31.女騎士とグレアムの因縁
「――マルレーネには以前、話したことがあったよな? 俺がどういう人間で、どういう経緯で流れ着いてきたのかを」
この国でグレアムの素性を知っている者はほとんどいない。
彼が元聖教国の聖騎士であり、同時に元最高ランクの冒険者であり、更には無実の罪で指名手配されているお尋ね者であるということを。
レンジャーギルドの情報網が他の国とリンクしていないので、グレアムという男の存在自体、認知されていないということもある。
更に、指名手配リストも、とある人物を通じてもみ消してもらっている。
ゆえに、グレアムはこうして、安全にこの村で生活できている。
もちろん、居所を聖教国の暗部に知られたら、たちまちのうちに暗殺部隊が送られてきて、平穏な日常など一瞬にして瓦解してしまうだろうが。
「俺の故郷である聖教国の聖騎士団に、シュクルーゼ公爵という団長がいて、その人の娘なんだよ」
「なるほど。そういうことでしたか。ですが、婚約者というのはどういうことでしょうか?」
グレアムにとっては既に過去のことで、どうでもいいことをやけに気にするマルレーネになんて答えようかと思考を巡らせていると、クリスティアーナが得意げに笑った。
「決まっている。私とグレアムはともに戦場を駆け、心を通わせる仲だったのだ。それゆえ、私たちが夫婦になることを父上が認めてくださったのだ」
胸を反らせる女騎士だったが、グレアムはすぐさま突っ込みを入れた。
「いや、違うからな? 俺たちは別にそんな関係ではない。団長が勝手に俺のことを気に入って、政略結婚させようとしただけだからな?」
目を細めるグレアムに、クリスティアーナが息巻く。
「おい! 酷いではないかっ。あれほど固い絆で結ばれていたというのに、ただの政略結婚扱いとは何事か!」
「酷いも何も、お前が勝手にそう思い込んでいるだけだろうが。俺たちは端からそんな関係ではないぞ?」
グレアムはそこまで言ってマルレーネを見る。
「ともかく、そんなわけで、俺とこいつは既にただの他人だ。それ以上でも以下でもない」
そう宣言し、この話はここまでとばかりに話題を切り替えた。
「そんなことより、お前はいったい何をしにこんなところまで来たんだ? まさかとは思うが、騎士団長までお前を使って、俺を捕縛しようとしているのではないだろうな?」
軽く睨み付けるグレアムの視線に、クリスティアーナがむっとした。
「そんなわけあるかっ。父上がお前を縛につけるなど、そんなことあるはずがない。私はただ、お前が無実の罪を着せられて行方不明になってしまったから、心配で探しに来ただけだ!」
「それ、団長は知っているのか? あの人がお前に許可を出して、探しに行かせるとは思えないんだがな?」
シュクルーゼ公爵は清廉潔白で正義を重んじる、絵に描いたような聖騎士団団長という要職に就いているような男だ。政争に巻き込まれないよう、常に気を配っている用心深い人物でもある。そのような御仁が軽はずみなことをするはずがない。
「そ、それは……」
クリスティアーナはそこまで言って、ばつが悪そうにそっぽを向いてしまう。
(やっぱりか……)
この暴走娘が一人勝手に飛び出してきたと理解し、グレアムは溜息を吐くも、当の本人はすぐさま開き直っていた。
「ともかくだっ。こんなところでこんなことをしている場合ではない。さっさと聖都に帰るぞ、グレアム!」
「ん? 帰る? なんでだ?」
「は? なぜって、お前は何を言っている? 私はお前を連れ戻すためにわざわざこんなところまで足を運んだのだ。連れ帰るに決まっているだろう!」
「連れ帰ってどうする気だ?」
「どうするも何も、私と父上でお前の無実を証明し、汚名を返上してやる。その上で、うやむやになってしまった私たちの関係を元に戻し、その、なんだ……。再び婚約者としてだな……」
そこまで言って顔を赤らめると、左右の指先絡めてもじもじしてしまう。
グレアムはそんな彼女の脳天気さに呆れてしまった。
今更戻ったところで、元通りの人生など歩めるはずがないのだ。
あの国は何がなんでもグレアムに罪を着せ、始末したくて仕方がないのだから。ある情報筋によれば、聖教国だけでなく帝国にまで命を狙われているらしいし、そんな状態で今更聖都に戻れるはずがない。
もし万が一、顔を出すような真似などしようものなら、たちまちのうちに包囲網が敷かれ問答無用で処刑されるか異端審問会にかけられ、拷問の末に火あぶりにされるに決まっている。
そんな未来しか視えないのに戻れるわけがなかった。それに――
「すまないがクリス。俺はあの国に戻るつもりは毛頭ない」
そう吐き捨てるように言ったグレアムの気配がガラッと変わった。
この村に来て悠々自適な生活をしていくうちに、自然と身についていったのほほんとした雰囲気。それらすべてを消して、故郷を追われ荒んだ日々を過ごしていたあの頃のような、殺気に満ちたオーラを全身から噴出させる。
さすがに急激なグレアムの変化にクリスティアーナも気が付いたのだろう。表情が強ばった。
「なぜだ……? なぜ戻ろうとしない?」
「理由はいくつかあるが、一番は、今のこの暮らしを気に入っているからだ。あんな薄汚れた肥だめのような国に戻ってもなんの利益にもならない。ただ殺伐とした毎日を送るのが関の山だろう。しかし、この村には平和が満ちている。俺のことを頼りにしてくれる人たちが大勢いる。下らないことを言い合いながら、笑顔で笑い合える仲間だってたくさんいる。何より、今の俺にはラフィという娘がいるんだ」
グレアムはそう言い、きょとんとしている幼子を見つめた。
その視線の意味を理解したのか、ラフィはマルレーネの膝の上からグレアムの膝の上へと移動し、ちょこんと座った――いまだ正座させられたままだったが。
「クリス。俺は決めたんだ。何がなんでもこの子に幸せな人生を歩ませてあげたいってな。そのためならば、多少貧しい暮らしを強いられたとしても構わない。世界を敵に回すようなことになったとしても一向に構わないんだ――俺は、ここから離れる気なんか毛頭ない」
グレアムはそう宣言し、最後は愛おしそうに娘の頭を撫でた。
そんな二人を見ていたマルレーネも、グレアムたちにぴったりとくっつき、慈愛に満ちた笑みを浮かべながらラフィの頭を撫で始める。
クリスティアーナは悔しそうに唇を噛んだ。
「私は……私は絶対に諦めない! たとえグレアムがそれを望んでいたとしても、そんな生き方など決して認めない! お前は私と一緒に聖都で暮らすのが最も幸せなのだっ。騎士団に復帰し、私と結婚してゆくゆくは公爵の位も継ぎ、聖騎士団の長に就いてこそ、お前にとっての幸せが結実するのだ! だから私は、どんな手を使ってでも、お前を連れ帰る!」
そう宣言しながら、彼女は鎧をガチャガチャ音立てながら立ち上がると、グレアムに指を突きつけた。
どう説明しても聞き分けなさそうな彼女に、グレアムはどうしたもんかとげっそりする。
そんな彼の気持ちを察したのか。なぜか、マルレーネが面白そうににっこりと微笑むのであった。
グレアムさんは微妙に殺気だっておられますが、激怒しているわけではない、はず。
厄介な奴が来たな~どうやって追い出そうかな~、的な?
まぁ、これ以上厄介なのが増えたらアレでしょうしね(笑
【次回予告】
32.おもちゃにされる残念な女騎士




