2.占師ライラと不吉の予兆
レンジャーギルドをあとにしたグレアムは、その足で中央広場を通り、南区にあるライラの占い小屋へと向かった。
この村はそれほど規模が大きい村ではない。
上から見て楕円形の柵囲の中に村民が暮らす民家が密集し、その中央に大きな広場が作られている。そして、そんな広場外周に沿って、雑多な店が軒を連ねていた。
逆に言えば、村にある店はそれだけで、他はほとんどすべてが民家ということになる。
先程までグレアムがいたレンジャーギルドもその一つである。
ちなみにレンジャーギルドとは、冒険者や狩人に仕事を斡旋するための施設のことだ。
村人や村役場などから寄せられる雑多な仕事や、魔獣と呼ばれる凶暴な野生動物の討伐などを冒険者に依頼したり、低ランク魔獣や野生動物などを狩ることを生業としている狩人たちに仕事を斡旋したりといったことが主な業務となっている。
一応グレアムも、立場的には冒険者ということになっている。
かつて聖騎士に転職したときに登録を抹消されているので、初級冒険者として一から出直しになってしまったが、そもそも、自分を迎え入れてくれた村への恩返しに雑用でもしようかと思って登録し直しただけなので、グレアム本人はランクについていっさい気にしていない。
そんなわけで、彼がギルドを通じて村の雑用係などをやっているのはそんな理由からだ。
「ライラ、いるか?」
狭い街路をひたすら歩き、小屋のような一軒家の前で立ち止まったグレアムは、ノックをしたあと扉を引いた。
「あら? 早かったのね」
扉を開けるなり、もわっとした気だるげな花の匂いが鼻腔をくすぐり、遅れて薄暗い店内からは色っぽい女の声が聞こえてきた。
この占い小屋兼住居の主、ライラ・アルコットである。現在二十八歳の長身の女だ。
「まぁな。このあと、例によってギルドの仕事があってな。予定詰まってるから早めに来たんだよ」
「そう。相変わらず、いろいろやっているのね。さすが、この村一番の雑用係さん?」
そう言いながら、「うっふふ」と揶揄するかのように、更に艶微笑を浮かべる彼女だった。
「茶化すなよ」
店内に入ったグレアムは肩をすくめてから椅子に腰かけた。
店の中は簡素な作りとなっており、四人ほど人が入ったら、ぎゅうぎゅう詰めとなってしまいそうなほどの狭さだった。
そんな店内中央に小さな丸テーブルが一つあり、奥側にライラ、入口側にグレアムが腰かけている。
「それで? 話ってなんだ?」
朝っぱらから彼女に呼び出されたグレアムは、背もたれに寄りかかりながら、腕組みしてそう問いかけた。
花売り女みたいな露出度の高い格好をしているライラは、剥き出しになっている肩や胸元を見せつけるように上半身を乗り出し、頬杖をつく。
「特に用というほどのことでもないのだけれど、確認しておきたいことがあってね」
「確認? なんのだ?」
「う~ん……まぁ、あなたの安全についてかしらね?」
「安全? なんだよ今更。お前とも長い付き合いとなるが、今まで一度たりともそんなこと気にした覚えなんかなかっただろう?」
「まぁ、今まではね。でも、こんな世の中じゃない? 聖教国と帝国との戦争が終わってそれなりの時間は経ったけれど、いろいろあるでしょう?」
数年前まで激しい戦争を繰り広げていた両大国。そんな国々の名前を出して意味深に告げるライラに、グレアムの眉がピクリと動く。
「……まさか、刺客がこの村に近づいているってことか?」
「いえ。そういうことではないのだけれど、気になることがあってね。あなた、いつもみたいに森に行くみたいだし、念のため、見てあげようと思っただけよ」
はっきりと答えを口にしない彼女に釈然としないものを感じたが、彼女もマルレーネ同様、一度お茶を濁したらてこでもいうことを聞かない頑固者だということをグレアムは知っている。
(まったく……本当に女というものは度しがたい。ライラとも付き合い長いが、相変わらずよくわからない奴だ)
そう思いつつも、彼女が持つ『星読みの力』と呼ばれる未来予知能力の高さを熟知しているため、グレアムは気を引き締めた。彼女曰く、未来だけでなく、過去も一部、断片的にではあるが読み取ってしまう規格外の力らしいから。
