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国を追われた元最強聖騎士、世界の果てで天使と出会う ~辺境に舞い降りた天使や女神たちと営む農村暮らし  作者: 鳴神衣織
【第二話】聖教国から来た女騎士

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37.グラーゼン男爵と暴漢たち

 商業都市シュラルミンツは城塞都市でもある。


 巨大な町の周囲は高い城壁に囲まれ、東西南北に設けられた大門は小規模な砦として機能し、内部が衛兵の詰め所となっている。


 一箇所辺り、常時数百人は詰めていると言われており、有事の際には即座に対応できるようになっていた。


 そんな堅牢な都市の中心に位置する中央区に、市庁舎や教会など、都市を管理する中枢機関が多く集まっている。領主の館や領主補佐官の上級貴族たちの屋敷、下級貴族である騎士階級の家なども密集している。


 そんな貴族街区と対照的なのが、都市外周に位置する平民街だった。


 貴族街区の周囲を囲むように作られた富裕街区はまだいいが、城壁が近づけば近づくほどに、どんどん町の様相が陰鬱(いんうつ)になっていき、汚らしい貧民街へと変わっていく。


 つまり、砦門がある大通りは別だが、城壁に近く、大通りから離れれば離れるほどに、そういった身分の卑しい者たちが住む家が広がっていくということだ。


 そして、そのような者たちが住む街区近くに作られた城塞砦地下にある獄舎に、現在、大勢の犯罪者たちが押し込まれていた。


 数日前にカラール村へと派遣された衛兵たちによって、ここへと連行されてきた囚人たちもここに収容されている。


「ギャァァ~~~! いてぇぇ、いてぇっつってんだよっ」

「しらねぇっ。俺たちゃ何もしらねぇんだっ」

「嘘じゃねぇっ。俺たちは――グギャアッアッ~~!」


 頭目と目される男含めた彼ら全員が、鎖で天井から吊されていた。


 彼ら都合九名は、朝から晩まで三つのグループに分けられ拷問され続けている。


 賊たちは拷問吏が打ち付けるギザギザの(じょう)の一撃に耐えかねたように、次から次へと絶叫を放っていた。


 上半身裸にひんむかれた筋肉質な身体には、無数の打撲痕や(えぐ)れた裂傷があり、全身血塗れとなっている。


 激痛に耐えられなくなり失神しても、またすぐに水をぶっかけられて、意識を回復させられる。


 もはや息も絶え絶えといった感じで、ろれつすら回らなくなっていた。


「お、おいっ……俺たちは本当に……何も知らねぇんだっ……。あいつに頼まれただけなんだよっ……覆面はめた全身黒ずくめのローブ野郎に……! あの小娘どもを拉致してこいって言われただけなんだ……!」


 賊の頭目は恩赦を賜ろうと必死になって訴えかけるが、

 ブンッ。


「ギャァァァァ!」


 鉄仮面をはめた無言の拷問吏が繰り出した強烈な一撃に絶叫を発して、そのまま気絶した。


「グラーゼン様、いかがなさいますか?」


 囚人全員が気絶してピクリとも動かなくなってしまったため、拷問の様子を視察していた騎士風の男が隣の男へと声をかけた。

 質のいい高級そうな衣服を身にまとった男は、


「ふむ……こいつらは確か、カラール村の案件だったか?」

「はい。()()()が絡んでいる案件でもあります」


 意味深にそう告げた騎士の言葉に、グラーゼンと呼ばれた中年男が額を抑えて思い切り溜息を吐いた。


「……こいつらは本当にこれしかしゃべらんのか? 話に聞いていた限りだと、奴隷やら人攫いが絡んでいるとのことだったが」

「はい。そのようですが、いっさいしゃべりませんね。おそらく本当に何も知らないのでしょう。私どもが見た限りでは、十中八九、こいつらはただ金で雇われただけのその辺のごろつきでしょうし。頭目も口にしておりましたが、覆面男以外の手がかりはいっさい掴めておりません」


「つまり、こいつらの背後にいる連中のこともまったくわからずじまいというわけか」

「はい。おそらくこれ以上この者らを締め上げても何も吐かないでしょう。他の連中からもいろいろ聞き出そうとしましたが、知らないの一点張りですしね。奴隷売買に関わっているのかどうかすら判明しません」


