33.途方に暮れる女騎士
「まったくっ……グレアムといいあの女といい、本当にふざけている。私の乙女心をなんだと思っておるのだっ……」
グレアムの自宅をあとにしたクリスティアーナは、その足で丘を下りながら村の東門に向けて歩いていた。
彼女がマルレーネに遊ばれていたと知ったのは、事実上、グレアムの家を追い出される直前だった。
すったもんだの末、てこでも動かないグレアムに業を煮やしたクリスティアーナが、
「ならば、お前が帰ると言い出すまで、私もこの村に留まることにする! だからグレアム、しばらくこの家で厄介になるぞ!」
と、そう宣言したのだが、なぜかマルレーネに却下されてしまったのである。
「どこの馬の骨ともしれないあなたを、この家に置くことはできません。ここはグレアムさんの家でもありますが、私たちが彼を村の住人として受け入れた証しとして進呈したものでもあるのです。それなのに、異国から来たばかりのあなたを、ここで寝泊まりさせるわけには参りません。もしどうしても村に滞在したいとおっしゃるのであれば、宿屋を利用してください」
そう意味深に微笑まれてしまったのだ。
それでクリスティアーナはすべてを悟った。あの女が自分をグレアムに近づかせないようにしたのだと。その意図など明白である。
(あの女、私を目の仇にしておるな。だからあれほどまでに私をからかって遊んでいたのだ)
今思い出しても腹立たしかったが、それ以上に醜態を晒した自分が滑稽過ぎて、恥ずかしさのあまり死んでしまいそうだった。
グレアムの前であれほどの失態を犯してしまった自分を、今更ながらに殴ってやりたい。
わざと勘違いさせるような言い方をしたあの女の口車に乗って、グレアムたちの関係を誤解しただけでなく、あまつさえ自分自身の身体まで触らせようとするとか。
今更後悔してももう遅いが、やってしまったことを事実として受け入れ、次に進むしかない。
(ともかくだ。村の宿に長期滞在し、あの男が心変わりするまで、ずっと居座ってやる)
そう密かに闘志を燃やしていたら、知らない間に東門を抜け、村の中央広場へと歩を進めていた。
軽くざっと周囲を見渡してみる。
それほど大きな村ではないが、結構活気があるように見受けられた。
中には聖教国はおろか、グラーツ公国の他の町や村落では見かけないような施設まで建てられている。
そんな無数の店舗が建ち並んでいる広場の丁度南側に、目的の宿屋を発見した。
彼女は自身を見つけて物珍しそうな視線を投げてくる村人たちを尻目に、宿の扉を潜った。
「すまない。長期で宿を借りたいんだが、部屋は空いているだろうか?」
宿入ってすぐのところに受付カウンターがある小さな宿屋だった。大きな町などではよくある酒場や食堂を併設しているような宿ではなく、一階部分はエントランスと、その左手にある二階へ続く階段しかないような狭さだった。
こんな辺境の村を訪れる旅人などそれほど多くはない。そういった事情もあり、宿自体、あまり本格的に経営していないのだろう。
「珍しいね、こんな時期にお客だなんて」
受付にいた年配の女性が、クリスティアーナを笑顔で迎えた。
「少し野暮用でな。しばらくこの村に滞在することになったのだ」
「そうかい。まぁ、そろそろ麦の収穫だからね。丁度豊作を祝う祭りの開催も近づいているし、ゆっくりしていくといいよ」
そう前置きしてから部屋の空き状況を確認し、宿屋の女将さんは指を二本突き出した。
「一泊、銀貨二枚だよ。悪いが前払いとなる。どのくらい滞在するんだい?」
「それが……実はどのくらいになるかわからないんだ。何分、あの男の気分次第だからな」
「あの男?」
「い、いや、なんでもない。こちらの話だ」
「そうかい。しかし困ったね。そうなってくると、毎日支払ってもらうことになるのかねぇ? それにお客さん? こう言っちゃなんだが、連泊し続けるだけのお金は持っているのかい? うちは辺境だからこれでも都会に比べたら随分と安い方だとは思うけど、それでもずっと泊まり続けるとなると、最終的には大金積んでもらうことになるかもしれないよ? まぁ、うちとしてはありがたいんだけどね」
腕組みして眉間に皺を寄せる女将さんに言われて、クリスティアーナは路銀の入った財布の中身を確認してみた。
その瞬間、青くなる。
「しまったっ……この村にあいつがいると情報掴んでいたから、あとは帰るだけと思って宿代のことを考えていなかった……」
一年前、家から飛び出してきたときには、一応、金貨数十枚は持っていたはずだった。
しかし、日を追うごとにどんどんなくなっていってしまい、一つ前の商業都市シュラルミンツに辿り着いたときには、既にほとんど残っていなかった。
銀貨十枚相当分ほどの価値となる十枚銀貨一枚と、銅貨数枚のみ。
しかも、グレアムらしき人物の情報を掴み、ここへと辿り着いた頃には、それすらほぼ使い切ってしまっていた。
ただ、それでもグレアムに会いさえすれば、あとはあの男に聖都までの期間にかかる費用をなんとか工面してもらえばなんとかなる。そう思っていたのだ。
それなのに、蓋を開けてみれば、その目論見はもろくも崩れ去ってしまったというわけだ。
お陰で現在の所持金は十枚銅貨三枚ほどしかなかった。つまり、十枚銅貨十枚で銀貨一枚相当に換算されるため、まったく足りない。
これでは一泊もできなかった。
「くそっ……なんでこんなことになるんだっ……」
絶望にうちひしがれて膝からくずおれる女騎士。
そんな彼女を見て、事情を察したらしい女将さんは軽く肩をすくめると、
「お金がないんじゃ仕方ないね。うちも慈善事業じゃないし、もしあれならレンジャーギルドにでも顔を出して日銭でも稼ぐんだね」
呆れたように肩をすくめる彼女に軽く会釈をし、クリスティアーナは背中を丸めて外へ出た。
何も考えずに旅をするのは開放感に満ちて楽しいものです。
ですがやはり、無計画旅には危険が付きもの。
十分注意しないといけませんね。
【次回予告】
34.こんな村もう嫌だ