「始めていいかしら?」
ライラも営業モードに入って、真顔で聞いてくる。
「あぁ、やってくれ」
グレアムの返事に頷いた彼女は、テーブルの上に置かれていた『魔法の水晶球』に両手をかざして魔力を注ぎ始めた。
彼女は蠱惑的な色香を醸し出す美人占師として知られているが、その実、本職は錬金術師である。
村にはもう一人錬金屋を営んでいる錬金術師がいるが、そちらとはまた違った技術を併せ持つ女だ。
彼女が使う錬金術はハイネアン聖教国が生み出した錬金術と魔法を融合させた錬金魔法にどこか似ている。
通常の魔法は言わば古代魔法と呼ばれる古の時代から使われてきた八属性魔法だが、錬金魔法はその魔法の力を近代化させて、より一層強力にした近代魔法と呼ぶべきものだった。
彼女が使う錬金術もそれと同じ。ライラが何を目指しているのかはわからないが、錬金術の専門分野である薬学とはまた違った何かを極めようとしているのかもしれない。
そしてよくわからないが、その一端として普段から行っているのが、この占い小屋らしい。
「あら……?」
「ん? どうした?」
突然、わざとらしく驚いたような表情を見せた彼女に、グレアムがきょとんとした。
ライラはどこか疲れたような、それでいて優しげな笑みを浮かべたあと、
「相変わらずのお人好しね」
そう短く溜息を吐いてから、グレアムを見つめた。
「……近いうちに、運命的な出会いがあるかもしれないわね。それも、今後の人生を左右するぐらいの大きな出会いが」
「大きな出会いって……なんだそれは? 運命を左右するとか、まるで占師みたいだな」
「はい?」
眉間に皺を寄せて呟くグレアムに、ライラがきょとんとした。
「言っとくけど、あたしは正真正銘の占師だからね?」
「そうなのか? 俺はてっきり錬金屋かと思っていたぞ?」
「まぁ、それはそうなんだけど」
彼女はそこまで言って、気だるげに柄の長いキセルを口にくわえると、軽く吸い込んでから吐息を吐き出した。
店内に漂っている鼻につく匂いとよく似た花の香りのする煙が周囲に漂う。
「ともかく――よく聞きなさい? あなたの判断次第で、あなたの今後の人生が変わってくるわ。取るに足らない小さな選択肢だけれど、将来的には世界を巻き込むような大きなうねりの中へと引っ張られていく可能性がある。だから重々考えることね。どうするかを。そして、今後の身の振り方を」
彼女はそれだけ言って、話はこれまでとばかりに左手をパタパタさせる。
腰まである長い藍色の髪が揺れ、切れ長の瞳が伏せられる。細く長い足を組み直し、ロングスカートの左右にあるスリット部分から色っぽいおみ足が露出する。
そんな、出ていけと言わんばかりの彼女に、グレアムは「やれやれ」と苦笑したあと立ち上がった。そしてそのまま店から出ていきかけたが、
「そういや、スノーリアたちは最近、こっちに帰ってきてるのか?」
グレアムは愛らしい十六歳の双子姉妹の姿を脳裏に思い浮かべる。血の繋がりこそないものの、ライラにとっては正真正銘の義理の妹であり、また、グレアムのことを兄と慕ってくれている少女たちだ。二人は普段、教会のシスターとして働いている。
「昨日、帰ってきたけれど、今朝早くに戻っていったわよ?」
「そうなのか? たまの実家帰りだというのに相変わらず忙しそうだな」
「そうね。普段教会に詰めてるから仕方ないけど――あぁそうそう。そういえば、あの子たちもあなたに会いたがっていたわよ?」
「そうか。まぁ、折を見て顔を出してみるよ。会おうと思えばいつでも会えるしな」
グレアムはそれだけを告げ、扉を開けて外に出た。
「くれぐれも気をつけていってきなさいよ?」
別れ際に店内からそう、ライラが声をかけてくる。
グレアムは「あぁ」と返事をし、後ろ向きのまま手を振った。
ライラさんは一流の錬金術師ですが、どこかのお嬢様同様、癖強です。
根は真面目で、とても愛にあふれた優しい女性ではありますが。
【次回予告】
3.アヴァローナの森へ