 静かに告げる黒髪の騎士に、グラーゼンはもう一度溜息を吐いた。


「……不特定多数を(かどわ)かして奴隷市に売り飛ばそうとしたわけでもないということか」

「おそらく、そう考えた方が無難でしょうね。あの頭目はこうも言っておりました。『逃げた奴隷どもを連れ戻してこいと命じられた』と」


 それを聞いて何を思ったのか。グラーゼンは軽く頭を振ると、拷問部屋から出ていった。


「かの者らはいかがなさいますか?」


 あとに付き従うように歩く騎士に、グラーゼンは振り返らずに、


「お前も言ったとおり、もはやこれ以上の拷問は時間の無駄だろう。法に従い、奴らは明日、極刑に処す。たとえ奴隷商でなかったとしても、それに組みする者や人攫いの類いは皆等しく、殺人同様処刑と定められているからな」


 能面のような顔をして命じる男――この地方一帯を領地として治める地方領主エドゥアルド・グラーゼン男爵は、ただひたすらに歩き続けた。





 翌朝九時頃。


 城塞西砦近くの貧民街に設けられた公開処刑場の前には、大勢の民衆が詰めかけていた。


 そのどれもが皆、日頃から貧しい暮らしを強いられ、鬱憤(うっぷん)を溜め込んでいる貧民ばかりだった。


 彼らにとっての公開処刑とは、憂さ晴らしのための単なる余興に過ぎなかったのである。


 群衆の中には富裕層や貴族たちも何人か混ざっているが、刑が執行される場所が貧民街ということで、そもそも彼らのような人種はこんな薄汚い場所には来たがらない。


 それに、高貴な者たちはこのような血に飢えた野蛮な行事に興味がない。そのため、集まっている貴族らはその手の者ばかりだった。


「殺せ、殺してしまえ!」

「人攫いなんて絶対に許すな!」

「犯罪者には等しく死を!」


 一段高くなっている公開処刑場広場の中央に据え置かれている断頭台に首を突っ込まれた男たちを見て、狂ったような顔をした群衆が罵詈雑言を浴びせている。

 何かに取り憑かれたかのような狂信めいた熱狂に押し包まれ、やがてそれは怒号へと変わった。


「ざまぁみろっ、この人殺しどもめがっ」

「幼児を誘拐しようとか、てめぇらいったい何考えてんだ!」

「貴様らのようなクソどもがいるから、俺たちみたいな人間が生まれるんだっ」

「とっとと死ねやっ」


 もはや真実と妄想の区別すらつかないぐらい、群集心理は憎悪にかられていた。虚構と妄執と八つ当たりすべてが入り交じったようなおぞましい姿がそこにはある。

 そんな悪意に晒された死刑囚全員が震え上がっていた。


「やめろぉっ~~! 死にたくねぇっ。俺はまだ死にたくねぇんだっ」

「止めてくれ! なんでもするから命だけはっ……」

「かあちゃぁぁ~~ん……!」


 用意された断頭台三つに首を突っ込まれた男たちが命乞いの叫びを上げている。


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、ある者は失禁して下半身が汚物にまみれていた。


 両手両足縛られ完全に固定されていても、その場から逃げ出そうと半狂乱となって大暴れしている。


 しかし、そんな姿を見ても群衆は許さない。むしろ、犯罪者たちを見て余計に興奮状態となって熱を帯びていった。


 ただでさえ初夏の熱気が辺り一帯に広がっているというのに、集まった数十数百の群衆によって、そこだけが真夏の陽気と化した。


 そんな中、ついに断頭台(ギロチン)の刃が落ちた。

 犯罪者たちは沈黙し、群衆たちは雄叫びを上げた。



 ――こうして、つい数日前に、とある森で悪事を働こうとしていた賊九人は皆等しく、斬首刑に処された。





 空高く舞う大型の肉食鳥、雷霊鳥(サンダーバード)が、下界に住む人間たちの様子を鋭角な瞳で見下ろしている。血なまぐさい光景に小躍りしている群衆を。


 その視線はまるで、獲物を狙う狩人がごとき鋭さだった。


 そんな、徐々に増えていく鳥たちの様子を、貧民街にある集合家屋の屋根上から眺めている一人の男がいた。


 黒いローブを身にまとった小柄な彼は、軽く鼻で笑ってから鳥たちのように下界を見下ろす。


 既に民衆は散り散りとなっており、その場に残っているのは後片付けを担当する下級官吏だけだった。

 そんな彼らに運ばれていく首なし遺体を見つめていた彼は、


「ふんっ……本当に役に立たないな、お前たち」


 そう一人呟き、口元に笑みを浮かべて去っていくのだった。

本日は悪人の成れの果て回(ざまぁ?)でした。

悪いことしたら裁かれる。

当たり前といえば当たり前ですね。


【次回予告」

 38.グラーゼン男爵の憂鬱と白い押し花

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