上目遣いとなる。
「……わかっているさ。万が一のときにはな」
グレアムは真顔でそう答え、スプーンですくった野菜スープをラフィに飲ませながら、
(だが、そうならないことを祈っているよ)
と心の中で独白した。
そのあとはグレアムとマルレーネは何も話さず、ただひたすら自分やラフィの食事に集中していたのだが。
すべて食べ終わって、一息ついた頃。
「ところでグレアムお父さん? 今日は昼間、どちらで何をする予定なのですか?」
と、唐突にマルレーネが話しかけてきた。
そのせいで、グレアムは胃の中に押し込んだ食べ物を危うく戻しそうになってしまった。
「おい、マルレーネ」
「はい?」
「いや、なんだ。マテリアルとかいろいろ作ったあと、昼間は村に行く予定だが――て、それはこの際どうでもいい」
「はい?」
「お前な……。確かに俺はお父さんになってしまったから、そう呼ばれるのも仕方ないかもしれないが、お前に言われるとなんか調子が狂うんだよな」
普段から前世がどうとか言いながらときどきお父さん呼びされ、からかわれてきたから余計にそう思う。今もまた、わざと言ったのではないのかと。
そんなことを考えていると、なぜか、満腹になって幸せそうにニコニコしていたラフィまで頬を膨らませていた。
「そうなのです! ぐ~たんのいうとおりなのです! ぐ~たんはラフィのおとうたまなのです! ま~たんのおとうたまではないのです!」
予想外の口撃が飛んでいき、マルレーネがぽか~んとした。
「よし、もっと言ってやれ!」
普段やり込められてしまうことが多かったから、グレアムもここぞとばかりにニヤニヤしながら調子に乗って突っついたのだが、マルレーネはなぜか、にっこり微笑んだ。
「あらら? そうですか? でしたら、私はグレアムさんのお嫁さんになればいいのでしょうか?」
そう言って、これ以上ないと言わんばかりにニマニマするのであった。
(……おいおい)
返す言葉もなく、一人ぽかんと呆れていたグレアムを余所に、例によって話はおかしな方向へと進んでいく。
「ま~たんがおかあたまなら、ラフィ、だいかんげいなのです! いますぐかぞくになるのです! いっしょにさんにんでくらすのです!」
そんなことを言って、喜び勇んで一人ぴょんぴょん飛び跳ねる幼女。しかし、
「おいっ、お前ら! それだけはダメだからな!? たとえ神が許しても、この私だけは絶対に許さないからな!?」
興奮のあまり顔を紅潮させたクリスが跳ねるように立ち上がり、身体をブルブル震わせながら、その後もひたすらああでもないこうでもないと、大騒ぎし続けるのだった。
そんな彼らに、
(お前ら……ホント、勘弁してくれ……)
グレアムは一人、げっそりした。




