35.スキルマテリアルとアルタークォーツ
一方その頃、グレアムはリビングの棚からスキルマテリアルを製作するための道具を取り出し、テーブルの上に並べていた。
「今から何するんですか?」
すぐ側には、不思議そうな顔色を浮かべたマルレーネが座っている。
ラフィもリビングにいたが、こちらはグレアムお手製の積み木で遊んでいた。
「うん? あぁ、ちょっとスキルマテリアルの補充をしようと思ってな」
「マテリアルですか。そういえば、グレアムさんはスキル創者でもありましたね」
「まぁな。もちろん、マテリアルだけじゃなくて、他にもいろいろ作れるが、材料が滅多に手に入らないからな」
グレアムはスキルマテリアル以外にも、その気になれば聖教国で頻繁に製作されている魔法スクロールを始め、帝国由来の魔導具まで作れたりする。
しかし、これらは文字通り魔法を扱うものなので、ともに製作するのに必須となる魔晶石への魔法付与という過程を経なければ、どんなに技術を習得している者でも作成は不可となる。
そして残念ながら、グレアムは魔晶石に魔法付与する能力を有していない。
それゆえ、既に魔法付与済みの魔晶石を仕入れなければならないのだが、当然のことながら、魔法技術が普及していないグラーツ公国では、特殊な流通網を駆使しなければ手に入れることができない代物だった。
その上、魔晶石それ自体、とても高価なものだ。
魔晶石は魔鉱石から取り出された魔石を更に結晶錬成させて純度が高められたものなので、非常に希少価値が高い。
通常はスキルマテリアルに使用されるスキル晶石同様、一般人が手に入れられるような代物ではない。
そういったわけで、魔晶石に付与された魔法を魔導具や魔法スクロールに転写する能力は持っているのに、気軽に製作できないのが現状だった。もどきは作れるが。
「それで、今日は何を作るんですか?」
「とりあえず、普段、マロたちが使っている奴かな」
「マロ? そういえば、グレアムさん、マロちゃんたちにもスキル使わせていましたね」
「まぁね」
そう言って、二人してその辺をてくてく歩いている白猫ちゃんを見つめた。彼は雄猫だが、そんな彼の名を命名したのは誰あろう、マルレーネである。
『白いからマシュマロね』と、勝手に名前をつけられてしまったのだ。
グレアムが記憶する限り、マシュマロなる物体は見たことがなかったので、マルレーネが言うそれがなんなのか、いまいちよくわかっていない。一応説明は受けたものの、結局しっくりこなかったので短縮してマロと名づけた。
ちなみに、カルガモのチョコの名前もマルレーネが名付け親である。
『チョコレートみたいな色だからチョコちゃんね』と。
チョコレート自体はこの世界にも存在するが、使用されている材料の砂糖が貴族御用達の高級品に当たるため、大都市の富裕層ぐらいしか手に入れられないような代物である。
まぁ、グレアムはとある伝手があるため、裏ルートで入手できるのだが。
「ところでマルレーネは、仕事行かなくていいのか?」
スキルマテリアルを作るための準備をしながら、グレアムは問いかけた。
「ん~……なんだか今日は、ずっとグレアムさんの側にいないといけないような気がするんですよね」
「え? なんだそりゃ」
「ん~……なんと言いますか、女の勘……でしょうか?」
「は? よくわからんな……。まぁ、マルレーネがそれでいいって言うなら俺は別に構わないけどな。仕事行かないならその分、ラフィの面倒見てもらえるし、俺の方としても仕事はかどるから助かるしな」
グレアムは作業しながら、呟くように言った。
今やっている工程は、特殊加工された羊皮紙に専用のインクを使ってスキル術式と呼ばれるものを書き込んでいく作業である。
通常、スキルと呼ばれているものは魔法と違い、特殊能力のような形でこの世界に存在しているわけではない。
グレアムがよく使う身体強化スキルなども、魔法として実在している身体強化魔法と違い、スキルマテリアルを使わなければ発動できない代物だ。
武技に関しても同じで、それぞれの流派が独自に伝えているものを何度も反復練習して、ようやく使用できるようになるものなのだ。
