28.いつもの平和な日常
「まったく。スノーリアったら、何かあるたびにお兄ちゃんお兄ちゃんなんだから」
そう言い、ライラはニヤッと笑って、扉近くの壁に寄りかかった。
そんな彼女を見て、店内にいたおっさんたちが「ヒュ~」と、口笛吹いてニヤニヤした。
占い小屋にいるとき同様、彼女が露出の多い格好をしていたからだ。
小麦色に日焼けした肩や胸元、腕が露出した白いブラウスと、両腰辺りからスリットの入った水色のロングスカートといった出で立ちをしている。
本来であれば、貞操観念を疑われかねないような格好なのだが、彼女はグレアム同様、この村の出身ではない。
オルレアやスノーリアの二人とともに、共和国から来た流れ者だった。だから本人はまったく気にしていないし、この格好が当たり前の正装だとすら思っている。
マルレーネが服飾職人に作らせた、『複雑なデザインの可愛らしい洋服』同様に。
「だけれど、兄さんがギルドにいないなんて本当に珍しいですね」
ライラの登場で一気に雰囲気が変わってしまった店内の空気を変えようとするかのように、軽く咳払いしたあと、オルレアがぼそっと呟いた。
「あぁ、そのことですか」
不思議そうに周囲を見渡していたオルレアにマルレーネが答えようとするが、その前に、
「最近子供できたから育児に忙しいんでしょ」
どこか呆れた風に、ライラが肩をすくめて返答していた。
「あ~……そっか。そういえばそうでしたね」
「へ? 育児? なにそれぇ~~! 育児に忙しいとかいったいなんの話? あたし一言も聞いてないんですけどぉ!?」
「私は知ってたけどね、会ったことはないけど」と、オルレアがクスッと笑う。
二人の姉妹は面白いほど、正反対の反応を見せていた。
どうやら驚きと不満が入り交じったようなスノーリアの言動が面白かったのだろう。ライラが意味深にニヤッとした。
「あらあら。そうだったの? 可哀想に。私たちはちゃ~んと知ってたし、あの娘にも会ったけどねぇ」
「え?」
「いや~……ほんっと、あいつには勿体ないぐらいの、それはもう、ほんっと~に、可愛い女の子だったわよ?」
揶揄するようにニヤニヤする彼女に、「ずるいっ。どうしてあたしには何も教えてくれなかったのよ! ていうか、あの娘って誰のことよ!」と、スノーリアがふくれっ面となった。
マルレーネはそんな彼らを見て、思わずクスッと笑ってしまった。
「スノーリアさん? グレアムさんはいろいろ忙しいんですよ。初めての育児でてんやわんやになってますしね。だから、あなたたちに紹介する暇がなかったんですよ」
「でもでも~!」
「とりあえず、何もご存じないようなのでお知らせしておきますが、グレアムさんは今、孤児になってしまった女の子を引き取って、一生懸命育てている真っ最中なんですよ」
「へ……? ……えぇぇ~~! 引き取った!? また!?」
「え……? またとは……?」
しかし、スノーリアはそれには答えず、口をへの字にしている。
「相変わらず、お兄ちゃんてばお人好しなんだからっ――それで!? マルレーネさん!」
「は、はい?」
「その子って、みんなはもう会ったんですか?」
「え、えっと……一部の人たちだけ、でしょうか? 一応村に連れてきたことも何度かありますけど、本当にただお昼ご飯を食べに来ただけですからね。あとは家財道具揃えるためとかその程度で。ですので、スノーリアさんとオルレアさん含めて、他の人たちにも紹介はまだじゃないかしら。たぶん、余裕がないんだと思いますよ?」
マルレーネが優しく諭すように言うと、そのあとに続くように、「そのうちゆとりができたらみんなに紹介しに来るんじゃない?」と、食器を片付けていたエリサが笑顔で補足した。
スノーリアはそれでも納得いかないといった顔をしばらく浮かべていたが、やおら、顔中を輝かせて、「そうだっ」と大きな声を出した。
「お兄ちゃんに余裕がないなら、こっちから押しかけちゃえばいいのよぉっ。そうよ。それしかないわ」
そんなことを言って一人キャッキャする彼女。しかし、
「止めときなさいよ、バカな子ねぇ」
「なんでよっ」
呆れたように呟いたライラに速攻、食ってかかっていた。
お色気お姉さんは軽く溜息を吐いてから続ける。
「あんたが行ったら、幼女が二人に増えるようなものじゃない。余計に余裕がなくなるわよ」
笑う彼女に、「確かに」と、姉のオルレアを始め、その場にいた全員が頷いた。
そんな彼らに、
「どういう意味よぉ~~~!」
とスノーリアが叫び、一同爆笑。
更に、タイミングがいいのか悪いのか、そんなところにぜぇはぁ息を切らしたキャシーが帰ってきた。
「はぁ……はぁ……あの……クソガキ……ほんっと~に、逃げ足速いんだから……」
膝に手を当て前屈みのまま息を整えている。顔も首回りも汗でびっしょりだった。
今にも死にそうになっている彼女にエリサが甲斐甲斐しくも水の入ったコップを持っていく。それを一気飲みしたキャシーは一呼吸ついてから、ふと顔を上げた。
そして、すぐ至近距離にいたライラと視線が絡み合い――その瞬間、
「あぁぁぁ~~! 出たなっ、エロ女!」
暑さのためか、それとも別の何かの理由か。顔を真っ赤にしたキャシーが腕組みしていたライラを指さし絶叫していた。
再びその場に笑い声があふれ返り、「どれ、俺たちが運んでやるよ」と、それまで飲んだくれながら女たちの狂宴を眺めて爆笑していたおっさんたちが、酒樽の運搬を買って出てくれた。
「いつもすみませんね」
マルレーネはそんな彼らにお辞儀しながら礼を言う。
おっさんたちは後ろ手に手を振り外へと出ていった。
(いつもだったらグレアムさんに手伝ってもらっていたところだったのだけれど)
あくせくしながら幼子の相手をしている姿が目に浮かんできて、思わずクスッと笑ってしまった。
だけれど同時に、そんな親子の姿にどこか微笑ましさや郷愁、それから自分でもよくわからないキュンとする胸の痛みまで感じ、妙な戸惑いを覚えていた。
果たして自分は、あの人のことをどう思っているのか、と。
「まぁ、好きなのは間違いないのだけれど、あの人、色恋沙汰に興味ないから」
マルレーネはそう、クスッと笑いながら、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
今回は女性たちの狂宴回(?)といった感じになりました。
こうしてみると、やはりライラさんだけ非常識なまでの露出度といったところでしょうかね。
おっさんたちやキャシーさんの反応が如実に物語っております(笑
【次回予告】
29.親バカグレアム