しかし、逆に言えば、スキルマテリアルさえあれば、身体強化魔法が使えない人間でも簡単に強化することができるし、本来は使えない武技であっても、武技をスキル術式化して刻まれたマテリアルさえ使えば、いともたやすく使用可能になるということだ。
身体強化も武技も、多くのものが術式化されているし、他の探知系スキルのような代物もマテリアル化されているから非常に有用な代物だった。
しかも、同じような使い方のできる魔法スクロールの場合、発動しようとしている魔法に見合った魔力を失ってしまうのに対して、スキルの方はいっさいそのデメリットがない。
スキルマテリアルとはそういった非常に便利なアイテムだった。
「あとは羊皮紙にスキル晶石を載せて転写魔法唱えれば完成だな」
術式を刻み終わったグレアムは一人呟き、|魔力の付与された羊皮紙の上にまん丸のスキル晶石を置くと、転写魔法を使用した。
スキル晶石と長方形の羊皮紙が青白く光り始める。
何も書かれていなかったクリスタル状の小さな石ころの中に、光で古代文字が刻まれていく。そうして、眩い輝きとともにスクロールが跡形もなく消え去ったとき、掌に収まる大きさのスキル晶石内部には、びっしりと光り輝く文字が刻まれていた。
これでスキルマテリアルは完成となる。
「まぁ、ざっとこんなものかな」
「へぇ。そうやって作っていたんですね。初めて拝見しました」
「本当はもっといろいろと複雑な仕組みや手順があるんだけどな。俺が普段使っているのは複合スキルマテリアルといって、普通の職人では作れない代物だから」
「そうなんですか?」
「あぁ。一応はまぁ、定期的に万屋に依頼されて卸している通常品もあるんだが、それと製作過程に違いはないんだ。ただ、前提条件が違うから普通の人間じゃ作れないんだよ。それに効果もまったく違うから、今俺が作った奴は店には卸せないんだけどな」
スキル晶石とはクリスタルサボテンと呼ばれる、組成がクリスタルでできた植物が生み出す実のことで、細かい法則があるものの、通常はスキル晶石一つにつき、一つのスキル術式しか刻み込めないと言われている。
しかし、グレアムが有する『結晶改変』はこの前提条件を覆す技である。
要するに、クリスタルサボテンを品種改良して、複数の術式を刻み込んでマテリアル化させてしまう実を作ってしまうという、とんでも能力だった。
この改良品は一度にできる実の数が少ないため、スキル晶石探索の能力に長けたマロを使って大本のクリスタルサボテンを収穫し、品種改良した上でこっそりと木製プランターで育成している。
もちろん、通常品も育成し、いつ依頼されてもいいようにしているが。
とまぁそんなわけで、いかなおかしな技能を持っていたとしても、スキル晶石を生み出すクリスタルサボテンが採れなければ、どんなにがんばっても複合スキルマテリアルは作れない。
「よくわかりませんが、結構、複雑なんですね」
「そうだな。それに、スキル晶石もそうだが、チョコが採ってきてくれるスクロールの材料も希少価値があって非常に高価な代物だからな。本来であれば、素材もマテリアルも金持ち連中しか買えないんだけど、この村の万屋は変人だからさ。俺が作ったものを普通に買い取ってくれて、シュラルミンツへ卸しに行ってくれてるらしいんだよ」
多少安く売ってはいるが、それでも、こんな辺境の村に住む村人が買えるような金額ではない。そのため、村の万屋は一応、店舗にいくつかの在庫は並べているものの、もっぱら、金持ち連中が大勢いる一番近い商業都市へと売りに行っているとのことだった。
グレアムはできたばかりのスキルマテリアルの出来を確認してから、保管箱の中へと丁寧に入れた。
この一連の作業を今日中に五回ほどは行うつもりでいた。そのため、複合スキル用のスキル晶石が入った専用の収納ケースからもう一つ取り出そうとしたのだが、そんなとき、突然、玄関扉が勢いよく開け放たれた。
本日はクラフト回でした。
グレアムさんはこの村に来ていろんなことをしているので、そのうち農業や狩りのお話も登場するかもしれません。
楽しみに待っていてください(ぺこり
【次回予告】
36.泣き落としにかかる女騎士




